sava!

興味あるものを 興味ある人に。

私は諦めを敵とする。 私の日々の努力は実にこの諦めと闘うことである。 (北条民雄)

蟇股

山形県山形市『専称寺』本堂にある左甚五郎作と言われる力士像。

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専称寺本堂の四隅に左甚五郎作と伝わる「夜泣き力士」像があると知り、ランチの後で立ち寄って参りました。

ここは最上義光の娘で、悲劇で知られる東国一の美少女「駒姫」の菩提寺です。

駒姫は、その類いまれな美しさから父母に溺愛されて育ったという。
時の関白・豊臣秀次は、東国一の美少女と名高かった駒姫の噂を聞き、側室に差し出すよう義光に迫った。義光は断ったが度重なる要求に折れ、15歳になったら娘を山形から京へと嫁がせると約束する羽目に陥る。

文禄4年(1595年)、駒姫は京に到着し、最上屋敷で長旅の疲れを癒していたところ、7月15日、秀次は豊臣秀吉の命により高野山で切腹させられた。
そして駒姫も8月2日に他の秀次の側室達と共に、三条河原に引き立てられ11番目に処刑された。
まだ実質的な側室になる前だったと言われている。

父の義光が必死で助命嘆願に廻り、各方面からも処刑せぬようにと声があがった。秀吉もついにこれを無視できなくなり「鎌倉で尼にするように」と早馬を処刑場に派遣した。
しかしあと一町の差で間に合わなかった。享年15。

遺体は遺族が引き渡しを願ったが許されず、その場で掘られた穴に投げ込まれ、さらにその上に「畜生塚」と刻まれた碑が置かれた。
娘の死を聞いた母の大崎夫人も、処刑の14日後の8月16日に亡くなった。娘の跡を追った可能性は高いとされている。

この悲劇がのちに義光が関ヶ原の戦いで東軍に属する伏線になったとする指摘もある。

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駒姫の墓とされているところ。ただし、墓石はかなり新しい。

駒姫の死の翌年、義光は高擶で布教中の真宗僧乗慶に帰依、専称寺を山形城下に移し、駒姫と大崎夫人の菩提寺とした。


本堂は元禄16年(1703年)の建立。

江戸時代中期の木造建築物としては東北第一とされています。

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駐車場側から見た本堂。

書院・庫裏・鐘楼は慶長年間(1596年~1615年)の建築。

梵鐘と鐘楼は山形県の指定文化財となっているそうですが、見学はしませんでした。

また、山門を入り右側にあるイチョウの巨樹は、別名「雪降り銀杏」と呼ばれ、根回りが7.5mあるのだとか。

山形市の天然記念物に指定されている立派なものですが、これまた写真は撮りませんでした。(檀家さんたちのお墓が写るため)

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懸魚や蟇股はかなり立派。

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本堂正面。
本堂は市の指定文化財です。


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本堂正面の木鼻には獏? 象? のかなり立派な彫刻があります。

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耳が垂れているから、象なんだろうなぁ。

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左甚五郎作だと言われている力士像。駐車場側。

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こちらは本堂向かって左側の力士像だったと思う。

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本堂向かって右側の力士像だったかな?

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見る向きを変えると様子も変わります。
これらの力士たちは毎夜夜泣きするという伝承があるそうな。
屋根が重くて辛いらしい。

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サクッと書かれた説明書き。

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実なのか枯れ葉なのか分かりませんが、興味深い樹木でした。

かなり立派なお寺で、檀家さんも多そうです。

それにしてもこの辺りでは墓石は黒御影石(←たぶん)が人気なのかな。

墓石の色が黒で統一(と言ってもいいほど)揃っているのが印象的でした。

本堂外周の彫刻がこれほど立派だということは、

堂内はさぞかし、と推察されます。

見学はできないんですけどね。



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【専称寺(せんしょうじ)】

山形県山形市緑町3丁目7-67
山号:最上山
宗旨:浄土真宗,宗派:真宗大谷派
本尊:阿弥陀如来
創建年:1483年(文明15年)
開基:願正坊(本願寺第8世蓮如の高弟)
正式名:最上山専称寺


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【GW】栃木県日光市『日光東照宮』で改元記念に御朱印を頂く。

日光東照宮

仕事関係の呑み友達と日光東照宮に御朱印を頂きに行ってきました。

連休前の呑みの席で「連休は何処に行くの?」と聞かれたので、

改元の日に御朱印を頂きに行くつもりであることを伝えたら、

貰う場所はどこかと問われ、「ウチの近所か、日光かなぁ」と答えたら、

日光には子供の頃にしか行ったことが無いので同行したいとのことでした。

で、朝から特急でバビュッと日光へ。

割と早い時間に着いたのですが、日光駅前は既に大渋滞で、

バスは利用は最低50分掛かると教えられたため、徒歩で向かいました。

たぶん2kmぐらいかな。

途中、観光案内所で誰も居ないお手洗いを借りたりもして。

(駅のトイレは大行列なので観光案内所がこの日は穴場でした)

再び歩いて日光山の麓に辿り着きましたが、

確かに徒歩の方が到着は断然早かったです。

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階段ルートは混むので、空いている坂道ルートを選択。

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階段と坂道だと、断然後者の方がラクだと思います。
めっちゃ空いているし。


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途中で滝を見つつ小休止。

日光東照宮
参道に到着しました。
輪王寺の御朱印を頂くところは空いていましたが、
一分一秒遅れれば遅れるほど混むであろう東照宮に向かいます。


日光東照宮
どこも大行列ができています。
チケット売り場も言わずもがな。
門をくぐるのも時間が掛かりました。


日光東照宮
建造物を愛でる時間もない。

20190501
いの一番に御朱印帳を預けて・・・と簡単に考えていたら、
受け付けだけでも3時間半待ち。
受け取りにはもっと時間が掛かるそうな。


日光東照宮
待っている間にさんざん悩み、同行者も居るため
御朱印帳に直接書いて頂くのは諦めました。
書くのはお二人だけなので、こりゃ混むはずだわと思った次第です。


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待っている間に鳥の囀りを聞いたりもして。

日光東照宮
大きめの玉砂利がワタクシの体幹を鍛えてくれます。

日光東照宮
御朱印を頂いてから同行者の希望により見学もすることになりました。
毎度写真で撮るとボケるというジンクスがある眠り猫。


日光東照宮
やっぱりボケてました。

日光東照宮
眠り猫の裏側の雀も撮っておく。
混んでいるので一瞬しか撮る暇がありません。


日光東照宮
普段は空いている奥社参道も・・・

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初詣かってほどの大混雑・大行列。前になかなか進みません。

日光東照宮
奥社に辿り着きました。

日光東照宮
ここでも御朱印がいただけます。
書き置きなので空いていました。


日光東照宮
とりあえず自然にできている順路と行列に従って回ります。

日光東照宮
ワタクシは数回目なので、ただただ周囲を回ります。

日光東照宮
でも叶杉には手を合わせておく。

日光東照宮
奥社の階段から見た建物群。

日光東照宮
拝殿にも並んで入りました。(同行者の希望により)

日光東照宮
空いているところは何処にもない東照宮境内。
外国人観光客もタイミングが良かったのか悪かったのか。


日光東照宮
同行者が龍の絵を見たいとのことで、ここでも並びます。

日光東照宮
最後は並ばずに見られる、三猿を激写。

日光東照宮
日光東照宮
日光東照宮
塗装についてのコメントは差し控えたいと思います。

日光東照宮
でも見慣れると「こんなものかな」という気もする不思議。

日光東照宮
往路とは違うルートで神橋に戻ります。

日光東照宮
保護云々以前に、ここを下るのはリスキー。

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今回頂いた書き置きにはシールが付いていました。
っていつも付いていたのかな?

並んで待つという修行を日光山にしに行ったような一日でした。

ワタクシ一人だったら色々すっ飛ばしたと思います。

当初、二荒山神社にも行こうと思っていたのですが、

タイムアップでした。

日本全国の寺社仏閣が御朱印目当ての人々で混んだらしいので、

他の観光地は逆に空いていてねらい目だったのでは? と思えました。

実際はどうだったか知りませんけれど。

ちなみにこの後、ランチを狙っていたお店は臨時休業でした。

みはし
無念なり。以前の記事はコチラ


【2016年】
栃木県日光市『日光東照宮』に行ってきた。【その壱】
栃木県日光市『日光東照宮』に行ってきた。【その弐】
栃木県日光市『日光東照宮』に行ってきた。【その參】

日光東照宮
【日光東照宮(にっこうとうしょうぐう)】

栃木県日光市山内2301
営業時間[4月~10月] 8:00~17:00,[11月~3月] 8:00~16:00
(各期間とも受付は閉門30分前に終了)
拝観料:[大人・高校生]1300円 [小・中学生]450円
※チケット購入にはSuicaが使えます(自動券売機にて)


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【台湾】台北市中山区『林安泰古厝』は四合院建築の移築保存されている古蹟です。【写真多用】

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MRTで言えば圓山駅が最寄り駅となり、台北市立公園付近にある『林安泰古厝』は、1783年に竣工した中国閩南(福建省南部)式の建築物です。

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元はこのような外観だったようです。

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中国福建省安溪から移り住み、迪化街エリアで「栄泰」という号で商売を営み財を成した林家の邸宅でした。
邸宅は四維路にありましたが、道路拡張工事のため取り壊しが決定。
しかし1970年の郷土運動の発生や、取り壊し反対運動などを経て、古跡として保存することが決定し、1987年に現在地で縮小復元されました。

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瓦は老朽化していて破損していたため新しく交換したものの、それ以外の殆どは既存の資材が使用されています。現在は民俗文物館として無料で見学できるようになっています。

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これで建物の規模は元の1/3なんだそうです。
どんだけ大きな敷地だったんだ。


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四合院は奥にあります。

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朝から園内を清掃する人々が仕事をし続けていました。
維持が大変そうですね。

台北の古蹟を調べると、「林」という名が大変多いなと感じます。
台湾の姓トップ10は、

1.陳、2.林、3.黄、4.張、5.李、6.王、7.呉、8.劉、9.蔡、10.楊

だそうで、1位の「陳」は全体の約11%を占め、2位の「林」は約8%を占めており、上位2つの姓で台湾の姓全体の1/5を占めているそうです。

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建物内には、系図が貼ってある部屋がありました。

台湾での「林」家といえば、彰化銀行を経営している霧峰家(むほうりんけ)と、板橋家(林本源)。
台湾五大財閥のうちの2家です。
五大財閥の残る3家は、基隆家、鹿港家、高雄家。
蛇足ですが、歌手・一青窈さんの一族は、九份の鉱山財閥である基隆家になるそうです。
ゆえに父方の台湾姓だと「顔 窈(イエン ヤオ)」さんとなるそうな。

話は逸れましたが、この五大財閥の「林」両家とは無関係っぽい『林安泰古厝』。
台北に残る建物の中では最も保存状態のよい四合院と言われています。

四合院(シーファイン/スーホウユェン)とは、中庭を囲むように“回”の形に棟が建てられた一階建ての住居でして、使用人も含めた一家族で住むものでした。(近代中国では昔建てられた四合院に複数世帯が住んでいるようですけれど)

ちなみに、四がある以前に、3つの形態の住まい様式があります。

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一條龍(イーティァォロン):横一列に並んだ住居形態
單伸手(ダンシェンショウ):母屋の左側に建物がある住居形態
三合院(サンホウユェン):母屋の垂直方向の両側に建物がある住居形態
四合院:三合院の前にもう一つ建物を立てて“回”の字にした住居形態。お金持ちの家です。

もっとお金持ちになると多護龍合院(ドウフーロンホウユェン)という形態になり、中央の四合院から周囲に建て増しして小さな町のようになった集合的住居形態になります。中央に行くほど一族の中で位が高い人の住まいになるらしい。

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[正廳]

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向かって右側には林先平氏の額が。
この建物を建てた林志能の長男だとか。


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左側には妻の葉氏月の額が掛かっていました。

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門の脇に掲げられた額に説明があるのですが・・・


建物の真正面にあるのが「正廳」。意味はメインホール(またはリビングか?)で、歴代先祖の位牌や神様が正面に祀られます。「廳」という字は「庁」のことですので、日本語に音読みすれば「せいちょう」。
建物の中で最も良い部屋で、ここで賓客も迎えます。

ちなみに台湾には 「壽終正寝」という言葉があり、(自宅の)正廳で死ぬことが幸せだという意味だそうです。一族に見守られつつ最も良い部屋で最期を迎えるのが幸せとは、日本で言うところの「畳の上で死にたい」ってのと感覚は同じなんでしょうかね。

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正面は煉瓦、側面は左官仕上げの外壁なんですね。

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日本では鬼瓦が乗る屋根のこの部位は馬背と言うんですね。

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馬背は高いところに上らないと見えませんでした。

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屋根の飾りも華やか。

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獅子だと思われるもの。首がもげているけど。

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屋根の葺き方も面白いですね。

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正廳の周囲はやはり豪華な彫刻が施されています。

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現在はこんな感じ。

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以前はこのような外観だったようです。洗濯物がリアル。

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現在の室内はこんなにポップに飾られています。うーむ。

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様々な意味がある彫刻の数々。

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見どころがいっぱいでどこを撮っていいのか迷います。

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蟇股もかなり豪華。

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石に加工された絵も見どころです。

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扉の組子も様々にあります。

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室内に灯りが灯ると印象が変わるでしょうね。


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各部屋には豪華な寝台が置いてあります。
部屋全体を占めているほどの大きさです。


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最も豪華だと思ったのがこちらの寝台。
螺鈿細工が施されています。


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室内の簡易トイレも塗りで豪華。

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台所の横にある部屋は使用人のダイニングなのかしら?

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壁に貼ってある管理用の図を見るとダイニングで正解みたい。
ただし、誰が使うものなのかは分からずじまいでした。


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真新しい壁。
移築前の壁はどんな色だったんだろう?と気になりました。


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こういう建物を観ると、紫禁城を観てみたくなります。

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中庭などに置いてある瓶は防火用でしょうか。

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この幅だと大きな寝台などをどうやって入れたんだろう?
と疑問が湧きますね。


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お高そうな家具も展示してあります。

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日本語での説明書きはここでしか見なかった気がします。

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同様に、書も。
造詣が浅いので書については語れないワタクシです。

建物好きな方なら楽しめる場所だと思います。興味のない方はここでぼーっとしているのも良いかも。
それすら興味のない人が多いのが、邸内はガラ空きでした。
無料なのに勿体ない。

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雨前樓と隨月閣

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醉茶居からつながる橋。

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池には蓮の花が咲いていました。

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[雨前樓]

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雨前樓にあった給水器。
園内飲食禁止とあるのに、大丈夫なんだろうか?


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[玉帶橋]

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[邀月亭]

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庭に設置されていた謎のモニュメント。

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どうやらマスコットキャラクターのようですね。

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建物に全く興味のない甥っ子はスタンプラリーをやっておりました。
※日本語の案内パンフレットが置いてあります



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【林安泰古厝
(リンアンタイクーツォ)民俗文物館(ミンスーウェンウーグアン)
Lin An Tai Historical House

No. 5, Binjiang Street, Zhongshan District, Taipei City
台北市中山區濱江街5號
開館時間 9:00~17:00
休館日:月曜、春節(旧正月)、清明節、端午節、中秋節
入館料:無料
http://linantai.taipei/


【公共交通機関利用でのアクセス方法】
※2018.7月末に調べた情報ですので行かれる際は再度ご確認ください
  • MRT淡水信義線「圓山(ユェンサン)駅」1番出口から徒歩15分←炎天下は辛いかも

  • 紅34(休日のみ運行・Dajia Riverside Park行き) バス路線図【1】バス路線図【2】
    MRT圓山駅→花博公園→大同大学→新生民族路口→林安泰古厝→九號水門→大佳河濱公園
     ※圓山駅のバス乗り場はMRT圓山駅1番出口を出て線型公園方向に進んだ道路沿いにあります
    10:00,12:00,14:00,16:00,18:00 (2時間間隔で運行)

  • 市民小巴9 で「新生公園(林安泰)」から「台北駅」 バス路線図【1】バス路線図【2】
    大佳河濱公園→八號水門→新生公園(林安泰)→新生公園→吉林路底→新福里→新壽公園→錦州街口→民生東路口→台北銀行→吉林國小→長安國小(吉林)→正守公園→長安林森路口→華山公園→市民林森路口→臺北車站(鄭州)

  • 平日は、バス222番「新生公園/シンセンゴンユェン(林安泰古厝)」下車が近いです
    → 222番がMRTの駅で通るのは忠孝新生駅、松江南京駅、行天宮駅など


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兵庫県神戸市『太山寺(たいさんじ)』の本堂は神戸市唯一の国宝建築物です。【その弐】

太山寺
[太山寺 本堂(国宝)]


その壱】のつづき。

太山寺(たいさんじ)は「播州太山寺縁起」によると、

716年(霊亀2年)に藤原鎌足の孫である藤原宇合(うまかい)の発願・建立で

藤原鎌足の長男、定恵(じょうえ)が開山したと伝えられています。

(藤原鎌足の次男は藤原不比等)

定恵は若くして出家し、遣唐使とともに唐に渡ったそうです。

ちなみに創建時の建物は1285年(弘安8年)の火災で焼失しています。


太山寺
本堂から中門を見下ろす。

太山寺 阿弥陀堂
[阿弥陀堂]
1688年(貞享5年)再建。
重要文化財の阿弥陀如来坐像(鎌倉時代)が安置されています。


太山寺 阿弥陀堂
同じく阿弥陀堂。
渡廊下の先が途切れています。
元は修行堂だったそうです。


太山寺 阿弥陀堂
阿弥陀堂正面。
柵から堂内を覗くと、金色に浮かぶ阿弥陀如来坐像が目に入ります。
素晴らしいです。


太山寺 阿弥陀堂
こちらの阿弥陀如来坐像(重要文化財)は、
平等院鳳凰堂にある阿弥陀如来坐像と
近しい大きさ(約2.74m)なのだとか。


太山寺 阿弥陀堂
割とシンプルな手挟み(たばさみ)。

太山寺 阿弥陀堂
お堂の脇で桜が満開になっていました。

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今が見ごろですね。


羅漢堂
[羅漢堂]
江戸時代後期の建築。
四天王像および十六羅漢尊像が安置されていますが、
見学は出来ません。


羅漢堂
唐破風の下の蟇股。

太山寺
立派な唐破風、花頭窓の付いた分かりやすい仏教建築。

太山寺
奥にも建物があります。

羅漢堂 釈迦堂
羅漢堂の奥には釈迦堂があります。
この「本殿」「拝殿」のような造りが気になって仕方が無い。
神仏混淆(しんぶつこんこう)の名残りなんでしょうか?


釈迦堂
[釈迦堂]
江戸時代後期の建築。
釈迦三尊像が安置されていますが、見学は出来ません。


釈迦堂
肉眼では見えませんでしたが、これはどうやら龍の彫刻みたいですね。

釈迦堂
口を開けた龍・・・ってことでいいかな?

釈迦堂
こちらは鳳凰。

釈迦堂
木鼻には獅子と獏?

釈迦堂
焔があるから獏だと思う。

釈迦堂
こちらは耳が大きいから象でしょうね。

釈迦堂
こちらも象。

釈迦堂
これは唐獅子。

釈迦堂
以上の木鼻が見られる釈迦堂。

釈迦堂
釈迦堂の不思議な形状の新しい屋根瓦。

鐘楼
[鐘楼]
鐘は自由につける・・・らしいです。
真偽のほどは定かではありません。


護摩堂
[護摩堂]
江戸時代中期の建築(宝形造り)。
大黒天像、不動明王像、毘沙門天像が安置されていますが、
見学は出来ません。


太子堂
神社の名残である鳥居が残っています。

太子堂
[観音堂(太子堂)]
元来鎮守三社権現として平安後期以前に創建されたらしいです。
現在ある建物は江戸中期のものと想定されています。
明治期の神仏分離で聖徳太子を祀る太子堂となりました。


太子堂
蟇股の彫刻もそれぞれ興味深いのですが、
破損しているものも多々あります。


太子堂
建物裏側の蟇股。
鳳凰らしき彫刻の首が破損しています。


太山寺
観音堂が神社だった頃には御神木だったんじゃないか
と思える巨樹が隣にありました。


太山寺
観音堂下の池。
カエルの鳴き声と、池に飛び込む水音がします。


太山寺
カエルは見あたりませんでしたが、
まるまるとしたオタマジャクシが沢山泳いでいました。


三重塔
[三重塔]
県指定有形文化財。
1688年(貞享5年)の江戸時代前期の建築。
大日如来像と四天王像が安置されているそうですが、
内部は見学できません。


三重塔
各層四隅の尾垂木に邪鬼が置いてあるようです。

太山寺
案内板が風化でよく見えなくなっていました。

太山寺
奥の院への道標。
「太山寺風致地区」として周辺55.9haの自然が保護されています。
原生林は県指定文化財。


太山寺
太山寺川上流東岸の花崗岩岩肌に
等身大の磨崖仏(磨崖不動明王・市指定文化財)が刻まれているそうです。
(我々は観に行っていません)


太山寺
[閼伽井(あかい)橋]
橋を渡ると稲荷舎・地蔵堂があります。


太山寺
岩が並ぶ川に、勾玉のような形の巨石がありました。

太山寺
[息游軒遺跡]
明治維新の理論的基盤を構築した陽明学者「熊沢蕃山」の閉居跡。
ここ太山寺に幽閉されていたそうです。


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梅も桜も咲いていますが、椿も咲いていました。


こうして様々な神社仏閣を見て歩くと、

神仏混淆(しんぶつこんこう)と、明治の神仏分離について調べたくなりますね。

廃仏毀釈で破壊されたものはどれだけあったんだろう。

と思うと、明治新政府の理想とやらが気になって参りました。

次の旅からは、それらを含めて見て回りたいと思います。

それはそうと、『太山寺(たいさんじ)』は大変良いところでオススメです。


太山寺
拝観受付で頂いた御朱印。



太山寺
【太山寺(たいさんじ)】

兵庫県神戸市西区伊川谷町前開224
宗派:天台宗
本尊:薬師如来、十一面観音
創建年:霊亀2年(716年)
開基:藤原宇合
新西国三十三箇所 25番,神戸十三仏霊場 4番,神戸六地蔵 1番,
播州薬師霊場 1番, 明石西国観音霊場 26番,明石西国観音霊場 23番(龍象院)


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群馬県高崎市『榛名神社』の神楽殿と神水開運おみくじと御朱印。

榛名神社
[神楽殿]
国指定重要文化財
明和元年(1764年)の再建。


榛名神社
唐破風の下には立派な彫刻が見られます。

榛名神社
力士が梁を支えていますね。

榛名神社
格天井には、色褪せて居るものの花鳥図らしき絵が描かれています。




2023年度から2025年度までに修復工事が行われる予定の神楽殿。



工事完了後は、格天井の絵も鮮やかによみがえるものと期待できます。



それはそうと、ここまで資材を運び上げるのは大変でしょうね。



どうやってやるのか見てみたい気がします。



また是非、再訪しようと思っている理由でもあります。



さて、参拝後に是非やっておきたいのが、神水開運おみくじ。



当たると噂のある御御籤です。



その御御籤は、神楽殿の下に置いてあります。



榛名神社
神楽殿の下に並ぶ御御籤。

榛名神社
いろいろありますが、有名なのは左端の神水開運おみくじ。

榛名神社
普段、御御籤はやらない派のワタクシですが、
噂が本当なのか気になるので
200円を投入して、一枚取り出しました。


榛名神社
来た道を戻ります。
帰りも左側通行で。


榛名神社
下に行くほど、人が増えてきました。

榛名神社
目印は売店です。
この向かいに目的地があります。


榛名神社
ご神水が流れる場所。
ここで先の御御籤を取り出します。


榛名神社
御御籤は木などに結ぶのではなく、回収する燈籠があるようです。
ワタクシは、これに気付きませんでした。


榛名神社
何も書かれていない御御籤をご神水に浸すと・・・

榛名神社
文字が浮き出てきました。

榛名神社
職業欄は確かに合ってる(笑)。




春の旅行&森林浴旅が良いなんて、



この榛名神社参拝旅が合致するじゃないですか。



今回の旅は良い旅だってことですね。



確かに、この神水開運おみくじは楽しいかもしれません。



榛名神社
さて、参拝後に御朱印を頂きます。
御朱印を頂く場所は神楽殿の脇にあります。


榛名神社
早い時間だったので、直ぐに頂くことができました。




森林浴をしながらぶらぶら歩いていたので、全く疲れませんでした。



榛名山登山とまではいきませんが、ちょっとしたハイキングをしたような気分を味わえました。



雨だったので、花粉症の被害にも逢わなかったし。



でも、願わくば、次回は快晴の日に再訪したいです。



雨は苔が綺麗に見えるので良かったのですが、



建物や岩を見るには快晴が良いです。



レンズに掛かる水滴を都度拭くのが面倒でした。



梅雨前に再訪できると良いなぁ~



榛名神社


榛名神社
【榛名神社
(はるなじんじゃ)】
群馬県高崎市榛名山町849
主祭神:火産霊神(火の神)、埴山姫神(土の神)
創建:(伝)用明天皇元年(586年)
http://www.haruna.or.jp/



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山形県南陽市『熊野大社』の拝殿の彫刻が豪華。

熊野大社
1200年もの東北随一の歴史がある熊野大社は
日本三熊野の一つとされています。




山形県南陽市にある熊野大社は、



本殿の彫刻に隠されている3羽の兎を見つけると



願いが叶うとか、幸せになれるなどされることで有名な神社です。



伊弉諾尊(いざなぎのみこと)と伊弉冉尊(いざなみのみこと)を祀っていることから、



縁結びのご利益があるとも言われています。



ゆえに、境内は若い男女がともに参拝している姿に溢れています。



と言えども、今はオフシーズンゆえ、その姿すらまばらだったんですけどね。




熊野大社
階段を上りきったところに鎮座する狛犬。
顔が削れてしまっています。


熊野大社
背中側から見るとこんな感じ。
手も風化しちゃってますね。


熊野大社
向かって左側の狛犬。
こちらの顔は普通に残っています。


熊野大社
背中から見た姿。
手元もしっかり残っています。


熊野大社
[拝殿]
天明7年(1787年)の建築。山形県重要文化財


熊野大社
[扁額]
書は、賀陽宮恒憲王によるもの?


熊野大社
見事な鳳凰と龍の彫刻。

熊野大社
向かって右側の木鼻にある獅子の彫刻と蟇股の龍。

熊野大社
中央の木鼻にある獅子。

熊野大社
向かって左側の木鼻にある獅子の彫刻。

熊野大社
別の角度から見た木鼻の獅子。

熊野大社
向かって左側の蟇股の龍。

熊野大社
屋根の鬼瓦は銅板製ですね。

熊野大社
茅葺の形が優美で、かなりいい雰囲気です。




それはそうと、なにゆえ神社にはスギの木が多いのか?



疑問に思って調べてみたら、



神様は高天原(たかまがはら・天上)から地上へ光臨する際、



杉の木を伝うのだと考えられているんだそうです。



この神社でも祀られていますが、



素戔嗚尊(スサノオノミコト)が自分の体毛を抜いて植えたものが、



杉の木になったのだと神話では語られているそうです。



そんな神様の体毛である杉にアレルギー反応を示すワタクシって・・・



三羽の兎の話に、つづく。




熊野大社
【熊野大社】

山形県南陽市宮内3476-1
主祭神:伊弉冉命(イザナミ)
日本三熊野の一つ



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山梨県富士吉田市『北口本宮冨士浅間神社』の国の重要文化財に指定されている東西宮本殿。

北口本宮冨士浅間神社




北口本宮冨士浅間神社は、富士山の北東「陰」の場所にあり、



その対の「陽」の場所にあるのが



静岡県富士宮市の富士山本宮浅間大社(総本社)だそうです。



二つの神社は富士山の南西に位置し、陰陽の対になっています。



同じ「富士山」を表す漢字でも、静岡側と山梨側では異なっており、



北口本宮冨士浅間神社では「冨」の字が用いられています。



ウ冠ではなくワ冠を用いている理由は、



漢字を山に見立て、



点の示す山域は神の土地であるため人は立てないことを表している



・・・とかナントカ。



ちなみに富士山本宮浅間大社よりも北口本宮冨士浅間神社の方が



国指定重要文化財の数は多いです。



その北口本宮冨士浅間神社の重要文化財が、同じく重文の本殿両脇にある



東宮と西宮の両本殿です。



北口本宮冨士浅間神社
[東宮本殿]
貞応2年(1223年)北条義時創建、永禄4年(1561年)武田信玄造営
国指定重要文化財


北口本宮冨士浅間神社
拝殿に向かって左手側にある宮です。

北口本宮冨士浅間神社
対になる場所にある西宮本殿よりも古いそうです。

北口本宮冨士浅間神社
祭神の読み方が難しすぎる。
参照


北口本宮冨士浅間神社
西宮よりも華美な懸魚(げぎょ)。

北口本宮冨士浅間神社
木鼻の彫刻は唐獅子と象になっています。

北口本宮冨士浅間神社
蟇股(かえるまた)は何かの紋なのかな?




東宮本殿より300年以上後に造られたのが西宮本殿。



こちらも重要文化財に指定されています。



北口本宮冨士浅間神社
[西宮本殿]
文禄3年(1594年)浅野左衛門佐建立
国指定重要文化財


北口本宮冨士浅間神社

北口本宮冨士浅間神社

北口本宮冨士浅間神社
朝晩は冷えるようで氷が張っていました。

北口本宮冨士浅間神社
神拝詞は「しんぱいし」とは読まず「となえことば」などと読むそうな。

北口本宮冨士浅間神社
破風の部分にある卍は、改修した村上講社の講印なのだそうです。

北口本宮冨士浅間神社
蟇股(かえるまた)の彫刻は色合いからして唐獅子だろうか?




次回はこのチョット先にまで足を延ばしてみたいです。



富士山麓を歩く吉田口登山道ハイキング
初心者のための富士山登山 2017



登山をするつもりはまったく無く、



ちょっと先まで行ってみたいだけ。




北口本宮冨士浅間神社
拝殿に向かって右側にある西宮本殿脇に
富士山登山道吉田口があります。


北口本宮冨士浅間神社
この鳥居が入り口です。




いつか実践してみたいものです。




北口本宮冨士浅間神社
【北口本宮冨士浅間神社(きたぐちほんぐうふじせんげんじんじゃ)】

山梨県富士吉田市上吉田5558
主祭神:木花開耶姫命、彦火瓊瓊杵命(夫)、大山祇神(父)
※当初は諏訪神社であったと考えられている
諏訪神社の主祭神は、建御名方神と八坂刀売神(妻)



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山梨県富士吉田市『北口本宮冨士浅間神社』の神楽殿にある十二支がイイ。

北口本宮冨士浅間神社
[神楽殿]
富士吉田市指定文化財
指定年月日:平成26年2月17日




本殿・拝殿から大鳥居に向かって真っすぐに伸びる参道上にあるのが



朱と黒に彩られた神楽殿です。



本殿に向かって神楽を奉納する場所で、



徳川吉宗の時代の元文元年(1736年)、



村上光清を中心とした富士により境内建物大修理の一環で建立されました。



北口本宮冨士浅間神社
蟇股(かえるまた)の部分に十二支があしらわれています。

北口本宮冨士浅間神社
[子]

北口本宮冨士浅間神社
[丑]

北口本宮冨士浅間神社
[寅]

北口本宮冨士浅間神社
[卯]
えらく渋いウサギですな。


北口本宮冨士浅間神社
[辰]

北口本宮冨士浅間神社
[巳]

北口本宮冨士浅間神社
[午]

北口本宮冨士浅間神社
[未]
って、ひつじ?


北口本宮冨士浅間神社
[申]

北口本宮冨士浅間神社
[酉]

北口本宮冨士浅間神社
[戌]

北口本宮冨士浅間神社
[亥]
イヌと構図がほぼ同じという“ネタが尽きた感”がなんとも・・・




この神楽殿を見るだけでも滞在時間が削られました。



次は拝殿をガン見したいと思います。




北口本宮冨士浅間神社
【北口本宮冨士浅間神社(きたぐちほんぐうふじせんげんじんじゃ)】

山梨県富士吉田市上吉田5558
主祭神:木花開耶姫命、彦火瓊瓊杵命(夫)、大山祇神(父)
※当初は諏訪神社であったと考えられている
諏訪神社の主祭神は、建御名方神と八坂刀売神(妻)



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山梨県富士吉田市『北口本宮冨士浅間神社』の参道から随神門まで。

北口本宮冨士浅間神社




北口本宮冨士浅間神社は、富士吉田市にある浅間神社の一社。



祭祀対象を富士山とする神社です。



由緒は古く、景行天皇40年(110年)に日本武尊が東征した折、



大塚丘に立ち寄り、そこから富士仰ぎ見て



「富士の神山は北方より登拝せよ」との勅をしたため、



その言葉に従って大塚丘に浅間大神と日本武尊を祀ったのが始まりだそうです。



後に富士山の噴火により、大塚丘の北方に社殿を建立。



これが現在社殿のある地になっています。



北口本宮冨士浅間神社
大鳥居まで続く参道の両脇は樹齢百年以上の杉で覆われています。

北口本宮冨士浅間神社
角行が荒行したと伝えられる立行石(たちぎょういし)。
江戸時代に大流行した富士講の開祖・角行(かくぎょう)が、
真冬に酷寒のなか裸身でここに爪立ちし、
富士山を遥拝しながら30日の荒行をしたんだとか。


北口本宮冨士浅間神社
神仏習合の時代には、この手前に仁王門があったそうです。
今は基礎石のみが残っています。


北口本宮冨士浅間神社
山門前には石橋が掛かっており、
清水が流れています。


北口本宮冨士浅間神社
北口本宮冨士浅間神社
阿形の狛犬。

北口本宮冨士浅間神社
北口本宮冨士浅間神社
吽形の狛犬。
かなり高い位置から見下ろしています。


北口本宮冨士浅間神社
大鳥居の先に随神門があります。

北口本宮冨士浅間神社
[随神門]
富士吉田市指定有形文化財
指定年月日:平成26年2月17日


北口本宮冨士浅間神社
ところどころに雪が残っています。
この辺りはまだ朝晩は寒いんでしょうねぇ。


北口本宮冨士浅間神社
元文元年(1736年)建立。

北口本宮冨士浅間神社
向かって右側の門守神(かどもりのかみ)。

北口本宮冨士浅間神社
向かって右側の門守神(かどもりのかみ)。

北口本宮冨士浅間神社
蟇股(かえるまた)には、なんとも可愛らしい彫刻が施されています。
左側の生き物は何なんだろう?


北口本宮冨士浅間神社
もしかして、七福神の弁財天?

北口本宮冨士浅間神社
だとすると、これは毘沙門天か?

北口本宮冨士浅間神社
これは大国天かな?

北口本宮冨士浅間神社
獏が彫られた木鼻。

北口本宮冨士浅間神社
向かって左側にもあります。

北口本宮冨士浅間神社
奥には獅子の木鼻も。

北口本宮冨士浅間神社
拝殿側から見た随神門。

北口本宮冨士浅間神社
こちらの木鼻には牙があります。
そして、蟇股(かえるまた)はやはり七福神だったようです。
手前に福禄寿が見えますもんね。


北口本宮冨士浅間神社
手水舎側から見た随神門。




門に千社札が貼られまくっているのは、昭和時代までの名残なのかしら。



【千社札】
題名を記した札(題名札)が貼られている間は、参籠(さんろう:宿泊参拝)と同じ功徳があるという民間信仰での風習から、日帰り参拝者が参籠の代わりに自分の札を貼った事が始まり。
神社仏閣の許可をもらって御朱印を頂いた上で千社札を張るのが本来の慣わしである。
神社仏閣に無断で貼ったり、剥しにくいシールを貼ったりするのは、不道徳である。




あの位置に貼る作業だけでも大変そうで、貼る側の気合を感じますなぁ。



今だと器物損壊行為になるのかな?





北口本宮冨士浅間神社
【北口本宮冨士浅間神社(きたぐちほんぐうふじせんげんじんじゃ)】

山梨県富士吉田市上吉田5558
主祭神:木花開耶姫命、彦火瓊瓊杵命(夫)、大山祇神(父)
※当初は諏訪神社であったと考えられている
諏訪神社の主祭神は、建御名方神と八坂刀売神(妻)



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宮城県仙台市『大崎八幡宮』の社殿は国宝に指定されています。【後編】

大崎八幡宮

桃山建築の傑作とされ、国宝に指定されている大崎八幡宮の社殿。

遠目からではその絢爛さは分かりにくいのですが、

向拝の前に立って見上げると、その色彩に圧倒されます。

大崎八幡宮
黒い部分は漆塗りらしいです。

大崎八幡宮
立体的な彫刻の飾り。
白い部分をが浮き上がるような彩色が面白いですね。


大崎八幡宮
拝殿の軒も豪華です。

大崎八幡宮

大崎八幡宮
龍と虎の彫刻。

大崎八幡宮
金のトラが居たり・・・

大崎八幡宮
ホワイトタイガーが居たり・・・

大崎八幡宮
牡丹を食んでいるような唐獅子が居たり・・・

大崎八幡宮
吽形の青い唐獅子が居たり・・・

大崎八幡宮
ちょっとよく分からないポーズの麒麟が居たり・・・

大崎八幡宮
分かり易い金の麒麟が居たり。

大崎八幡宮
とにかく豪華な造形が見られます。

大崎八幡宮
向かって左側から見た奥の本殿。

大崎八幡宮
本殿の蟇股(かえるまた)の彫刻までは見られませんでした。

大崎八幡宮
長床に展示してある達磨。
「松川だるま」というそうです。


大崎八幡宮
海を表す青いボディが特徴的。
っつーか、ふさふさの眉毛にときめきました。


大崎八幡宮
ちょっと欲しくなりましたが、持ち帰りが・・・

大崎八幡宮
既に目が入っているのも特徴なんだそうです。


大崎八幡宮
だるま、欲しいなぁ・・・

大崎八幡宮
さて、御朱印を頂きたいと思います。

大崎八幡宮
こちらが御朱印。

大崎八幡宮
そういえば、「柿」と「杮」って紛らわしいですよね。
書き順が解説してあるものがありました。


大崎八幡宮
金魚じゃなくて、鉄魚ってのが居るんですね。

大崎八幡宮
琉金みたいな見た目ですね。

大崎八幡宮
御神木の周囲を囲む絵馬とおみくじ。

大崎八幡宮
長床から鳥居の方向を見下ろしてみる。

大崎八幡宮
[神馬舎(しんめしゃ)]
国指定登録有形文化財。


大崎八幡宮


そもそも大崎八幡宮は、厄除け、除災招福、必勝、安産のご利益があるそうです。

見ることは叶いませんが、石の間には、

左甚五郎作と伝わる花鳥動植物や説話風の人物などの彫刻があるそうです。

左甚五郎って、仙台まで来ていたんですね。

それが驚き。

ちなみに、


日光東照宮の眠り猫をはじめ、甚五郎作といわれる彫り物は全国各地に100ヶ所近くある。
しかし、その製作年間は安土桃山時代から江戸時代後期まで300年にも及び、出身地もさまざまであるので、左甚五郎とは、一人ではなく各地で腕をふるった工匠たちの代名詞としても使われたようである。



という話もあるので、

どの地にあってもおかしくないのかもしれませんが。

何はともあれ、国宝とされる建物を見ることができ、満足致しました。

パワースポットかどうかは、ワタクシにはさっぱり分かりませんでした。



大崎八幡宮
【大崎八幡宮】
宮城県仙台市青葉区八幡4-6-1
主祭神:応神天皇、仲哀天皇、神功皇后
創建:不明


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宮城県塩竈市『鹽竈神社』は別宮→左宮→右宮の順で御参りするのが正しいらしい。

鹽竈神社


鹽竈神社に祀られているのは鹽土老翁神(しおつちおぢのかみ)。

この地で人々に塩づくりを教えたとされる神様です。

鹽竈神社の境内には右宮・左宮・別宮という3つの社殿があり、

鹽土老翁神(しおつちおぢのかみ)は別宮に祀られています。

これは参拝する人々が、宮に向ってお祈りする際、

海の方角を向いて手を合わすよう設計されたためだそうです。

また、右宮には武甕槌神(たけみかづちのかみ)が、

左宮には経津主神(ふつぬしのかみ)が祀られています。

鹽竈神社
国の重要文化財に指定されている「門及び廻廊」は現在修復中でした。

鹽竈神社
手水舎には笹があしらわれていました。

鹽竈神社
花崗岩の「長命燈籠」。

鹽竈神社
[左右宮拝殿]
左宮:武甕槌神
右宮:経津主神

国指定重要文化財


鹽竈神社
それにしても今年参拝した神社は
武甕槌神と経津主神が祭神のところが多いなぁ。


鹽竈神社
向かって右側の木鼻は、青の唐獅子。

鹽竈神社
向かって左側の木鼻は、緑の唐獅子。

鹽竈神社
[左宮本殿]
国指定重要文化財

鹽竈神社
蟇股(かえるまた)部分の青い唐獅子。

鹽竈神社
[別宮拝殿]
主祭神:塩土老翁神


国指定重要文化財

鹽竈神社
「手挟み」の花の彫刻も見事です。

鹽竈神社
向かって左側の木鼻は、玉を持つ龍。

鹽竈神社
拝殿奥の左の木鼻。

鹽竈神社
向かって右側の木鼻は、玉を持たない龍。

鹽竈神社
蟇股(かえるまた)の鳥は・・・うぐいす?

鹽竈神社
蟇股(かえるまた)の鶴。

鹽竈神社
蟇股(かえるまた)の亀。

鹽竈神社
別宮で気になったのは向かって右側にある台。

鹽竈神社
[献魚台]
漁師が魚を奉納する為の台だそうです。


検索してみたら、塩釜神社の裏手の森にパワースポットがあるそうです。

そこにある大きな欅の木の根部分に溜まった水を体のイボに付けると、

イボが取れる・・・とか。

公式HPの境内図を見ると、「いぼ神」という表記がありました。

行けば良かった・・・。

鹽竈神社
毎度、自分の生まれ年の部分を探してしまいます。
どうやら去年のワタクシは「八方塞」だったらしい。
気付かんかった・・・。


鹽竈神社
[なで牛]
身体の悪い部分を撫でると病が治るというけれど、
牛が伏せているのでそちら側の病には対応できないのではないかしら。


鹽竈神社
シャコ貝も置いてありました。
海の近くの神社ならではですなぁ。


鹽竈神社
[舞殿]
派手じゃないところがいい感じ。


鹽竈神社
[別宮本殿]と[別宮瑞垣]
国指定重要文化財

鹽竈神社
[御文庫]

鹽竈神社


ちなみに、参拝手順を知らなかったワタクシは、

別宮→左宮→右宮の順では御参りしませんでした。

いつかまた再訪して、手順どおりに参拝したいと思います。



鹽竈神社
【鹽竈神社】
宮城県塩竈市一森山1-1
鹽竈神社 主祭神:塩土老翁神、武甕槌神、経津主神
創建:不詳


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群馬県富岡市『一之宮貫前神社(いちのみやぬきさきじんじゃ)』の絢爛なる拝殿と本殿は国の重要文化財に指定れています。

一之宮貫前神社




一之宮貫前神社(いちのみやぬきさきじんじゃ)は、



群馬県(上野国)の「一宮(いちのみや)」とされ、最も格式の高い神社です。



祭神である経津主神 (ふつぬしのかみ)は、



『古事記』では建御雷之男神(たけみかづちのおのかみ)とも呼ばれます。



建御雷之男神は、先月ワタクシが行った鹿島神宮の祭神です。



しかし『日本書紀』では双方は別の神であるともされており、



経津主神は、鹿島神宮と縁の深い香取神宮(千葉県)の祭神になっています。



経津主神も建御雷之男神も、刀剣を神格化した武神。



邪を払い、災いを八方まるく治めるご利益があるとされているそうです。



さて、その経津主神が鎮座する(注1)本殿および拝殿・回廊は徳川家光による造営で、



元禄11年に、家光の息子である5代将軍綱吉によって修繕されています。



現在の極彩色の姿は、綱吉によるもので、



本殿、拝殿、回廊は、国の重要文化財に指定されています。



一之宮貫前神社

一之宮貫前神社
本殿(奥)と拝殿(手前)。

一之宮貫前神社
本殿と回廊には近づけないので、カメラでちょっとズーム。

一之宮貫前神社
空間恐怖症なのかってぐらいみっちりと彩色されています。

一之宮貫前神社
本殿の向拝の彫刻。

一之宮貫前神社
ユーモラスな顔の獅子。
残念乍ら対になる反対側は見えませんでした。
たぶん、もう一方は緑色なんじゃないかと想像しているところ。


一之宮貫前神社
蟇股(かえるまた)には虎が居ます。

一之宮貫前神社
拝殿から見た回廊と本殿。

一之宮貫前神社
拝殿の横。

一之宮貫前神社
ここも懸魚は猪の目になっています。
妻面の絵は獅子。
やはり青い獅子の対になるのは緑の獅子なんですね。


一之宮貫前神社
何か意味があるのだろうと想像される、水の中に居る馬。

一之宮貫前神社
[拝殿]
中に上がることはできません。
賽銭箱は楼門正面にあります。


一之宮貫前神社
拝殿正面の蟇股(かえるまた)の彫刻。
身体から水仙が生えた亀に見える。


一之宮貫前神社
一之宮貫前神社
一番下の生き物は顔が龍で身体は飛魚になっていますね。
上の同型の彫刻とは作者が違うんだろうなぁ。



一之宮貫前神社
拝殿の唐破風は檜皮葺になっています。
前垂れみたいなものがあるのは初めて見ました。


一之宮貫前神社
拝殿左側にある日本酒の瓶。
樽が並ぶのはよく見るけれど、瓶が並んでいるのは初めて見た。


一之宮貫前神社
一之宮貫前神社
群馬県のお酒が紹介されています。




さて、最近ワタクシがチェックするようになったのが、千木(ちぎ)。



本殿の屋根部分にある角みたいに突き出た部分です。



全ての神社でそうなっている訳ではありませんが、



祭神が男神のお社は、千木を外削ぎ(先端を垂直に削る)に、



祭神が女神のお社は、千木を内削ぎ(先端を水平に削る)になっています。



一之宮貫前神社
[本殿の千木]

一之宮貫前神社
黄色の方向に削いでいるのが男神、
赤の方向を削いでいるのが女神。




同社の祭神は経津主命と姫大神(たぶん妻)だから、千木が内削ぎでも・・・。



どうなのかな?



ちなみに本殿の脇には経津主命の子を祀るお社もあります。



一之宮貫前神社
[抜鉾若御子神社(ぬきほこわかみこじんじゃ)]
祭神:本社祭神「経津主命」の御子神。
安閑天皇の代(531年-535年)の創建とされ、
文化12年の造営、明治38年に現在地に遷座。


一之宮貫前神社
一之宮貫前神社
象の彫刻も阿吽。
それにしてもカッコイイ造形です。




つづく。



(注1) 式年遷宮のため、3月13日までは仮殿敷地の仮殿に遷座されています。

一之宮貫前神社
【一之宮貫前神社(いちのみやぬきさきじんじゃ)】

群馬県富岡市一ノ宮1535
主祭神:経津主命(ふつぬしのかみ)、姫大神(ひめがみ)
創建:(伝)安閑天皇元年(531年頃)



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茨城県鹿嶋市『鹿島神宮』はパワースポットらしいのですがワタクシにはよく分かりませんでした。

鹿島神宮




東国三社の一社『鹿島神宮』は有名なパワースポットなんだそうです。



本日は東京駅からバスに乗り、鹿島神宮にお参りしてきました。



バスで片道2時間で鹿島神宮まで行くことが出来ます。



Suicaが使えるので便利です。



去年、千葉県民Tが行ったらしいのですが、



周囲には何もないため、お参りしたら直ぐ帰るというコースになるのだとか。



それを聞いてはいたものの、行ったら本当にそんな感じでした。



わざわざ行くパワースポットかぁ~



と期待していたものの、境内に入っても何も感じませんでした。



普通の森を散策しているような感じ。



来宮神社のように感動することはございませんでした。



場所の相性がワタクシにはそうでもなかったのかもしれんね。



しかし、ここには重要文化財に指定されている建物があるのです。



それだけは押さえておきたいと思ったのと、



『要石』を見たかったので、奥へと向かいました。



鹿島神宮
重要文化財の「楼門」に掛かる額。
祭神である武甕槌大神は戦いの神様です。
勝負事にご利益のある神社なのだとか。


鹿島神宮
水戸徳川家の崇拝も伝わっている神社です。

鹿島神宮
鹿島神宮
楼門に設置されている随身像。

鹿島神宮
意外とシンプルな造りの楼門です。

鹿島神宮
鳥の彫刻が多いのは何故なんだろう?

鹿島神宮
楼門内側に飾られているコレは何なの?流鏑馬の的なの?

鹿島神宮
[拝殿]
江戸時代初期の元和5年(1619年)江戸幕府第2代徳川秀忠の命による造営。


鹿島神宮

鹿島神宮
社殿は北向きに造られ、蝦夷ににらみをきかせていたそうです。

鹿島神宮
[拝殿側面]

鹿島神宮
鹿島神宮
唐獅子の彫刻が見られます。

鹿島神宮
[本殿]
かなり絢爛な造りの御社です。


鹿島神宮
びっしりと埋め尽くされた極彩色の模様。

鹿島神宮

鹿島神宮

鹿島神宮
この蟇股(かえるまた)の彫刻は鳳凰なんだろうか。

鹿島神宮
これらの社殿は国の重要文化財に指定されています。

鹿島神宮
本殿の屋根のXになっている箇所「千木」に注目。
「千木」の部分が外削ぎ(縦に削がれている)になっています。
ここで男神が祭られていると分かる訳です。
内削ぎ(横に削がれている)になっていると女神が祭られています。
※ただし例外もある


鹿島神宮
[仮殿(かりどの)]
本殿造営の際に一時的に神霊を安置するために使用される社殿。
元和5年(1619年)に現在の本殿が造営される際に建てられました。


鹿島神宮
こちらも国の重要文化財に指定されています。

鹿島神宮

鹿島神宮
一見地味ですが、
蟇股(かえるまた)には彩色された彫刻が填め込まれています。


鹿島神宮
ユーモラスな亀らしき生き物。
ってか、松の節が「目」に見えて怖い。


鹿島神宮
鹿島神宮
本当に鳥の彫刻が多いです。

鹿島神宮
なんだか結界らしきものが張られています。

鹿島神宮
木組みの造形美が素晴らしいと思える建物です。




武神を祭っているから、徳川家の信仰も厚かったのかぁ。



なんだか、納得。



飛鳥時代からある関東の神社として、一度は来たいと思っていましたが、



その念願を叶えることが出来て本当に良かったです。



さて、続いて「要石」を見に行くとするかな。






鹿島神宮
【鹿島神宮】

茨城県鹿嶋市宮中2306-1
主祭神:武甕槌大神(たけみかつちのおおかみ)
創建:(伝)初代神武天皇元年



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栃木県日光市『日光東照宮』に行ってきた。【その弐】

日光東照宮

その壱】のつづきは、国宝の唐門からスタートです。

改修後らしく、白と黒のコントラストがハッキリとしており、

真新しい感じのする外観となっておりました。

団体さんがどんどんと押し寄せて来るもんで、

この辺りをじっくり見ることも無く、次の目的地へ。

現在、左甚五郎の眠り猫も修繕中でレプリカが掛かっているようで、

見所は、この先の奥の院になりそうです。

日光東照宮
[唐門]
国宝

全体が胡粉(ごふん)で白く塗られています。

日光東照宮
「許由と巣父(きょゆうとそうほ)」や
「舜帝朝見の儀(しゅんていちょうけんのぎ)」など
細かい彫刻がほどこされている。


日光東照宮
唐破風の上の獅子と龍が見事。


日光東照宮
獅子かと思いきや、麒麟という気もする。
髭が無いから龍じゃないよね?


日光東照宮
犬歯?のある龍。耳が面白い。

日光東照宮
龍って顔がデカイんだなぁ。

日光東照宮
[ 祈祷殿(きとうでん)]
重要文化財
お宮参りのお客さんが祈祷を受けていました。


日光東照宮
懸魚は猪の目。

日光東照宮
蟇股(かえるまた)にも細かい彫刻が施されています。

日光東照宮

日光東照宮
回廊の内側に飾られた奉納酒の数々。

日光東照宮
回廊の端にある御朱印所には列が出来ていました。

日光東照宮
今までやったことが無かったけれど、やってみた。

日光東照宮
御朱印帳もこちらで調達。

日光東照宮
既に書かれた書に日付と押印が成されました。
(自分のものにせず、歴史好きな甥っ子に渡すことにしました)

日光東照宮
[ 神輿舎(しんよしゃ)]
重要文化財

日光東照宮
春秋渡御祭(5月18日、10月17日)に使われる、
三基の神輿(みこし)が納められているそうです。


日光東照宮
こちらも猪の目懸魚。

日光東照宮
虎の間にあるのは壺だろうか?


紅葉


今回、御朱印に興味を抱きましたもんで、

鳩居堂辺りで御朱印帳を買って、今後は御朱印を貰うことも目的にしたいと思います。

先ずは、今週末にチャレンジしてみようかな。

その參】に続く。


【日光東照宮(にっこうとうしょうぐう)】
栃木県日光市山内2301
営業時間[4月~10月] 8:00~17:00[11月~3月] 8:00~16:00
(各期間とも受付は閉門30分前に終了)
拝観料:[大人・高校生]1300円 [小・中学生]450円


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sava!プロフィール

sava

昭和生まれの大阪育ち。数十年前から母の実家の神楽坂エリアに生息。食,日本酒,旅,富山県,文化財(建築物),読書等を好み、当ブログではそれらにオマケ情報も加味しています。それなりの年齢になり、老眼とか更年期とか諸々の不具合も出て参りました。そんな多様な話をチマチマと記す日々です。
※SNSは閲覧していますが発信しておりません。
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sava!ブログから建物に関することをある程度分離してメモしておこうと考えてできた分室です。家に関することについて語っているので、気が向いたら見てください。
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