『室生犀星記念館』が軽井沢にあります。
昭和6年に建てられた室生犀星の別荘で、
犀星は亡くなる前年の昭和36年まで毎夏ここで過ごしたそうです。
ところで、室生犀星の苗字を「むろお」と読んでいたワタクシ。
一般的には「むろう」と読むようで、この記念館でもそれが正式としています。
姓の平仮名表記は「むろう」が一般的であるが、犀星自身が「むろう」「むろお」の両方の署名を用いていたため、現在も表記が統一されていない。
室生犀星記念館は「「むろお」を正式とするが、「むろお」への変更を強制するものではない」としている。(Wikipedia)
何故だかあまり良いイメージがワタクシの中に無い室生犀星。
名前が覚えられないのと同じく作品も全くと言っていいほど読んだ記憶がありません。
ふるさとは遠きにありて思ふものそして悲しくうたふものよしやうらぶれて異土(いど)の乞食(かたい)となるとても帰るところにあるまじや
(小景異情 その二)
上記の有名な詩句からか、詩人のイメージが強かったです。
そもそも犀星という名前の由来は何なのか? と過ってはいたものの
特に調べもせずに過ごして参りましたが
サクッと検索したところ、生家(生まれてすぐに養子に出されている)と
育った家が犀川の西岸にあったことに由来しているそうです。
犀星自身が庭師の手を借りて手入れしていた苔庭も見どころ。
室生犀星は、大正期から昭和中期にかけて活躍した、日本文学を代表する詩人・小説家です。この記念館は、昭和6年に建てられた別荘を改修したもので、犀星は亡くなる前年の昭和36年まで毎夏をここで過ごしました。この家では、堀辰雄、津村信夫、立原道造、川端康成、志賀直哉ら多くの作家と交流がありました。
犀星についてはともかく、こちらの建物は見応えがあります。
上の写真の左側奥の書斎と呼ばれていた和室は必見で、
かなりの銘木を使っていました。
書斎の床柱はサルスベリ(百日紅)だそうです。
こんな太い木になるなんて相当な樹齢だったのではなかろうか。
床框(とこがまち)は黒柿!です。
お金あったんだなぁ~と、この和室を見て思いました。
ところどころ修繕されている跡が見られますね。
塀にその資料が貼ってありました。
どこをどう修繕しているのかが分かるので見どころも分かり易い。
これを踏まえて見学すると、
「離れ」はかなりの部分改修されているようでした。
苔庭と書斎は必見です。
個人的には黒柿の床框が見学のクライマックスかな。
周囲には文化財的価値のあるたいものが点在しているようなので
日を改めてレンタサイクルを利用して見て回りたいと考えています。
ところでこの記念館がある場所は苔があるところからして湿潤だと思われ、
これからの季節は蚊との戦いになりそうです。
蚊が湧く前に訪れることができて個人的には幸いでした。
【室生犀星記念館(むろうさいせいきねんかん)】
長野県北佐久郡軽井沢町大字軽井沢979-3
令和6年の開館期間:4月27日(土)~11月4日(月祝)まで期間中無休
開館時間 9:00~17:00
入館料:無料
※駐車場なし
https://www.town.karuizawa.lg.jp/www/contents/1590985603807/index.html