sava!

興味あるものを 興味ある人に。

私は諦めを敵とする。 私の日々の努力は実にこの諦めと闘うことである。 (北条民雄)

重要文化財

京都府京都市『杉本家住宅』の一般公開で内部を見学する。

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築150年超えの大規模京町家『杉本家住宅』。

ここで「うつろいゆく季節を愛でる」というタイトルの秋の一般公開が、10月3日からスタートしました。

重要文化財に指定されている建物なので見学することにしましたが、入館料は1,500円(税込)!

これだけの料金を払ったのは初めてでは? と記憶を探る衝撃でした。

まあ、維持費として寄付したと思えば少額なんですけれども。

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お茶と呉服と綿?
江戸時代に呉服商「奈良屋」を創業したそうです。
Wikipediaの説明はコチラ

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店の間から内玄関に向かう玄関庭。

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内玄関から上がり奥を覗く。

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店の間の隣にある洋間は道路に面しています。

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洋間の説明。

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格子の間。
京都の町屋の内部から外を見てみたかったので、ここでそれが叶いました。

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たぶん八畳の間。
部屋数が多くて分からなくなってきました。

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路地庭。

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もはやここが何処だか分らん。

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襖の幅が一般的な物より広いのは京間(きょうま)だからでしょうか。

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茶室。

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活けてある花が絵になります。

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かなり立派な井戸。
石が大きすぎてもはや岩。
左下のうさぎが可愛い。

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入り組んだ作りゆえ、屋根の隙間から見える空が狭い。

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面白い石の敷き詰め方ですね。

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築年数からすると木の成長がそれほどでもない気がする。
剪定を小まめにすると伸びすぎないのかしら?

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奥に見えるのは(たぶん)大蔵。

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壁の色に特徴がありそうな座敷。
実際は暗くて色なんてほぼ見えていませんでした。

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照明器具がモダン。

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ここで初めてガラス戸を見た気がする(右手側)。

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旧坪庭。
履物は置いてありますが庭には出られません。

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庭に石を敷き詰めてあるところに財力を感じる。

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ワープして台所にやって来ました。竈は煉瓦で出来ているようです。

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意外なところに照明が付いている。

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台所の前の部屋はミュージアムショップになっていました。
杉本家所縁のお茶を売っています。

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試飲させていただき、ほうじ茶を購入しました。


立派過ぎ&整然とし過ぎて萌えポイントを探するのに困る。

何より足元が油断した服装だったため、薄い靴下の上から蚊に刺されまくりました。

今後、ボウフラが湧き過ぎたらワタクシの血が一因かもしれません。

痒過ぎて、見学に集中できませんでした。

これからご覧になる方は虫よけスプレーをして行くか、

分厚い靴下で完全防備されることをオススメします。




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【杉本家住宅】

京都府京都市下京区綾小路通新町西入ル矢田町116
開館時間 10:00~16:00受付(17時閉館)
開館日時はHP要確認
※靴下の着用必須(ストッキング不可)
※カメラ機器、小型カメラの持ち込み不可
※スマートフォンでの写真撮影は可(商用利用不可)
※乳幼児、未就学児童の入場不可

https://www.sugimotoke.or.jp/


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京都府京都市『賀茂別雷神社(上賀茂神社)』に向かったらイベント設営中だった。

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古代氏族である賀茂氏の氏神を祀る神社『賀茂別雷神社(上賀茂神社)』。

ユネスコの世界遺産に「古都京都の文化財」の1つとして登録されています。

京都最古の歴史を有する一社で、本殿と権殿は国宝です。

前回の旅で下鴨神社に行ったので、今回は早朝に京都に着くなり

友人宅付近から自転車に乗り、鴨川沿いの散策路を利用して北上しました。

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朝早いので人があまり居らず快適に自転車で走行できます。

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今回の京都で初めに見た鳥は鷺でした。

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北上するにつれ次第に堆積物が多くなる川。

上賀茂に到着しました。

めっちゃ喉が渇いていますが、先ずは参拝です。

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本殿が特別に拝観できるらしい。
(事前情報を仕入れずに来ております)

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鳥居の注連縄に刺さっている葉は何の意味があるんだろう?

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快晴です!

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一の鳥居から二の鳥居までの間にある馬場殿。
※重要文化財

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二の鳥居前にある神馬舎。
神馬の出社日は日曜や祝祭日、イベント開催日などに限定されいるようです。

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何らかのイベントの設営中でした。

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正面が細殿。
※重要文化財

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京都のお酒をこれで知ることができます。

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手水舎が立派。

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飲めるらしい。

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ここでも水晶を洗っておきました。

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朱色の楼門。
塗り替えてそれほど経っていないのかピカピカです。

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謎のオブジェと思ったら、おみくじで作った「巳」でした。

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楼門をくぐると中門が見えます。
※重要文化財

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入れるのは中門の前までらしい。

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この奥に国宝の本殿があります。

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申し込めば15分程度の案内が聞けるらしい。

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案内が始まってしまっていたので参加は控えました。(時間も無かった)

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立派な石が。

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季節限定の紅葉の御守りが並んでいました。

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香りが良かったので二種類ほど買ってみる。

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めっちゃ気になった八咫烏のおみくじ。
あまりおみくじはひかないので撮るに留めました。

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揃っていると圧巻のビジュアル。

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こんなデザインのおみくじもあります。

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お上のおみくじの横にあった桶。
おみくじで使うのかも。

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賀茂なすのおみくじもありました。

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募金箱に小銭を投入。
すみません、お札じゃなくて。

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募金箱の脇に檜皮葺の模型がありました。

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境内図はこちら。広いので短時間では見きれない。

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緑の葉が色付く頃は参拝客であふれかえっているんでしょうね。

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御朱印を頂きました。

限られた時間の中で来ることができ、満足できました。

脚力と行動力のある年齢のうちに来ることができて良かった。

上賀茂神社と下鴨神社、京都の二つの重要な神社を参拝でき、

実際に見たことがない葵祭を、ホンの少しだけ近しく思えそうです。

◆主な文化財
  • 本殿(国宝):文久3年(1863年)再建
  • 権殿(国宝):文久3年(1863年)再建
  • 本殿権殿取合廊(重要文化財):文久3年(1863年)頃建立
  • 本殿東渡廊取合廊(重要文化財):文久3年(1863年)頃建立
  • 西渡廊(重要文化財):寛永5年(1628年)建立
  • 東渡廊(重要文化財):寛永5年(1628年)建立
  • 透廊(重要文化財):寛永5年(1628年)建立
  • 渡廊(重要文化財):寛永5年(1628年)建立
  • 塀中門(重要文化財):寛永5年(1628年)頃建立
  • 祝詞舎(重要文化財) -寛永5年(1628年)建立
  • 四脚中門(重要文化財):寛永5年(1628年)建立
  • 御籍屋(重要文化財):寛永5年(1628年)建立
  • 神宝庫(重要文化財):寛永5年(1628年)建立
  • 唐門(重要文化財):寛永5年(1628年)頃建立
  • 唐門左右袖塀(重要文化財)
  • 東御供所(重要文化財):寛永5年(1628年)頃建立
  • 直会所(重要文化財):寛永5年(1628年)頃建立
  • 楽所及び西御供所(重要文化財):寛永5年(1628年)頃建立
  • 幣殿(祈祷殿、重要文化財):寛永5年(1628年)建立
  • 忌子殿(重要文化財):寛永5年(1628年)頃建立
  • 幣殿忌子殿取合廊(重要文化財):寛永5年(1628年)頃建立
  • 高倉殿(重要文化財):寛永5年(1628年)頃建立
  • 廻廊(重要文化財):寛永5年(1628年)頃建立
  • 楼門(重要文化財):寛永5年(1628年)建立
  • 玉橋(重要文化財)
  • 片岡橋(重要文化財):明治初年建立
  • 舞殿(橋殿、重要文化財):文久3年(1863年)建立
  • 拝殿(細殿、重要文化財):寛永5年(1628年)建立
  • 土屋(到着殿、重要文化財):寛永5年(1628年)建立
  • 楽屋(重要文化財):寛永5年(1628年)建立
  • 外幣殿(馬場殿、重要文化財):寛永5年(1628年)建立
  • 北神饌所(庁屋、重要文化財):寛永5年(1628年)建立


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【賀茂別雷神社(かもわけいかづちじんじゃ)】
通称:上賀茂神社(かみがもじんじゃ)

京都府京都市北区上賀茂本山339
主祭神:賀茂別雷大神(かもわけいかづちのおおかみ)
https://www.kamigamojinja.jp/


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京都府京都市『北野天満宮』という天神信仰の中心地にようやく行けた。

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『北野天満宮』を参拝しました。

天満宮との相性はとても良く、ご利益も必ずあると信じているワタクシ。

大宰府に続く天神信仰の中心地を参拝でき、とても心が満たされております。

桜の季節で境内が華やいでおり、印象もすこぶる良かったです。

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ルートの都合上、東門から入りました。
(重要文化財)

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本殿に向かって伸びる灯篭の道。

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毎月25日営業の「長五郎餅 北野天満宮境内茶店」は当然閉まっていました。

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「竈社」。
カマドということは台所の神様なのかしら?

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木製建屋のなかにある古い手水舎の前に近代的な手水舎があります。
(東門脇)

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いきなり国宝の本殿を眺める。

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本殿手前の透塀は、国の重要文化財に指定されています。

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左右の廻廊も国の重要文化財です。

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手水舎(楼門脇)

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牛の眼が赤い。これは何の石だろう?

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境内から見た楼門。

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立派な提灯が下がっています。
中央は大丸百貨店のもの?

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三光門前の奉納御神燈提灯。
昼でも灯りがついているっぽい。

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摂末社あたりにある石の撫で牛。
立派過ぎて引き寄せられるように撫でに行きました。
冷たくて夏場は特に気持ちよさそう。
対面側は那智石みたいな色と手触りの撫で牛でした。

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楼門と御本殿の間に建つ中門(三光門)
(重要文化財)

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彫刻群が見事です。

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じっくり見る時間がなかったのが残念。

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本殿の手前にある拝殿。

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本殿、石の間、拝殿及び楽の間が国宝に指定されています。

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軒が深いので手前からだと拝殿の彫刻群は見えにくいのですが、
祈祷すれば拝殿に昇殿できるようです。

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この位置から見ると軒の深さがよくわかるかも。

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蟇股(かえるまた)の彫刻も立派。

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下から見るとユーモラスな木鼻の獅子。
猫みたいだけれど獅子だよね?

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斜め下からしか撮れなかった。たぶん獅子?

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拝殿に昇る階段。
御所のイメージっぽくて萌える。

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重要文化財の西廻廊。

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この三つの道具は何をする(何を表す)ものなんだろう?

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橙にしき木の上に巣を作っていた鳥。ヒヨドリか?

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西側の紅梅殿に向かう道に枝垂桜が咲いていました。

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紅梅殿と船出の庭。
雅(みやび)だ。

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境内を流れる小川(用水?)。

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小ぶりな枝垂れ桜。

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一之保神社(いちのほじんじゃ)への鳥居、かな?

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菅公の邸宅の名前が付いた「紅梅殿」。

ゆっくりと一人で回ってみたいと思う、良い場所です。

信仰(寄進)が集まる場なんだと感じられるほど全てが立派ですし。

令和9年(2027年)に斎行される25年に一度の大祭、

「御神忌千百二十五年半萬燈祭」に再訪できるといいなぁ。

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御朱印も忘れずいただきました。
この手前が湯島天神の御朱印だったので書く方からすれば
天神巡りをしていると思われたかも?


この北野の地には、天神地祇を祀る現・摂社の地主社と、火雷神を祀る現・摂社の火之御子社の二つの社があった。
昌泰4年(901年)1月に右大臣菅原道真が左大臣藤原時平の讒言にあって大宰権帥に降格されて大宰府に左遷されるという昌泰の変が起き、延喜3年(903年)に道真は大宰府で無念の死を遂げた。その後、藤原時平が延喜9年(909年)4月に亡くなったり、落雷などの災害が相次ぐと、これが道真の怨霊による祟りだとする噂が広まった。こうして朝廷は、没後20年目となる延喜23年(923年)4月20日に道真の左遷を撤回して右大臣に官位を復し、正二位を贈った。
そんな中、延長8年(930年)6月26日に清涼殿に落雷が直撃し、大納言の藤原清貫と右中弁兼内蔵頭の平希世が死亡するという清涼殿落雷事件が発生した。その上、3ヶ月後に醍醐天皇が崩御してしまうと道真の怨霊によるものとの噂はもはや噂ではなくなってしまい、朝廷は恐れおののいた。また、道真の怨霊は天満大自在天神となったともされ、それが北野の火之御子社の火雷神と結びつき、道真は雷神である火雷天神であるともされた。
天慶5年(942年)、右京七条に住む多治比文子(たじひのあやこ)という少女に道真から、北野に自分を祀る社を立てるようにとの託宣があり、5年後にも近江国の神官の幼児である太郎丸に同様の託宣があった。それに基づいて天暦元年6月9日(947年)に北野にあった朝日寺(現・東向観音寺)の最鎮(最珍)らが朝廷の命により道真を祀る社殿を造営し、朝日寺を神宮寺とした。そして、曼殊院門跡の是算国師が菅原家の出であったことから是算が初代北野別当職に任じられた。これ以降、曼殊院門跡が北野別当職を歴任することとなった。この後、藤原師輔(藤原時平の甥)によって壮大な社殿に作り直されたという。
永延元年(987年)に初めて勅祭が行われ、一条天皇から「北野天満宮天神」の勅号が贈られた。正暦4年(993年)5月20日には正一位・左大臣を、次いで10月20日には太政大臣が追贈された。以降も朝廷から厚い崇敬を受け、二十二社の一社ともなった。


天満宮の過去記事





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【北野天満宮】

京都府京都市上京区御前通今出川上る馬喰町
主祭神:菅原道真公
創建:天暦元年(947年)


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北の丸公園の河津桜と花々。

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耳鼻咽喉科の帰りに濠の向こうにある北の丸公園に向かいました。

清水門から入り、ぐるりとまわって田安門から出るコースを辿ります。

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国指定重要文化財の清水門。
利用したことがあるなかでこの門が一番好きかもしれん。

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階段をエンヤコラ上って行くと白と黄色に彩られた場所がありました。

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これはサンシュユかな?

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寒緋桜は今が見頃かも。

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濃い色なので遠くからでも桜だと分かる。

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満開を過ぎて葉が出始めている河津桜。

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綺麗なピンクと緑の色に視覚が癒される。

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こちらの木には「雅」という樹名札が下がっていました。

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白木蓮も満開でした。

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上品で綺麗な花ですよね。

期せずして、ちょっとしたお花見気分を味わえました。

天気は曇天だったけれども。

今咲いているのは(散り始めているのは)河津桜なんですね。

水道橋駅から御茶ノ水駅の間で咲いている桜があったのですが

きっとあれも河津桜なんだろうな。

北の丸公園の散歩は、とても満足できるひとときでした。

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国指定重要文化財の田安門。

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この付近の石垣が好き。

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このあたりの桜が咲くのはもっと先かも。



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長野県諏訪郡下諏訪町『諏訪大社 下社秋宮』の幣拝殿の彫刻も見事でした。

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かつての諏訪湖は水位が高かく、上社と下社が湖畔に位置していたという説があるそうです。

春宮よりも湖畔に近い位置にある秋宮は、旧中山道と甲州街道の分岐点に位置しています。

それゆえ参拝客が多いのか、春宮よりも土産物屋や飲食店が周囲に立ち並び、

近代的な雰囲気すらありました。

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「手水舎」

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こちらの手水も足元で氷ができていました。

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そのための茣蓙だったんですね。

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春宮よりも整備されている感じる境内。

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正面が有名な「根入の杉」。樹齢約800年ですって。

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三方切妻造りの「神楽殿」。
大注連縄は長さが約13m、推定500kgの重量。
それを支えられる梁だという点も凄い。
狛犬は青銅製で、その素材で造られたものとしては日本一の大きさ。

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神楽殿の棟梁は2代目「立川和四郎」富昌で1835年(天保6年)に落成。

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「右片拝殿」
国指定重要文化財

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「左片拝殿」
国指定重要文化財

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「幣拝殿/左右片拝殿」。
棟梁は初代「立川和四郎」富棟で1781年(安永10年)春に落成。
一門は静岡浅間神社の彫刻も手掛けたとか。


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木造建築物ならではの美しさを感じます。
この時の空は真っ青で美しかったのですが、
カメラのレンズを向けると光が降り注いで白く映ります。

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立体的で動きが素晴らしい龍の彫刻。凄い。

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初代「立川和四郎(たてかわ わしろう)」富棟は
この幣拝殿で名声を高めたそうです。

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秋宮一之御柱

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秋宮二之御柱

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次の御柱祭は2028年春に開催されます。

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「東宝殿」。
宝殿は御柱祭の年に春宮と秋宮で交互に建て替えられます。

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「さざれ石」
ワタクシが今まで見た中で一番大きくて立派。

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御朱印も頂きました。

境内に白砂を三角に盛ってある場所、伊勢神宮遥拝所がありました。

1月から12月までを記した12個の小石を玉垣の中に投げ入れる「石送神事」は上社の神事なので

ここはその役割がある場所ではないようです。

上社と下社で神事などが異なる理由がわからなかったのですが、

諏訪大社はもともと上諏訪神社と下諏訪神社という別々の神社だったというのが理由でした。

上社と下社は明治初年に国の管理になり、一つに纏められたようです。

歴史が長い分、曰くがあり、奥深い魅力がある諏訪大社。

自然崇拝という思想も興味が尽きません。

諏訪大社四社めぐりは残すところ上社前宮。

今年中に行けると良いなと思っていますが、その前に下調べをしておかねば。


下諏訪には、下社の二つのお宮(春宮・秋宮)がありますが、最初に鎮座したのは、春宮とされています。その後建て替えが計画された際、高島藩より両社に同じ図面が与えられたため、ほぼ同時期にほぼ同じ構造を持つ社殿が諏訪地方の二つの異なる流派の宮大工集団によって建てられ、両宮は彫刻で技が競われたとされています。また、半年に一度、8月1日に春宮から秋宮へ、2月1日には秋宮から春宮へ神様を遷す神事、遷座祭が行われますが、これは全国的にもとても珍しいことです。特に8月の遷座祭の前夜には宵祭りが行われ、長持ちや神輿などのパレードが華やかに行われるほか、遷座祭当日には、柴舟とよばれる長さ約10メートル、重さ約5トンもの巨大な舟を曳行する「お舟祭り」が開催され、町中が熱気に包まれます。
https://shimosuwaonsen.jp/feature/993/


【諏訪大社 下社秋宮(しもしゃ あきみや)】
長野県諏訪郡下諏訪町5828
祭神:建御名方神、八坂刀売神、八重事代主神
https://suwataisha.or.jp/


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長野県諏訪郡下諏訪町『諏訪大社 下社春宮』は独特の空気感がある場所だと感じる。

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昨年、諏訪大社上社本宮に参拝して以降、下社にも行かねばと気になり続けておりました。

四社すべてに参拝する「四社まいり」があるそうですが、それが目的ではなく、なんというか、呼ばれているような?

迷わず駅に降り立ってから下社春宮に向かいましたが、秋宮の方が立地が良く人も多いため、そちらから巡るべきだったか気になったものの、四社まいりの順番は特に決まってはいないようです。

ヨカッタ。

諏訪大社古来の自然信仰を今に伝え、上社本宮は守屋山、下社春宮は杉の木、秋宮は一位の木をご神体として拝しております。

祭神は建御名方神(たけみなかたのかみ)と八坂刀売神(やさかとめのかみ)、八重事代主神 (やえことしろぬしのかみ)。

祭神は春秋の宮で半年毎に遷座されるそうです。

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「諏訪大社下社春宮大門(一の鳥居)」
この鋼製の鳥居からまっすぐ伸びる道路は昔は参道だったそうです。

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この注連縄は下社の神紋「明神梶の葉」の形なんですね。

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鋼製の鳥居の先にある「諏訪大社下社春宮下馬橋」。
この道は流鏑馬を競った馬場だったそうで、それゆえの橋だったんですかね?

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説明書きがありました。

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手水舎には杓はなく竹に空いた穴から流れる水で手を洗います。

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流れ落ちる水が下で凍っていました。

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「諏訪大社下社春宮 二の鳥居」
御影石でできた鳥居は万治2年(1659年)の建立と推定されているそうです。

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「諏訪大社下社春宮 神楽殿」
ガラスが填まった戸が付いていますが使用する時は取り外すんでしょうね。

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神楽殿の奥に拝殿が見えます。

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二之御柱

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左右の方拝殿は国の重要文化財に指定されています。

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「幣拝殿」
拝殿と幣殿(へいでん)が一体化しているんですね。

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彫刻は村田長左衛門矩重(ともしげ)、兄の伊藤儀左衛門に相談して請負う。
秋宮の幣拝殿の彫刻と技を競い合い、請負価格は秋宮の半額以下だったとか。
不足した分は自分で出したそうで、未来に残る仕事をしたんですね。

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執念すら感じる彫刻群だわ。

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切妻屋根の正面に軒唐破風があり、鳳凰、龍、獅子などの彫刻が見られます。

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御簾の奥を見ると本殿が無いのが分かりますね。
この奥に建つ左右の宝殿の間に御神木「杉の木」があるそうです。

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御神木は、境内を取り囲む杉の木よりも大きいんでしょうね。

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一之御柱

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幣拝殿と左右片拝殿。

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神楽殿の注連縄の存在感が凄い。

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お守りの形が気になります。

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御朱印をいただきました。
やっぱり四社をまわるべきかも?

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建物の間から川に向かいます。

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案内図にある「いぼ石」を見に参道に戻る。

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神楽殿の右側にあるのが「結びの杉」。
先で二股に分かれていますが根元で一つになっている杉です。

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これが「いぼ石」みたい。

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川は一部氷が張っていました。

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朱色の橋を渡って浮島に向かいます。

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鳥居の右側に「浮島社」があります。

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浮島の両側を流れる川は現在整備中でした。

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見ているだけで寒くなりますね。

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お参りの仕方が書いてありました。
外国人観光客の方には伝わらないため、
石仏をまわる人と留まる人とで混乱が…。

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「万治の石仏」
雰囲気が独特で畏怖すら沸き上がる。
 

日本最古の神社の一つといわれるだけあり、昨年参拝した本社も良かったけれど、春宮の空気感も大変気に入りました。

諏訪はさまざまな神様と歴史を内包していて大変興味深い土地だと感じます。少し怖いところも含めて。

では、徒歩で下社秋宮に向かいます。




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【諏訪大社 下社春宮】

長野県諏訪郡下諏訪町193
https://suwataisha.or.jp/
https://www.instagram.com/suwataisha.official/


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山梨県甲府市『善光寺(甲斐善光寺)』の国の重要文化財に指定されている本堂が見どころありまくりで誰かにオススメしたい。

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山梨県には複数の重要文化財に指定されている建造物があり、

駅から近い場所はほぼ足を運んておりますが、

甲府駅に近い場所にある二カ所は未踏のままになっていました。

本日はそのうち、武田信玄が信濃善光寺を山梨郡板垣郷に移したことに始まる

甲斐善光寺とも呼ばれる「善光寺」を参拝して参りました。

善光寺から近い場所にある重要文化財「東光寺仏殿」はまたの機会にと考えております。

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善光寺山門(仁王門)
永禄元年(1558年)創建、宝暦4年(1754年)に焼失。
現在の山門は明和4年(1767年)の上棟。(徳川家治の時代ですね)

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扁額には「定額山」と書かれています。

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こんなニュースがありました。

国の重要文化財に指定されている「善光寺本堂」と「善光寺山門」は、老朽化で雨漏りがひどいことなどから、今年度から令和15年度までの10年計画で、修理事業を進めていく予定です。
甲斐善光寺によりますと修理が大規模になることや物価が高騰している影響によって、修理費用はおよそ33億円が必要になるということです。
2024年4月10日 NHK 山梨県のニュース

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床に使われている石の色が違うのは補修されているってこと?
調べたら60年以上前に大規模修繕工事がされているみたい。

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補修に塗装工事が含まれると思うのですが、
日光東照宮のような補修になるのは嫌かも。

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山門には未完成の金剛力士(仁王)像が安置されています。

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阿形(あぎょう)像

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未完なので像を造る工程がわかるとも言える。

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丸太を嵌めてから彫るんですね。
というかバランスが凄い。

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吽形(うんぎょう)像

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こちらは割と彫り進められている感があります。

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山門は桁行が約17m、梁間が約7m、棟高が約15m。
石畳の参道を含めて立派な外観です。
(ひとめだけでは老朽化を感じられないほどに)

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山門の説明はこちら。

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かなり立派な参道だと感じる。

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参道脇にお店がありました。

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道を挟んで参道は続きます。

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本堂の前の常香炉にはお線香の自動販売機が設置してありました。

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手水舎もあります。

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善光寺本堂
永禄元年(1558年)創建、宝暦4年(1754年)に焼失。
現在の本堂は天明5年(1785年)の上棟。
本堂は撞木造(しゅもくづくり)。

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重文指定年月日:昭和30年(1955年)06月22日。

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破風の彫刻と色彩が豪華。

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唐破風部分の屋根は茅葺なのかな?

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立派な向拝(こうはい)。
本堂外陣(げじん)までは無料で見学できます。

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龍や獅子に色彩が施されていないのは何か意味があるんでしょうね。

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手挟(たばさみ)の彫刻も見事。
亀の顔の向きが違いますね。

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木鼻(きばな)の
一部の獅子の眼には玉のようなものが填まっているように見えました。

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本堂脇から向拝を眺める。


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外陣にある賓頭盧(びんずる)様。
神通力の強い十六羅漢の一人。

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外陣にある天井画。
ワタクシの視力では見えませんが、きっと龍なんだろうと推察。

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金堂もよくよく見ると素晴らしい。
(彩色された天井画を双眼鏡で見てみたい)
500円をお納めしても見るべきかと。
本堂中陣天井には巨大な龍2頭が描かれている。廊下の部分は吊り天井になっていて、手をたたくと多重反射による共鳴が起こり、「日本一の鳴き龍」と呼ばれている。
本堂下には「心」の字をかたどる「お戒壇廻り」もあり、暗闇の中の鍵を触れることによって、御本尊様と御縁を結ぶと言われている。

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宝物が詰まった本堂だと感じました。

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本堂脇にある階段。

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本堂の基礎の部分。
石の積み方が美しい。

甲斐善光寺には燈籠仏(とうろうぶつ)と呼ばれる仏像が伝来している。
これは像高5cmほどの一光三尊阿弥陀如来像で、普段は燈籠に収められ秘仏として扱われている。江戸時代に甲斐善光寺で発行された縁起に拠れば、願い事を占う際に用いられる仏像で、「善光寺燈籠仏縁起」「甲陽善光寺略縁起 附 灯篭仏略縁起」に拠れば、願い事が叶うなら重くなってくださいと念じて持ち上げると、願い事が叶う場合には重くなり、叶わない場合は軽くなるという。明治6年(1873年)10月18日、山梨県庁から「山梨郡善光寺燈籠仏を以って吉凶禍福を卜するを禁ず」の通達が出され、燈籠仏を用いた占いが禁止された。
燈籠仏は歌舞伎や川柳において登場する。

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最近頻繁に見る芭蕉の碑。健脚だったんだなぁ。

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こちらは早咲きの梅のようで、ほぼ満開でした。

この本堂は、東日本最大級の木造建築物だそうです。

信州の善光寺とは異なり観光客がほとんどいないため、

「お戒壇廻り」がたった一人だったので大変怖かったです。

たぶん廻っている時は金堂の下にワタクシひとりだけしか居なかったんじゃないかと。

自分と向き合う良い機会でしたが、いろいろと考えさせられました。

ちなみに鳴龍は、今まで聞いた中で一番いい音な気がします。

響きが耳に心地良い。

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鳴龍の御朱印もあります。

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直書きの御朱印をいただきました。
(500円)

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物欲が湧きそうになるお守りもありました。
こういうタイプは初めて見た気がする。


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【善光寺(甲斐善光寺)】
山梨県甲府市善光寺3-36-1
創建年:永禄元年(1558年)
開基:武田信玄
本尊:善光寺如来(秘仏、重要文化財)
[拝観・御守り受付所] 9:00~16:30
http://www.kai-zenkoji.or.jp/


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岩手県西磐井郡平泉町『中尊寺』に来たのは何十年ぶりだろう?【後編】

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中尊寺金色堂の金(きん)はどこで調達されたのか?
あれほどの金を使える金鉱が奥州藤原氏の勢力圏内にあったということですよね。

どうやら、玉山金山(岩手県陸前高田市)、鹿折金山(宮城県気仙沼市)、大谷金山(宮城県気仙沼市)などの金鉱山(砂金)が平泉を支えたと言われているそうです。そしてこの金鉱が、奥州藤原氏の栄華を支えた基盤だったっぽい。

金についての謎は解けましたが、戦中戦後の混乱期の金色堂の保存はさぞや大変だっただろうと愚考。
岩手県立図書館HPの資料によると戦時中は寺僧にも召集者が続出し、寺領内の一部の巨木は軍需品として伐採されたそうです。
中尊寺を守る人が少なくなるなか金色堂を含めた宝物類が、よくぞ後世に残ったものだと感服します。

東日本大震災では本堂の漆喰壁の一部が破損、石灯篭3基が倒れたそうですが、それ以上に大きな被害は受けなかったそうです。

そんな時代の荒波を潜り抜けて金色堂は今の時代に輝いているのだと思うと、先人たちの努力に頭が下がります。

松尾芭蕉が今の金色堂を見たら、なんと詠むのだろう?

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大長寿院へ続く道。

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大長寿院の山門

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山門に墨書きされているものを読むと、平成4年に修理されているようです。

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なぜか門の裏側にびっしりと積まれている小石。
積む意味が謎。

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大長寿院
本尊は胎蔵界大日如来。

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内部には絵などが飾られているのが見えました。

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建物脇にあるモミの木。
町指定天然記念物らしい。

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かなりな巨木です。
枝が落とされており、クリスマスツリー感は無い。

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旧鐘楼
梵鐘は康永2年(1343年)の鋳造。

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峯薬師堂

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お堂の周囲に紅葉が植わっているため、
紅葉の季節はさぞかし綺麗かと。

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弁財天堂の受付が閉まっていたため御朱印をいただくことはできませんでした。

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角大師の札も気になる。

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本堂脇にある庫裏。

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こちらは本堂。

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本堂前にある手水鉢は雪で埋もれていました。

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彫刻が素晴らしい向拝。
本堂は明治42年(1909年)の再建。
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懸魚(げぎょ)り彫りが精巧。

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兎の毛通し(うのけどおし)も見事。

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天台宗総本山比叡山延暦寺から分けられた「不滅の法燈」が堂内にあります。

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本堂に上がる階段の割れの部分に瓢箪の鎹(かすがい)があしらわれていました。

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本坊表門は補修工事中でした。
(岩手県指定文化財)

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表側から見た門。
修繕は終わりかけか?

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と思ったら始まったばかりで、工期は来年五月まででした。

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先月だったらここを通れたのか。

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中尊寺仕様のポストがありました。
消印も特別なのかな?

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山門脇の木が気になったので近寄って見ると

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樹皮に文字のようなもの見受けられました。
(右側に「年」のような文字)

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月見坂に向かって下っていきます。

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途中でお休み処を発見。
ちょいと覗いてみることにしました。

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入り口付近にある蔵。
シンプルで格好いい。

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こちらがお休み処。
外が見えないようなので中に入るのは止めておきました。

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代わりに庭園から麓の街並みを垣間見る。

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地蔵堂では書置きの御朱印をいただきました。
1877年の再建。

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東物見台付近から見たふもとの街並み。

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弁慶堂
文政10年(1827年)の建立。

寺塔四十余宇、禅坊三百余宇あったとされる中尊寺の伽藍。1337年の火災で金色堂を除く堂宇がほぼ全焼。その後、伊達氏の庇護を受けて堂宇の補修・建立がなされています。しかし松尾芭蕉が中尊寺の荒廃ぶりを見て嘆いたように、江戸初期には荒廃の極に達し、明治9年(1876年)、明治天皇の50日間に及ぶ東北巡幸が行われ、中尊寺の保存を命じられたことで保存事業が行われました。
明治天皇は本堂を再建するためのご寄進もされたそうです。

現在我々が観ている中尊寺は、奥州藤原氏が建立した当時に比べると規模を縮小しているようですが、それでも大規模な極楽浄土のテーマパーク感がありました。

十代ではわからなかったけれども。

今回この歳になって再訪が叶い、当時は感じなかった栄枯盛衰の浪漫を体感しました。
まさに「兵どもが夢の跡」。
それを感じている自分は今まで人生経験をそれだけ積んだのだと理解し、感慨深かったです。

再訪して本当に良かった。
心からそう思った中尊寺の旅でした。



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折角なのでお守りの類を購入することにしました。

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こちらは招福香守。
(上の写真の左下端)

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底のネジを取ると白い玉が出てきました。
これにお香の香りを含ませるのかも。
(塗香を塗してみました)

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今回頂いた御朱印は4種。
直書き3種と書置き1種です。

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こんな御朱印もありました。

讃衡蔵の端に売店があるのですが、そこで懐かしい自販機を発見しました。

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コカ・コーラの瓶タイプ。

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栓抜きも置いてあります。
サスティナブル! SDGs!

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こんなダジャレ メニューもありました。


◆御朱印の参考にさせて頂きました

[参考] 岩手県立図書館-世界の平泉へ-

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【中尊寺(ちゅうそんじ)】

岩手県西磐井郡平泉町平泉衣関202
境内通年開放
[3月1日〜11月3日] 8:30~17:00
[11月4日〜2月末日] 8:30~16:30
拝観券:1,000円
土日祝利用可能公共交通:[岩手県交通]平泉町内巡回バス「るんるん」HP
https://www.chusonji.or.jp/
facebook


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岩手県西磐井郡平泉町『中尊寺』に来たのは何十年ぶりだろう?【前編】

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奥州藤原氏三代ゆかりの寺として有名な『中尊寺』。特に有名な建物と言えば国宝建造物第1号に指定されている金色堂。

中学校の修学旅行で訪れたことがあるのですが、坂道を延々歩いたこととコンクリート建造物内の金色堂の印象以外の記憶が欠如しているため、記憶の補完をすべく再訪しました。

母も再度見ておきたかったそうですし。

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JR平泉駅からはタクシー争奪戦。改札からダッシュする人はどこに行くんだろう? と眺めていたら、行き先はタクシー乗り場でした。その後、ほどほどに待ってから到着したタクシーに乗り込み中尊寺の上の駐車場へ。バス利用だと下から延々と坂道を登らねばならないところでしたが、片道ワープで金色堂に到達できました。

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駐車場の脇にあった蓮池。
四代泰衡公の首桶から発見されたハスの種が
平成10年、開花に成功したそうです。

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道を挟んで向かい側にも蓮池がありました。

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ドラム缶のようなものにも蓮が入っているんでしょうね。



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さて、駐車場から坂道を上り、讃衡蔵の一角にあるチケット売り場で金色堂の拝観券を購入します。

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坂を上ったところにある金色堂の入口で参拝券を提示。

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国宝「金色堂」は鉄筋コンクリート造の覆堂内にあります。
(撮影禁止)

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讃衡蔵の出口付近で唯一撮影OKだったパネル。
金色堂の須弥壇はこんなビジュアルだそうですが、
実際は暗くてこんな風には見えませんでした。

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松尾芭蕉翁句碑「五月雨の振り 残してや光堂」
左側は墓石かと思ったら句碑だったんですね。

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経蔵(重要文化財)
国宝「一切経」を納めていた建物。
※現在「一切経」は讃衡蔵に移されています

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創建時は二階瓦葺だったそうです。

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扁額の文字がワタクしには読めない。

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経蔵の右手奥に旧覆堂があり、その間にも建物が見えます。

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関山天満宮(かんざんてんまんぐう)
見た目よりも急斜面ですが登ってみました。

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天満宮なので手を合わせておく。

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芭蕉翁像の奥に見えるのが関山天満宮です。

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こちらは金色堂旧覆堂(重要文化財)。
建築年代は室町時代中頃と推定されています。

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現在金色堂があるところからここに移設したらしい。

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コンクリートの覆いよりも遥かに趣があると感じる。
500年間金色堂を守っていたというところにロマンを感じる。
しかし、昭和時代に新たな覆堂を造らねばならなかった背景を知り、納得。


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補強に継ぐ補強がされているようで、満身創痍のお堂なのだと感じる。
先の地震で被害は無かったのだろうか?

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堂内中央にある卒塔婆。
没後八百年後に建てられた卒塔婆ってことかぁ。

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この樹種は何なんだろう? ヒバ?

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天井に見える木材は修繕用のストックなのかしら?

拝観料が必要なのは金色堂と讃衡蔵。讃衡蔵(さんこうぞう)には国宝や重要文化財に登録されている中尊寺の宝物類が保存展示されています。(撮影禁止)
讃衡蔵内の宝物類は大変見応えのあるものでした。

敷地内に点在している人の居ない建物に仏像などを安置したままでは盗難にも遭うだろうから、こういう施設は必要不可欠だろうと、今回境内を歩いてみて実感致しました。
今が閑散期で閉まっているところが多いし、観光客は少ないしで、余計に実感できたとも言えます。


少し長くなったので、後編につづく。


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【中尊寺(ちゅうそんじ)】

岩手県西磐井郡平泉町平泉衣関202
境内通年開放
[3月1日〜11月3日] 8:30~17:00
[11月4日〜2月末日] 8:30~16:30
拝観券:1,000円
※JR平泉駅から中尊寺の上までタクシー利用で1,110円
土日祝利用可能公共交通:[岩手県交通]平泉町内巡回バス「るんるん」HP
https://www.chusonji.or.jp/
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京都市上京区『京都府庁 旧本館』の旧議場。

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旧議場

京都府庁旧本館の正面からすると真裏に位置するのが旧議場。

明治38年(1905年)から昭和44年(1969年)まで使用されていました。

京都府議会が開催されてきた場所は

竣工110周年を機に建築当初の姿に復元されました。

現在は催し物等の会場として有料で開放されているようです。

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この図だと左側が旧議場です。

壁面の漆喰は塗り直され、議員席やシャンデリアは復元されたものですが、

演壇と議長の机は当時のままだそうです。

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正面の演壇は当時のまま。
使用されているのは吉野杉という説あり。

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カーテンは図面をもとに京都発祥の川島織物(現・川島織物セルコン)が再現。

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漆喰の色の違いも当時のままなんだろうか?

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議場は格天井となっており、格式高い雰囲気が漂います。

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一部のドアノブが当時のままだと思われます。
凝っていて格好いい。

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階段状になっている議員席。

現役で使用されている本館は老朽化が進んでいるのですが、

ここだけ綺麗になっていて若干の違和感が芽生えました。

徐々に修繕していくよ、ってことなのかしら?


◆本館の老朽化具合

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2階木製窓枠の塗装剥がれ。

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曲がり角の注意書き。

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2階階段踊り場の床。
リノリウムが貼られていたようですが劣化して剥がれていました。




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府庁の正面右手にあるのは文化庁 京都庁舎だったらしい。

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南東側(新町通側)からの眺め。


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【京都府庁 旧本館】

京都府京都市上京区下立売通新町西入薮ノ内町
公開時間 10:00~17:00(祝日及び年末年始を除く)
公開日:火曜~金曜、土曜(第1週、第3週、第5週)




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京都市上京区『京都府庁 旧本館』は国指定重要文化財だけれど現役で使われているっぽい。

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明治37年(1904年)12月20日竣工の『京都府庁旧本館』は

東京、兵庫に次ぎ日本で3番目に建てられた府県庁舎。

レンガ造りのネオ・ルネサンス様式で、設計は松室重光(まつむろしげみつ)。

京都を中心に多くの建築物の設計を手がけた建築家です。

手がけた建物は京都府庁旧本館のほか

京都市武徳殿、京都ハリストス正教会が国の重要文化財に指定されています。

今回の旅が平日を含んでいたため、平日にしか入れない文化財を観ようと

京都府庁旧本館にやって参りました。

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左手に守衛室があるので、挨拶してから中へ。

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明治時代のドラマのロケに使えそうな外観。

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ペジュメント(破風)の装飾が重厚感を醸し出しています。

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車寄せの上には石造りのバルコニーがあります。
どんなロケーションなんだろう?

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殺風景なエントランスを通って中へ。

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この建物のメインではないかと思える立派な大階段。

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NHKドラマ『坂の上の雲』のロケでこの階段が使われたそうです。

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塗り直されて間がない感じの美しい天井と漆喰装飾。

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大理石の手すりが見どころの一つではないかと。

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一階の地図。
今も実際に使われているため見学できる部屋は限られています。
閉鎖されている気配のある部屋もありました。

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県庁全体図。

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一階の廊下の床は所により石張り。

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革靴を履いていたらカツカツと音が鳴りそう。

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塗装が剥がれてボロボロの壁とドア。

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窓部分が受付だったと思われる一室。
ドアの幅がめっちゃ狭い。家具の出し入れは出来無さそう。

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人の出入りが感じられる一室。
時代物の刑事ドラマに出て来そう。

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中庭に面した廊下の窓は上げ下げ窓になっています。

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階段の奥に小部屋がありました。
道具入れかも。

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二階に向かう階段。
一階より上は赤絨毯が敷いてあります。

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アカンサスの意匠が施された木製の階段手すり。

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二階も上げ下げ窓ですが塗装が剥げてボロボロになっていました。

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二階の廊下。

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見学可能な旧知事室と正庁へ。

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奥が旧知事室です。
正庁と旧知事室の間に二部屋ありました。

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旧知事室の隣の部屋。

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隣室は展示室になっていました。

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照明器具を飾る漆喰装飾。

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知事と部長の登退庁を各課に知らせるための表示灯。

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京都の古地図が置いてありました。

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暖炉も見どころの一つらしい。

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こちらが旧知事室の暖炉。

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壁は布張りのようです。

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旧知事室。
知事の机は右手後方にあります。

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左奥が知事の机。

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天井の隅に開口部があり、装飾されていない構造が見て取れます。

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煉瓦組みが見えますね。

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正庁。

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正庁の窓から見るバルコニー。

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バルコニーの床はタイル張りのようです。

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昭和37年に来日したガガーリン(人類初の友人宇宙飛行を成功させた)。

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バルコニーに立つ昭和天皇のお写真もありました。

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中庭から見た旧議場に向かう回廊。

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中庭。

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重要文化財指定書の写し。

一階の角にカフェがあるらしいのですが、今回は時間が無くてスルー。

重要文化財の中で飲むコーヒーはさぞかし美味しかろうにと残念に思いました。

駆け足で見学した旧本館。

重要文化財なので、もう少し手が入るといいのにと思わなくもないです。

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【京都府庁 旧本館】

京都府京都市上京区下立売通新町西入薮ノ内町
公開時間 10:00~17:00(祝日及び年末年始を除く)
公開日:火曜~金曜、土曜(第1週、第3週、第5週)




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山形県山形市『Tsuki Café 文翔館喫茶室』でスミス・ティーメーカーの67番をバラ買いする。

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2024年4月11日、山形県郷土館文翔館に喫茶室が開業したそうです。

以前のカフェはいつの間にか閉業していました。

ということで、またまた「何回目やねん」という感じですが、

いそいそと文翔館に向かいました。

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まだ14時台とは思えない陽の傾き方。

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久々に文翔館を訪れたら驚くほどの人気スポットになっていました。

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紅葉している木々もあり、ちょっとした紅葉狩りができる…気がする。

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訪れた時間は時計塔をご確認ください。
(アップルパイを取りに行って戻って来た時間)

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内部見学はせずに左方向にある喫茶室に向かいます。

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喫茶室はだだ混みでした。
注文と会計は入口にあるタッチパネルで行います。

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スミス・ティーメーカー商品を発見。


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渋谷にショップができたけれど、苦手エリアなので買いに行けずに居りました。
ここで買ってしまおうと思うも、欲しい商品の箱が無い。

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カウンターで訊いたところバラならあるとのことで、それを買えるだけ所望しました。

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箱は必要ないのでバラ買いできて丁度良かった。

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待ち合わせしていた千葉県民Tは珈琲を飲んでいました。

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千葉県民T曰く、ツキカフェは以前は駅前にあったらしい。
そういえばホテル近くの角にそれらしきお店があったような…。

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以前入っていたお店とは内装がかなり変わって今風になっていました。

時間が無く、千葉県民Tと合流して紅茶を買ったら直ぐに退店しました。

一人でも落ち着くカフェかと問われたら、答えは否。

カウンター席がありますが、席間隔が狭いので居心地は良くなさそう。

逆に窓側席は広々としていて余裕がありました。

平日だったら混雑しなくて居心地は良いのかもしれません。

たぶん。

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文翔館の中庭にあったクリスマスツリー。
いいアイデアですね~。

◆以前は「やまがたフルーツcafé ホンミフル」というお店が入っていました。


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【Tsuki Café(ツキカフェ) 文翔館喫茶室】

山形県山形市旅篭町3-4-51 文翔館内喫茶室
営業時間 9:30~16:30(L.O.16:00)
定休日:第1,3月曜、毎月1日(土日祝の場合は営業)、12月29日~1月3日(文翔館休館日)
https://www.tsukicoffee-tsukicafe.com/about-2
https://www.instagram.com/tsukicafe_tsukicoffee/


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千葉県成田市『成田山新勝寺』を一周する。【後編】

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ようやく平和大塔が見える場所までやって来ました。

曇り空だったはずなのに、晴天になりつつある。

暑い。汗が止まらん。

握りしめていたミニタオルを新しいものと交換してから塔を見上げる。

さて、迂回して緩やかな道を行くか、正面の急階段を突破するか。

暫く迷ってから正面の階段を上ることにしました。

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仏教寺院とは思えんデザインの獅子(顔だけ)が現れる。
昭和後期のセンスを感じると思っていたら、
ここは984年(昭和59年)に建立されたものでした。
真言密教とは!?

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日光が照り付ける階段を気合を入れて上ります。
ちなみに真言密教の教えとは
「あきらめない、投げ出さない、逃げ出さない」
というものだそうです。
今日のワタクシは試されてるのかも。

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平和の大塔(へいわのだいとう)
1984年(昭和59年)建立。
真言密教の教えを象徴する塔です。

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辿り着いた大塔の二階部分。
心地よい風が吹き抜けております。

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光明堂(こうみょうどう)
国指定重要文化財
大日如来、愛染明王、不動明王が祀られています。

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正面はこんな感じ。
左側後方にある奥之院には洞窟があり大日如来が安置されているらしい。

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朱塗りの建物で大変豪華な造りです。彫刻群も素晴らしい。

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向拝(こうはい)に飾られた額の数々。
寄進されたものなんでしょうね。

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保護網がかかっているため肉眼では良く見えないのですが
じっくり見てみたい内容です。

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天国宝剣(あまくにのほうけん)の彫刻もあります。

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色が剥げていますが、元は極彩色の獅子だったんでしょうね。
まだ彩色ができた時代の1701年(元禄14年)建立。
※徳川綱吉の時代

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額堂(がくどう)
国指定重要文化財
1861年(文久元年)に建立されたものなので彩色はありません。
※徳川家茂の時代

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開山堂(かいざんどう)
1938年(昭和13年)建立。
開山の寛朝僧正を御姿を安置するお堂です。

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釈迦堂(しゃかどう)
1858年(安政5年)建立。
国指定重要文化財

◆安政5年に起こったこと

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破風の拝下(おがみした)、懸魚の奥に見える彫刻。

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鬼ですね。
不動明王のもと鬼も頑張って火伏を担っているのかも。

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この日いただいた御朱印は5種。
相性の点から出世稲荷のものは遠慮致しました。

成田山新勝寺の縁起が平将門の乱に始まるためか、

「神田明神を崇敬する者は成田山新勝寺を参拝してはいけないというタブー」

があるそうです。

平将門公に関わる神田明神や筑土神社などをなるべく遠慮している身なれば、

逆に参拝してもよかろうと思ったのが再訪動機でもありました。

久々に参拝してみて感じたのは、「こんなに広かったのか」ということ。

特に体感的には公園が広かったです。

また10年後に来れたとしても今回のように歩き回るのは無理かもしれん。

御朱印も頂け、歩ききったことにかなりの達成感がありました。

もし光明堂を塗り替える日が来たら、その姿を見るべく再訪したいです。









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【成田山新勝寺(なりたさんしんしょうじ)】

千葉県成田市成田1番地
宗派:真言宗智山派
本尊:不動明王(大聖不動明王)
創建年:940年(天慶3年)
開基:寛朝僧正
正式名:成田山金剛王院神護新勝寺
https://www.naritasan.or.jp/


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千葉県成田市『成田山新勝寺』を一周する。【前編】

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成田山新勝寺に行ったのが10年前だったため現在の姿を見に行くことにしました。

10年前の記憶が鮮明なところとそうではないところがあるのですが、印象は割と良かった気がする。

建物群を見るなら(撮るなら)朝一番が良いだろうと考え、JR+京成電鉄利用で向かうことに。

所用時間は約1時間半でした。(もっと遠いと思ってた)

早朝なので境内に居る人の姿は疎ら。大変歩き易いです。やっぱお参りは早朝がベストかも。

さて、総門をくぐると正面に見えるのが仁王門。

階段の上にある姿を見ると、ここが「山」なんだと感じさせられます。

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仁王門(におうもん)
国指定重要文化財

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階段の両脇を守る阿吽の狛犬。

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仁王門を飾る彫刻群も素晴らしい。

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仁王門の天井は折り上げ格天井で見応えがあります。

那羅延金剛
密迹金剛
仁王門正面を守る阿形の那羅延金剛像(写真上)と吽形の密迹金剛像。

広目天
多聞天
門の裏側には広目天(写真上)と多聞天が安置されています。

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仁王門から見下ろした総門。
人が増えてきたなと思ったら団体様が到着したらしい。朝早いツアーだな。

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大本堂(だいほんどう)
1968年(昭和43年)建立。

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三重塔(さんじゅうのとう)
国指定重要文化財
逆光で上手く撮れず(前回撮ったものはコチラ

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大本堂裏にある大日如来像。

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御朱印マップなるものがありました。
この図を信じて歩いてはいけないことを後ほど思い知る。

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大本堂裏にある築山には多数の銅像が安置されていましたが
肉眼ではどれが何の像なのか見えませんでした。

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平和大塔を目指して境内裏手にある成田山公園に足を踏み入れます。

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案内表示がザックリしている。
迷ってはいけないと思いつつも迷いかける。

アカガシ
アカガシ(赤樫、学名:Quercus acuta)の巨樹に逢う。
赤みがかっているところが特徴で、木材としては硬く加工が割と困難らしい。

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いろいろあって、文殊の池に到着しました。

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ちょっとした落差で滝っぽいものが見られます。
これが雄飛の滝なのか? 西洋庭園はどこに?

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木々の向こうに塔の屋根らしきものが見えます。

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石の上で休む亀。って外来種じゃん。

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ここでようやくリアルタイプの地図を発見。
あのまま森を進んでいたら、しんどさ倍増だったかも。

ようやく目指すべき場所がわかったので、これから大塔に向かいます。

もう、汗だくだくさー。





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【成田山新勝寺(なりたさんしんしょうじ)】

千葉県成田市成田1番地
宗派:真言宗智山派
本尊:不動明王(大聖不動明王)
創建年:940年(天慶3年)
開基:寛朝僧正
正式名:成田山金剛王院神護新勝寺
https://www.naritasan.or.jp/


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埼玉県熊谷市『妻沼聖天山(めぬましょうでんざん) 』を約7年ぶりに再訪する。【前編】

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約7年ぶりに『妻沼聖天山(歓喜院聖天堂)』にやってまいりました。

ここは高野山真言宗の仏教寺院で、奈良の生駒聖天(宝山寺)、浅草の待乳山聖天(本龍院)と並ぶ日本三大聖天のひとつです。

明治時代に神仏習合の慣習を禁止(神仏分離令)し、神道と仏教(神社と寺院)を分けることとされましたが、院主と妻沼郷28か村の村役人が聖天堂を護持し、今日迄その姿を留めています。

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実盛(さねもり)像

齋藤別当実盛が、守り本尊の大聖歓喜天(歓喜自在天または象鼻天)を祀る聖天宮を建立して長井庄(熊谷市妻沼)の総鎮守としたのが始まり。

火事などの被害で何度か再建されていますが、現存する聖天堂の本殿は、大工棟梁の林正清(はやしまさきよ)が再建を企画し、優秀な職人を集め、各地を回って寄進を募ったそうです。

つまりは、宝暦10年(1760年)に完成した本殿の工事費用は、幕府や大名などの有力者からでたものではなく、一般庶民が負担したものでした。

そのことを含めた建物の価値により、平成24年(2012年) 7月9日付で国宝に指定されています。

埼玉県唯一の国宝です。

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貴惣門(きそうもん)は国の重要文化財に指定されています。

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説明はこちら。
塗装が施されていないのは元からで、
財政難から徳川幕府下で装飾仕上げの使用が制限されていたことによるもの。


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扁額には朱が見られますね。

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彩色できない分、彫刻はとても精緻で凝ったものとなっています。
道具が発達していたからという側面もあるらしい。

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ここには何が書かれていたのか大変気になります。

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色が無くても彫刻だけで華麗に見えるという不思議。

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境内図(クリックで拡大して見えるかは不明)

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こちらは中門。

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護摩堂手前にあるド派手な石柱は何なんだろう? と思っていましたが
写真に撮って見てみると「国宝」と書かれていることが判明。
分かり難いと思うのはワタクシだけだろうか?

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中門の先にあるのが仁王門。
明治27年再建、国登録有形文化財。

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変な塗装がされていなくて見易いです。

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拝殿兼本堂

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拝殿(本堂・本殿)。

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本殿に比べると彫刻の彩色の数は少ないです。

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しかしよく見ると使われている欅がかなり立派なものだと分かります。

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狛犬の阿形と吽形。

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毎度「すごいなぁ」と思う社務所と拝殿(本堂・本殿)を繋ぐ回廊。

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境内図にその名は記されていないのですが、立派な木造建築物です。

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池側から見た回廊。
こちらから見ると、お寺という感じがしますね。

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鐘楼。

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鐘楼の前に立つ夫婦の木。

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樹種が違うところも夫婦っぽい。

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以前見た時よりも注連縄が立派になっていました。

ここまでは無料で見学できるエリアです。

メインとなる建物の見学は有料ですので、続きは後編にて。






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【妻沼聖天山(めぬましょうでんざん)】

埼玉県熊谷市妻沼1627
山号:聖天山
公開日時 [平日] 10:00~15:00、[土日祝] 9:30~16:00
拝観料:700円
http://www.ksky.ne.jp/~shouden/

熊谷駅から朝日バス利用
【6番】太田駅・西小泉駅・妻沼聖天前線で「妻沼聖天前」停留所下車
乗車時間約30分 片道530円 Suica利用可


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静岡県三島市『三嶋大社』の御神水がいろんな意味で気になる。

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『三嶋大社』に水神社があると知り今回はこちらを目当てに参拝して参りました。

水神社の脇にある御神水は境内にある井戸から湧水を引いているそうで、

「生玉水(いくたまのみず)」という名前がついています。

富士山の伏流水で汲んだ湧水は持ち帰れるらしい。(要ボトル持参)

汲んだ水は煮沸せずともそのまま飲めるらしい。(飲料可)

という前情報を得て、水筒持参で向かいました。

ちなみに駅から神社正面迄のタクシー代は今回も750円でした。

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先ずはお参り。

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つづいて社務所がある方に向かいます。

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回廊の奥が今日の目的地。

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こちらが水神社です。

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柄杓と漏斗と濾し網が置いてあります。

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しかし水を汲む場所の状態がイマイチ。
水には黒い何かが浮かんでいます。
水流があまり無いので澱みが生じているのかも。

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折角なので今回は水晶を洗っておきました。

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いつものクスノキも見て。

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御朱印を頂く。
御朱印の初穂料:500円

期待しすぎたかな? というのが感想です。

夏場は水の流れが少ないのかもしれないので、

冬に再訪してその点を確かめようと考えています。

何はともあれ、割と頻繁に参拝している気がする三嶋大社。

今年中にもう一度参拝しそうな予感がしています。

水めぐりをするのも良いかも。

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三嶋大社宝物館にも入ってみました。
入館料は500円。
エレベーターがないのでご高齢者の方は要注意です。






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【三嶋大社】

静岡県三島市大宮町2-1-5
主祭神:大山祇命、積羽八重事代主神
創建:不詳
https://www.mishimataisha.or.jp/


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sava!プロフィール

sava

昭和生まれの大阪育ち・新宿区在住。食,日本酒,旅,文化財(建築物),読書等を好み、当ブログではそれらにオマケ情報も加味しています。それなりの年齢になり、老眼とか更年期とか諸々の不具合も出て参りました。そんな多様な話をチマチマと記す日々です。
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