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興味あるものを 興味ある人に。

私は諦めを敵とする。 私の日々の努力は実にこの諦めと闘うことである。 (北条民雄)

左甚五郎

茨城県ひたちなか市『酒列磯前神社』の本殿の辺りの風が心地よい。

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磯崎町の岬の丘に鎮座する酒列磯前神社(さかつらいそさきじんじゃ)。

創建は、西暦856年(斉衡3年)。

少彦名命(すくなひこなのみこと)をお祀りしており、

「病気平癒」「お酒の神様」「温泉の神様」のご神徳があるそうです。

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社殿に向かう参道の両側を覆う木々。

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参道の樹叢は、県指定天然記念物です。

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密生しているのは樹齢300年を超えるヤブツバキやタブノキらしい。

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参道の石垣には寄進した人の名が彫られた碑がはめ込んでありました。
場所的には船に関わる人が多いようですね。

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海軍に関する碑もありました。ここから出征したんだろうか。

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参道の石畳は一部古いままで、その苔生した色味から
昔はもっと木々が鬱蒼と茂っていたのかもと想像させられました。

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こちらは、二の鳥居。
一の鳥居は一番上の写真のそれです。

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「幸運の亀さん」
宝くじに高額当選された方が奉納されたそうです。

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亀石象に触ると御利益があると評判で、 大安日には大にぎわいになるんだとか。

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拝殿
午前中だったので空いていました。

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拝殿前の参道におかれた御朱印の紹介。
参拝の待ち時間が長いこともあるってことですかね。

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入母屋破風の彫刻も見応えあり。
かなり凄い彫刻に見える。

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授与所でこちらの案内を見て拝殿に戻ります。

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兎の毛通し(うのけどおし)の「リスとぶどうの彫刻」。
これが左甚五郎の作かぁ。
網があるのでワタクシの肉眼では見えなかったけど。

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七五三の時期のようで、可愛らしく着飾った女の子を複数見ました。

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再度から彫刻群を眺める。

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額は真新しい感じがします。

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木造の美しさがわかる角度。

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本殿裏の境内を囲む石垣と柵。

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苔生した灯篭。
柵が真新しいので東日本大震災後に復興されたものなのかも。

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本殿
こ祭神は少彦名命(すくなひこなのみこと)と大名持命(おおなもちのみこと)。

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破風に彫刻が見えます。

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龍ですね。凝ってる。

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神輿が置かれた神楽殿。右は神馬舎。

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平成の神馬大修理と書いてある。

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こちらが修理され塗り直された神馬。鮮やかです。

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参拝がすんだので御朱印を頂きます。
御朱印は全て書置きです。

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折角なので二つ頂きました。

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宝くじにご利益があるらしい。今年は買おうかな。

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最近、長寿じゃなくてもいいから健康でありたいと思います。

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授与品で気になったもの。ビジュアルが良いので撮ってみました。

医薬の神様のご利益に期待して訪れたのですが、

宝くじ(金運)にもご利益があるとは現地で初めて知りました。

宝くじを買うなら指定のあった売り場で買わないと効果がないのかも。

宝くじを買う買わないは別にして丁寧に亀さんを撫でておく。

それはそうと、神社を覆う木々のおかげか、海からの風が緩和され

心地よい空気が漂っている感があります。

特に本殿の辺りに。

何かしらのご利益があれば、お礼参りに行かねば。




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【酒列磯前神社(さかつらいそさきじんじゃ)】

茨城県ひたちなか市磯崎町4607-2
※ひたちなか海浜鉄道湊線「磯崎駅」より徒歩10分
※阿字ヶ浦駅から向かうと急坂を上がることになります

祈願受付時間 9:00~15:00
主祭神:少彦名命
https://sakatura.org/


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埼玉県秩父市『秩父神社』にある左甚五郎作とされる彫刻。

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本殿北側中央の彫刻は「北辰の梟」。
体は本殿正面に向き、頭は反対の真北を向いています。
左甚五郎

創建は崇神天皇10年(B.C.87)と伝わる『秩父神社』。
つまりは紀元前の創建で、鎮座2100年越えの神社ということになります。

主祭神である八意思兼命(やごころおもいかねのみこと)は、天照大御神の岩戸隠れの際、天の安原に集まった八百万の神に天照大御神を岩戸の外に出すための知恵を授けた神です。
ゆえに「知恵の神」とされています。

神社のご利益は、家運隆昌、出世開運、技術向上、学問向上、受験合格。
また木工職人の守護神ともされています。
それゆえか、拝殿・本殿には多くの彫刻で飾られており、中には左甚五郎作とされる有名なものもあります。

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[秩父神社 大鳥居]

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[手水舎]
多くの亀の彫刻があります。


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文化財に指定されていないのが不思議なほど立派な手水舎です。

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彫刻が細かすぎてどこを写真で切り取れば良いのかワカラン。

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[神門]
既に境内改修整備事業の改修済みです。


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[秩父神社社殿]
県指定有形文化財(建造物)
※付(つけたり) 天正20年の棟札1枚・神輿1基
天正20年(1592年)に徳川家康が成瀬吉右衛門に建造させたものです。


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現在の埼玉県秩父地方を中心とした地域は知々夫国と呼ばれていました。

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唐破風下の彫刻群。どこを見れば良いのか迷うぐらいです。

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劣化しているため形状がよく分からない彫刻。
修復後に改めて見てみたいです。


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「子宝 子育ての虎」
拝殿正面左側にある左甚五郎作の彫刻。
祭神を守護する神使として彫ったものと伝えられているそうです。
母親だけ豹柄なのは、昔は虎のメスは豹だと考えられていたからなんだとか。


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彫刻の下にはこんな文言がありました。

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御鎮座2100年奉祝事業 本殿改修事業による保存工事中のため、
左甚五郎作の「つなぎの龍」など、見られない彫刻があります。

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秩父といえば、イチローズモルト。
樽があります。


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唐破風造りの向拝にもびっしりと彫刻が飾られています。

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唐獅子や麒麟などの彫刻は色褪せており、
確かに改修が必要かもと思わせられます。


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本殿を囲う塀にも彫刻が施されています。

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足場と養生の隙間から改修中の彫刻をカメラで覗いてみる。

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[天神地祇社]
全国の一之宮を中心として計75座の神々が祀られています。
祭神である八意思兼命が多くの神々の意見を纏めたことに由来するそうです。


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丁度、宮司さんたちのお勤め時間だったようです。装束が綺麗ですね。

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額が並べてある一角も興味深いです。

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特にこの絵の人物が誰なのか気になりました。イケメンですね。

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本殿北側には「北辰の梟」の彫刻があります。
※同記事最上段写真参照


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「お元気三猿」
日光が「見ざる・言わざる・聞かざる」なのに対し、
秩父神社は「よく見て・よく聞いて・よく話す」。
お元気三猿という名称が付いています。
大人の猿は健康長寿を表しています。
左甚五郎


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拝殿(右手)と本殿(左手)。
これらの彫刻の色が4年後は鮮やかになっているんでしょうね。


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あれ? じゅうぶん鮮やかかも。

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毎度思うのですが、絵があらわすストーリーが分かりません。

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この彩色が細かくて惹かれました。どなた様なのか?

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麒麟の造形が凄い。
足があるのは珍しい気がする。


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手挟にある牡丹の花。
筋が細かく描かれていて素晴らしいです。


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前述の「子宝 子育ての虎」ですが、
左の子虎のポーズが気になって仕方がない。

秩父神社の行事と神楽は「秩父祭の屋台行事と神楽(山・鉾・屋台行事)」として、国の重要無形民俗文化財とユネスコ無形文化遺産に指定されております。
見てみたい気もするのだけれど、混むらしいので多分実現は難しいかも。
神輿は室町時代のもので、埼玉県最古のものなんですって。

そして、「荒川の河岸段丘上に広がる秩父市街地の中心部に鎮座している」そうです。
次回は河岸段丘に焦点を当てて散策したいと思います。

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白とピンクの「まゆみくじ」。
まゆの中に、おみくじが入っています。


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御朱印は一種類(500円)です。

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[秩父宮妃御手植銀杏]
秩父宮勢津子妃殿下がお手植えになられた銀杏。


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乳房のような形に育ったことから「乳銀杏」と呼ばれています。

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神降石(じんこうせき)という名前がある、神様が降り立つ場所。
境内で最も気になった場所だったので、帰宅後に調べたら
パワースポットだったようです。
木々の木漏れ日から光が差す位置を撫でると良いのだとか。
先に知っていれば・・・


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【秩父神社(ちちぶじんじゃ)】

埼玉県秩父市番場町1-1
(秩父鉄道秩父本線 秩父駅から徒歩3分)
主祭神:八意思兼命(やごころおもいかねのみこと)
知知夫彦命(ちちぶひこのみこと)
天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)
秩父宮雍仁親王
創建:伝・崇神天皇10年
http://www.chichibu-jinja.or.jp/


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山形県山形市『専称寺』本堂にある左甚五郎作と言われる力士像。

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専称寺本堂の四隅に左甚五郎作と伝わる「夜泣き力士」像があると知り、ランチの後で立ち寄って参りました。

ここは最上義光の娘で、悲劇で知られる東国一の美少女「駒姫」の菩提寺です。

駒姫は、その類いまれな美しさから父母に溺愛されて育ったという。
時の関白・豊臣秀次は、東国一の美少女と名高かった駒姫の噂を聞き、側室に差し出すよう義光に迫った。義光は断ったが度重なる要求に折れ、15歳になったら娘を山形から京へと嫁がせると約束する羽目に陥る。

文禄4年(1595年)、駒姫は京に到着し、最上屋敷で長旅の疲れを癒していたところ、7月15日、秀次は豊臣秀吉の命により高野山で切腹させられた。
そして駒姫も8月2日に他の秀次の側室達と共に、三条河原に引き立てられ11番目に処刑された。
まだ実質的な側室になる前だったと言われている。

父の義光が必死で助命嘆願に廻り、各方面からも処刑せぬようにと声があがった。秀吉もついにこれを無視できなくなり「鎌倉で尼にするように」と早馬を処刑場に派遣した。
しかしあと一町の差で間に合わなかった。享年15。

遺体は遺族が引き渡しを願ったが許されず、その場で掘られた穴に投げ込まれ、さらにその上に「畜生塚」と刻まれた碑が置かれた。
娘の死を聞いた母の大崎夫人も、処刑の14日後の8月16日に亡くなった。娘の跡を追った可能性は高いとされている。

この悲劇がのちに義光が関ヶ原の戦いで東軍に属する伏線になったとする指摘もある。

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駒姫の墓とされているところ。ただし、墓石はかなり新しい。

駒姫の死の翌年、義光は高擶で布教中の真宗僧乗慶に帰依、専称寺を山形城下に移し、駒姫と大崎夫人の菩提寺とした。


本堂は元禄16年(1703年)の建立。

江戸時代中期の木造建築物としては東北第一とされています。

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駐車場側から見た本堂。

書院・庫裏・鐘楼は慶長年間(1596年~1615年)の建築。

梵鐘と鐘楼は山形県の指定文化財となっているそうですが、見学はしませんでした。

また、山門を入り右側にあるイチョウの巨樹は、別名「雪降り銀杏」と呼ばれ、根回りが7.5mあるのだとか。

山形市の天然記念物に指定されている立派なものですが、これまた写真は撮りませんでした。(檀家さんたちのお墓が写るため)

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懸魚や蟇股はかなり立派。

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本堂正面。
本堂は市の指定文化財です。


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本堂正面の木鼻には獏? 象? のかなり立派な彫刻があります。

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耳が垂れているから、象なんだろうなぁ。

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左甚五郎作だと言われている力士像。駐車場側。

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こちらは本堂向かって左側の力士像だったと思う。

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本堂向かって右側の力士像だったかな?

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見る向きを変えると様子も変わります。
これらの力士たちは毎夜夜泣きするという伝承があるそうな。
屋根が重くて辛いらしい。

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サクッと書かれた説明書き。

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実なのか枯れ葉なのか分かりませんが、興味深い樹木でした。

かなり立派なお寺で、檀家さんも多そうです。

それにしてもこの辺りでは墓石は黒御影石(←たぶん)が人気なのかな。

墓石の色が黒で統一(と言ってもいいほど)揃っているのが印象的でした。

本堂外周の彫刻がこれほど立派だということは、

堂内はさぞかし、と推察されます。

見学はできないんですけどね。



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【専称寺(せんしょうじ)】

山形県山形市緑町3丁目7-67
山号:最上山
宗旨:浄土真宗,宗派:真宗大谷派
本尊:阿弥陀如来
創建年:1483年(文明15年)
開基:願正坊(本願寺第8世蓮如の高弟)
正式名:最上山専称寺


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【その陸・完】富山県高岡市『勝興寺(しょうこうじ)』の経堂も重要文化財でして左甚五郎による龍の彫刻があるのを見逃したんです。

勝興寺
[経堂]
重要文化財
文化2年(1805年)建立




本堂に向かって左側にある経堂。



欅でできた風格のある建物です。



ワタクシは正面からしか見ていなかったのですが、



実は西側の壁面に左甚五郎が造った龍の彫刻があったそうなんです。



周囲を見ることを怠ったことを、これほど後悔するとは思ってもみませんでした。



必ず再訪して、次回は写真に納めたいと思って居ります。



勝興寺
経巻を収納する建物。
内部には手動回転式の八角輪蔵があります。


勝興寺
左甚五郎作の龍があるのは池に面した二階の壁です。

勝興寺
【クリックして拡大画像で見てみてください】
全く気付かなかった。
見逃した!


勝興寺
額が、よ、読めない。
右側から、□(←読めない)輪蔵と書いてあるような・・・。


勝興寺
えらくあっさりした造りの開き戸ですな。




本堂の隣にある塚が、ちょっと気になりました。



どこにも説明が無かったのだけれど、



これは何を(もしくは誰を)埋葬してあるんだろう?



勝興寺
何か物語がありそうなんだけどなぁ。

勝興寺
門扉にも寺紋が付いていました。

勝興寺
これは何という紋なんだろうか。
周囲が藤なので、なんとか八つ藤とか言いそうだけど。
調べてみたら、ただの「八つ藤」でした。


勝興寺
「もののふの 八十娘子らが 汲みまがふ 寺井の上の かたかごの花」大伴家持
(もののふのやそおとめらがくみまごう てらいのうえのかたかごのはな)

[意味]
大勢の若い娘たちがやって来て、
入り乱れるようにして水を汲んでいるが、
井戸の傍に咲くかたかごの花の美しいことよ


この辺りに4月になるとカタクリの花が咲くそうです。




さて、帰りに総門のあった辺りから駅方面を見ると、



雪を被った立山連峰が広がっていました。



電線などの障害物はあれども、圧巻です。



この辺りに住む人は、毎日この景色を見ているんですね。



いいなぁ。



伏木
そういえば坂道を上がって来たっけ。
ここは高台だったんですね。


立山連峰
写真などではお伝えできない絶景です。




平成32年度までの予定で、現在、本堂を除く重要文化財11棟の修理が行われています。



今なら空いているので、完了までにもう一度足を運びたいと思っています。



次は新緑の頃に再訪したいな。





勝興寺
【勝興寺(しょうこうじ)】

富山県高岡市伏木古国府
宗旨:浄土真宗
宗派:本願寺派
本尊:阿弥陀如来



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上野東照宮の重要文化財の唐門には左甚五郎作の龍の彫刻があるんです。

上野東照宮
寛永4年(1627年)藤堂高虎が上野の高虎の敷地内に創建。




関東大震災や、第二次世界大戦でも倒壊しなかったと言われる上野東照宮。



それゆえに上野のパワースポットと呼ばれており、



御利益は、開運厄除、病気平癒、業成就守、健康長寿、金運とされています。



ここは文化財の多い上野の山でも特に重要文化財に囲まれた場所でもあります。



上野東照宮
[石造明神鳥居]
寛永10年(1633年)
重要文化財


上野東照宮
ここは門扉がないため自由に通り抜けられます。

上野東照宮
石塔に囲まれた石畳を(手前に)進むと
近代的な金属製の門に突き当たります。


上野東照宮

上野東照宮
9時前だったので金属製の門が開いておらず、
皆さん開門を並んで待っておられました。


上野東照宮

上野東照宮
上野東照宮
阿吽の狛犬。

上野東照宮
正面が唐門(重要文化財)。

上野東照宮
唐門の両側にあるのは、左甚五郎・作の登り龍・下り龍。
(左甚五郎:日光の眠り猫で有名)


上野東照宮
[登り龍]
※分かり易く写真を横にしています
※左が天


上野東照宮
[下り龍]
※分かり易く写真を横にしています
※右が天


上野東照宮
精緻な透かし彫りの数々。

上野東照宮
唐門両側の銅灯籠6基は、
右側より紀伊・水戸・尾張の徳川御三家より寄進されたもの。
銅灯籠と透塀は
重要文化財

上野東照宮
[神楽殿]
1874年(明治7年)、深川木場組合奉納。


上野東照宮

上野東照宮

上野東照宮
[旧寛永寺五重塔]
所在は東京都台東区上野公園内。
重要文化財


上野東照宮
寛永8年(1631年)佐倉城主土井利勝の寄進により建立されたが、
寛永16年(1639年)に火災で焼失。
同年すぐに再建されたものが現在に至っている。


上野東照宮
鬼瓦のひたい部分に梵字が見える気がする。

上野東照宮
上野動物園内にあるこの塔に、雀が自由に出入りしておった。
何かイラッとする。


上野東照宮
期間限定のお守りもあるそうな。

上野東照宮
唐門右手の建物で御朱印を頂けます。




なんだか、こんなに東照宮に行きまくっていると、



全国制覇したくなってきますね。



って、しませんけど。



昨年秋頃から葵の御紋を見まくっている気がします。



さて、ここで有名なのがぼたん園。



しかし、9時半オープンだったのと、開花状況が不明だったため、



有料エリアは敬遠しておきました。



絶対咲いてそうだと思える時期になったら、見に行ってみようかな。



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こちらは、葉牡丹。




上野東照宮
【上野東照宮】

東京都台東区上野公園9-88
主祭神:徳川家康、徳川吉宗、徳川慶喜



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栃木県日光市『日光東照宮』に行ってきた。【その參】

日光東照宮


その弐】のつづきは、坂下門からスタートです。

この門は、江戸時代には将軍の参拝の時にしか開かれなかったため

「不開門(あかずのもん)」とも呼ばれていたそうです。

かなり優美な門で、透かし彫りの扉がとても美しく、

間近で見られることに、この時代に生まれた幸福をかみ締められます。

将軍のみが進むことを許された道を辿れるなんて、

特別感が増しますよね。

日光東照宮
東回廊の蟇股(かえるまた)が小さいため見落とし易いのか、
頭上に視線を促す板が立っています。


日光東照宮
左甚五郎作「眠り猫」
国宝
※現在はレプリカがはめ込まれています。
修復期間:2016.6月~12月
ほかの神社・寺院にも猫の彫刻は見られますが、
ほとんどは獲物を狙って殺気をみなぎらせているそうです。
寝ているのは東照宮だけで、
「平和のシンボル」とも言われています。


日光東照宮
「眠り猫」の裏にある「竹林に遊ぶ2羽の雀」。
「眠り猫」とは対になっており、
捕食される側の雀が眠る猫の傍で遊んでいる姿も
「平和のシンボル」と言われているようです。


日光東照宮
[坂下門]
国指定重要文化財
ここから上の神域が通年参拝可能になったのは、
昭和40年(1965年)徳川家康没後350年(家康公350年祭)の公開から。


日光東照宮
菊と牡丹の彫が見事な坂下門の格天井。

日光東照宮
富貴の象徴である牡丹と思われる扉の透かし彫り。

日光東照宮
[奥社石柵(附 石狛犬2躯)]
重要文化財

日光東照宮
日光東照宮
日光東照宮
坂下門から207段の石段を上ることになります。


日光東照宮
かなり立派な石垣。
城の石垣のようです。

日光東照宮
階段を上ってヘロヘロになる辺りに設置してある立て看板。

日光東照宮
[唐銅鳥居]
重要文化財
天和3年(1683年)に石鳥居から唐銅鳥居に建替えています。


日光東照宮
喉が渇いていると、たとえ選択肢の全く無い150円の缶のお茶でも
買ってしまうものですね。


日光東照宮
生き返った。

日光東照宮
[狛犬]重要文化財「奥社石柵」の附(つけたり)指定
松平右門太夫正綱と秋元但馬守泰朝が寄進したもの。
松平正綱は、日光杉並木も寄進しているそうです。
家康の側室を下賜された人です。

関東最古の参道狛犬とも言われているそうです。


日光東照宮
[奥社拝殿]
重要文化財


日光東照宮

日光東照宮
外側は黒漆塗りですが、内部は朱だったり金だったり。
ってか、幕末、ここの維持費はどうしていたんだろう?


日光東照宮
今はここ限定の鈴やお守りなどを販売していますが。

日光東照宮

日光東照宮
拝殿から鋳抜門を見る。

日光東照宮
[蕪懸魚]

日光東照宮
[奥社唐門(鋳抜門)]
重要文化財
扉以外の部分を一つの鋳型で鋳造したため「鋳抜(いぬき)」と呼ばれる。


日光東照宮
椎名伊豫守(いよのかみ)吉寛は、
上野の寛永寺の梵鐘や平川橋にある儀宝珠なども手掛けた
江戸時代前期の神田の鋳物師です

日光東照宮
これほど守ってる感を滲み出している狛犬を
ワタクシは見たことがありません。


日光東照宮
ものすごくマッチョな狛犬で、強そう。

日光東照宮
耳は垂れているのに、やっぱり強そう。

日光東照宮
こちらは龍ですかな?

日光東照宮
宝塔側から見た鋳抜門。

日光東照宮
[奥社宝塔(徳川家康公奥宮御宝塔)]
重要文化財
家康公の神柩を納めた宝塔。


日光東照宮
当初は木製だったが、後に石製に改められ、
5代将軍綱吉の頃、唐銅製(金・銀・銅の合金)に改鋳されました。


日光東照宮
一つ一つの造作が計算されつくされている感じ。

日光東照宮
塔の笠の裏側。

日光東照宮
手前:[奥社石玉垣]
重要文化財
この石をここまで運ぶ作業を想像してみる。


日光東照宮

日光東照宮
[叶杉]
個人的な願いごとがなかったので、杉に長生きしてねと願ってみる。


日光東照宮
意外とお高いお守り。


下山してみると、最も印象に残っているのが奥社に続く階段。

しんどかった分、上り切った時の爽快感は、まるで登山でございました。

再訪するのは長らくしたくないけれど、

いつかは日光東照宮で見逃した箇所を観に行こうと思います。

何年後になるかは分からんけどな。



【日光東照宮(にっこうとうしょうぐう)】
栃木県日光市山内2301
営業時間[4月~10月] 8:00~17:00[11月~3月] 8:00~16:00
(各期間とも受付は閉門30分前に終了)
拝観料:[大人・高校生]1300円 [小・中学生]450円


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昭和生まれの大阪育ち。数十年前から母の実家の神楽坂エリアに生息。食,日本酒,旅,富山県,文化財(建築物),読書等を好み、当ブログではそれらにオマケ情報も加味しています。それなりの年齢になり、老眼とか更年期とか諸々の不具合も出て参りました。そんな多様な話をチマチマと記す日々です。
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