32件の建造物が国の登録有形文化財に登録されている『紫野 今宮神社』。
目的地だったわけではないのですが、「あぶり餅」を食べる前に先ずは参拝することにしました。
現在の今宮神社がある土地には、延暦13年(794年)の平安遷都以前から疫神スサノオを祀る社(現・摂社疫神社)があったとされる。平安遷都後にはしばしば疫病や災厄が起こり、神泉苑、上御霊神社、下御霊神社、八坂神社などで疫病を鎮めるための御霊会が営まれた。正暦5年(994年)にも都で大規模な疫病が流行ったため、朝廷は神輿2基を造って当地で祀られていた疫神を乗せ、船岡山に安置し、音楽奉納などを行った後、疫災を幣帛に依り移らせて難波江に流した。民衆主導で行われたこの「紫野御霊会」が今宮祭の起源とされ、京都の他の都市祭礼と同じく災厄忌避を祈願する御霊会として始まった。
<中略>
西陣の八百屋に生まれた「お玉」が江戸幕府第3代将軍徳川家光の側室となり、5代将軍綱吉の生母・桂昌院として従一位となった。このことが「玉の輿」ということわざの由来になったとの説がある。桂昌院は京都の寺社の復興に力を注いだが、今宮社に対する崇敬と西陣に対する愛郷の念が非常に強かった。Wikipedia
実はワタクシ、徳川家光の側室である「お万の方」贔屓なもんで、桂昌院がどうにも苦手。
ここには文化財が沢山あるにもかかわらず、ササっと参拝するに留めました。
一人じゃなかったというところも、ササっと参拝の一因です。
本殿も拝殿も1902年(明治35年)に再建されています。
国登録有形文化財
疫疾消除を祈願して出された摂社「疫社」の特別御朱印もありました。
今回は普通の御朱印を頂きます。
手前の豊玉姫の使い「神使 姫なまず」に心がグラつく。
いろいろ見逃している文化財がありますが今回は致し方なし。
御神木は大黒松だったんですね。
では、工事中の東門を抜けて「あぶり餅」を食べに行こうと思います。
こちらが御朱印。(300円)
【紫野 今宮神社(むらさきの いまみやじんじゃ)】
京都府京都市北区紫野今宮町21
主祭神:大己貴命、事代主命、奇稲田姫命
創建:長保3年(1001年)
神仏霊場巡拝の道第96番(京都第16番)
http://www.imamiyajinja.org/
京都府京都市北区紫野今宮町21
主祭神:大己貴命、事代主命、奇稲田姫命
創建:長保3年(1001年)
神仏霊場巡拝の道第96番(京都第16番)
http://www.imamiyajinja.org/