
旧下野煉化製造会社煉瓦窯
きゅうしもつけれんがせいぞうがいしゃれんががま
(通称:野木町煉瓦窯)
旧下野煉化製造会社煉瓦窯は、明治23年(1890年)から昭和46年(1971年)までの間、赤煉瓦の製造に用いられたホフマン式の煉瓦窯です。現存しているのは東窯一基のみですが、以前は、東窯より一年早く完成した西窯もありました。(西窯は1923年の関東大震災で倒壊)

渡良瀬遊水地で原料となる良質な粘土が産出したことと、思川と渡良瀬川の水運により、製品運搬が容易だったことが、この地で煉瓦製造が行われた理由です。
ホフマン式輪窯(東窯)は、環状に16の窯を並べた連続焼成窯です。
1つの窯で1回約14,000個、全ての窯を連続して使用した場合には約22万個焼成することが可能でした。

焼成中の窯からの熱風を前工程の窯に送り、素地煉瓦の乾燥に利用すると同時に、後工程の窯では、煉瓦を冷却するために取り入れた外気が暖まるので、これを焼成中の窯に送る空気として利用する。時間がたつと、火を入れる窯を時計回りにシフトさせ、半永久的に運転することができます。熱利用効率が高く、大量生産に適した設計となっています。

燃料は常磐炭鉱の粉炭で、焼成温度は約1000℃にもなりました。
※壁面に膨らみか出ていますね


焼成に失敗したもの。

[燃焼室内部]
23年(2011年)7月から平成28年(2016年)5月まで
野木町が主体となって修復工事が行われました。
この耐震ダンパーはその時に設置されたんじゃないかな。

[仕切壁]
連続焼成中には造られない壁で、火を止める際に煉瓦で壁が築かれます。

[型枠]
アーチ状になっている天井部分の修復時に使うようです。

[排煙口]
中央の煙突に通じる煙道。


整備されていない状態はこちら。

改修がされたと言っても、一部は手を付けずに残されています。

この刻印は、下野煉化製であることを示すものです。
約130年経過した現在もほぼ原型のままで存在しており、建造物として価値が高いとして、昭和54年(1979年)に国の重要文化財に指定され、さらに平成19年(2007年)に近代化産業遺産群の一つに選定されました。

外壁は内部まで全て煉瓦というわけではないようで、
土を固めたものの周囲に煉瓦を設置しているらしいです。
風雨による水の挙動により劣化してしまうのだとか。


燃焼室入り口のアーチ部分の煉瓦の組み方が独特です。
劣化による膨らみも出てきていると思われます。



アーチは、キーストーン(楔石、要石)の無い構造・・・
って、抜け落ちそうな中央っぽい煉瓦がそれなのかな。

二階に上がる階段は一つだけ解放してあります。

階段から外壁を見下ろしてみる。

二階は燃料を投下する場所です。

煙突の屋内部分。
修復されているのか綺麗です。

煙突内部が見えます。
これは煙突内を修理したりする時に入り口とする部分で、
それ以外の時は煉瓦で蓋をしていたようです。

窯の煙道から煙突への排気を行うダンパー(煙道開閉装置)。



左の柱の下に、修復工事で接ぎ直された跡があります。


平成の改修年か記されています。

[投炭抗]
一面に投炭孔が配置されています。
鉄の栓を抜くと孔があり、そこから燃料を落とします。


投炭抗の栓。


投炭抗は1メートル強ほど床から高い場所に作られています。
燃料投下時に火から遠ざかる為かしら?


の運搬用のトロッコのレールがぐるりと敷設されています。

[塩類風化現象]
煉瓦表面の白い部分がそれ。
一階北、一階南、二階の順に煉瓦の保存状態は悪くなるそうです。

途中で外壁のデザインが変わっていました。なぜだろう?

煉瓦は一階がイギリス積み、二階がフランス積みになっています。
この地で焼かれた煉瓦が使われている主な建築物には、東京駅、西堀酒造、結城酒造、日光金谷ホテル、足尾銅山(栃木県日光市)があります。

煙突の高さは約34.67メートル、輪窯の周囲は約100メートル。
屋根は鉄板葺きだったそうです。


煙突の補強も改修により近代的になっており、
以前のものとは見た目が変わっています。

煙突の先も補修されているっぽい。


煙突と屋根が接地する階段状の部分は、ただのデザインなんだろうか?

以前の煙突を補強していた鉄骨は、ここからワイヤーで支えられていました。
(クリックで拡大)

(クリックで拡大)


関東大震災で落下したとされる煙突の断片も保存されていました。


(クリックで拡大)


[東輝煉化製造所の煉瓦刻印]


昭和26年(1951年)には、全国で50基のホフマン式輪窯が存在したとされているが、現存するのは4基のみ。そのうち最も保存状態が良いといわれているのか、この東窯です。
5人だった頃の東方神起の2009年度カレンダー写真が、ここで撮影されたそうです。ファンにとっての聖地なのかも?
ドイツ人技師ホフマンが考案したホフマン窯。
岡山県笠岡市にあった「旧西山煉瓦製造所」は2014年4月に解体されてしまいましたが、それ以外に「旧日本煉瓦製造(玉県深谷市:重要文化財)」、「旧中川煉瓦製造所(滋賀県近江八幡市:登録有形文化財)」、「旧神崎煉瓦(京都府舞鶴市:登録有形文化財)」の三か所で現存しているようです。
完全な形で国内に残っているのは『旧下野煉化製造会社煉瓦窯』だけだそうです。
でも、他の窯も見てみたい気がするんだよなぁ。煉瓦自体の劣化で壊される前に。
いつかその機会があるといいなぁと思うところです。

【旧下野煉化製造会社煉瓦窯】
(きゅうしもつけれんがせいぞうがいしゃれんががま)
栃木県下都賀郡野木町大字野木字大手箱3324番地1他
(JR宇都宮線 古河駅より徒歩45分)
休館日:月曜(国民の祝日の場合は開館,翌平日閉館)、12/29~1/3
見学時間 9:00〜17:00
見学料:一般:100円