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興味あるものを 興味ある人に。

私は諦めを敵とする。 私の日々の努力は実にこの諦めと闘うことである。 (北条民雄)

国宝

長野県松本市『旧開智学校校舎』が5月17日に国宝になったらしい。【弐】

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のつづき。

旧開智学校校舎は

廃仏毀釈で廃寺となった旧松本藩の菩提寺・全久院の跡地に竣工し、

昭和38年3月までの約90年間使われていました。

この度、国宝に指定された理由は、

「近代教育の黎明を象徴する最初期の擬洋風学校建築として深い文化史的意義を有している」

というもので、「当時の他の学校と比べてもかなり先進的」なのだそうです。

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漆喰塗りの外壁に青空が映えます。

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漆喰が剥落する可能性が否めないらしい。

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唐破風下の天使ですが・・・

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シールとして売店で売られています。記念撮影もできます。

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天使の顔が日本風なんですよね。ヘアスタイルも。

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露台の手すりには華やかな瑞雲彫刻が。
また階下の車寄せ玄関には龍の彫刻があります。


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玄関は中華風。
そして校舎内にも龍の彫刻があります。


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唐破風部分を横から見るとこんな感じ。

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フランス製の着色ガラス(ギヤマン)が使われた窓。
唐破風部分の露台にある窓を内側から見たところだと思われます。


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内側は講堂になるんですね、あの露台は。
ってことは、露台に出るには窓を跨いで出る訳か。


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講堂の照明も凝っていて、折り上げ構造になっています。
ここにも瑞雲と龍の彫刻。


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照明器具も凝っています。

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他の部屋の照明器具も良い感じ。

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ってか、この引き戸の向こう側は何なんだろう?

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八角形の塔屋にも色ガラスが使われています。

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裏側から見た塔屋。

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風見には東西南北の文字が。

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大棟も凝っていて、漆喰で鏝絵があしらわれています。

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[建物側面(北西側)]

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側面にも出入口があります。
正面とは違い、シンプル。


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側面の瓦。

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[建物裏側(北側)]

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裏側の出入り口にも兎の毛通しがあり、
扉には彫刻が飾られていました。

松本市内には松本城があり、そちらは観光客に大人気ですが、

この旧開智学校も、国宝になると知られたGWには

観光客が二倍になったそうです。

この日は土曜日にしては、えらく空いていましたけれど。

夏休みはお子さん連れで賑わうんだろうなぁ。

ここを見学したら、久々に旧閑谷学校を観たくなりました。

10月に計画しようかしら。

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400円から200円にディスカウントされていたクリアファイル。
「国宝」に変わるので在庫一掃ってことなんでしょうね。



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【旧開智学校(きゅうかいちがっこう)】

長野県松本市開智2-4-12
(タウンスニーカー北コース「旧開智学校」下車徒歩1分 運賃は200円)
開館時間 9:00~17:00(入館は16:30まで)
休館日:3月~11月の第3月曜、12月~2月の月曜、12月29日~1月3日


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長野県松本市『旧開智学校校舎』が5月17日に国宝になったらしい。【壱】

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重要文化財だった『旧開智学校校舎』が5月17日に国宝になったそうです。

なったばかりなので周辺の表記は「重要文化財」のままだったりしますが、

たぶん一年以内にはすべての表記が「国宝」になるんでしょうね。

さて、旧開智学校は1876年(明治9年)に長野県松本市中央に建てられ、

その後、松本市開智に移築された明治時代初期の擬洋風建築校舎です。

近代学校建築では初の国宝指定となりました。

地元出身の大工棟梁、立石清重(たていしせいじゅう)が設計施工を担当。

立石清重は他に、松本裁判所、大町裁判所、長野師範学校松本支校、

旧制東筑摩中学校、長野県議会議事堂を手掛けています。

立石清重による上京の記録「東京出府記」とスケッチ集「営繕記」が残されており、

旧開智学校がどの建物を参考にしたかが判明している点でも重要です。

擬洋風建築の創意工夫の面白さが見られる貴重な建物だと感じました。

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建物への入り口はコチラ。
入って直ぐが売店となっています。
靴は脱いで下駄箱へ。


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校庭に構内の案内図がありました。
建物内部はシンプルな造りってことが分かりますね。


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和と洋の分かり易い説明が置いてありました。
トップ写真と比較してご確認ください。


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一階廊下中央部分に吊られた照明器具。
真下から見るとこんな感じ。


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斜めから見るとこんな感じです。

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一部屋だけ教室の展示がありました。
ちなみにワタクシの小学生時代もこんな机と椅子でした。
椅子に収納があるタイプで、
椅子を引くときに座面の蓋が開いて指を挟みましたわ。


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教室の床の釘は和釘ですね。カッコイイ。
和釘の展示と説明もありました。
校舎全体分の和釘を作るのは想像するだけで大変そうです。


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マイナス螺子のついたドアノブ。
古いタイプですが、これは当時のままなのかも


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一階から二階に続く螺旋階段がありました。(使用不可)

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二階から見下ろすとこんな感じ。

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階段には観音開きの扉が付いています。
ドアを開けたら階段って、知らなかったらちょっと怖いし、落ちそう。


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二階の廊下の講堂手前にある扉もかなり凝っています。

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竜の彫刻と

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波の彫刻。

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講堂から続く廊下の先にも同様の扉が付いていました。

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形は異なっていますね。(修繕済みっぽい)

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講堂の向かいには塔に続く階段を封じる扉がありました。

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かなり凝った扉ですね。

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細かく絵が描かれています。

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扉と言えば、階段のこんなところにもありました。

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パット見では、使用目的が分からない扉。

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疑問の答えはここにあります。

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明治天皇御座所にあった肖像。
明治13年(1880年)6月25日に明治天皇が巡幸され、
その際使用された休憩室に展示してありました。
明治天皇は写真が嫌いだったと聞いたことがありますが、
こういうお姿のものは初めて見ました。


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同室の床は美篶細工(みすずざいく)の敷物が全面に敷かれていました。
必見です。


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この碑も、「重要文化財」から「国宝」に文言が変えられるんでしょうね。

につづく。


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【旧開智学校(きゅうかいちがっこう)】

長野県松本市開智2-4-12
(タウンスニーカー北コース「旧開智学校」下車徒歩1分 運賃は200円)
開館時間 9:00~17:00(入館は16:30まで)
入館料:300円
休館日:3月~11月の第3月曜、12月~2月の月曜、12月29日~1月3日


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【GW】栃木県日光市『日光東照宮』で改元記念に御朱印を頂く。

日光東照宮

仕事関係の呑み友達と日光東照宮に御朱印を頂きに行ってきました。

連休前の呑みの席で「連休は何処に行くの?」と聞かれたので、

改元の日に御朱印を頂きに行くつもりであることを伝えたら、

貰う場所はどこかと問われ、「ウチの近所か、日光かなぁ」と答えたら、

日光には子供の頃にしか行ったことが無いので同行したいとのことでした。

で、朝から特急でバビュッと日光へ。

割と早い時間に着いたのですが、日光駅前は既に大渋滞で、

バスは利用は最低50分掛かると教えられたため、徒歩で向かいました。

たぶん2kmぐらいかな。

途中、観光案内所で誰も居ないお手洗いを借りたりもして。

(駅のトイレは大行列なので観光案内所がこの日は穴場でした)

再び歩いて日光山の麓に辿り着きましたが、

確かに徒歩の方が到着は断然早かったです。

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階段ルートは混むので、空いている坂道ルートを選択。

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階段と坂道だと、断然後者の方がラクだと思います。
めっちゃ空いているし。


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途中で滝を見つつ小休止。

日光東照宮
参道に到着しました。
輪王寺の御朱印を頂くところは空いていましたが、
一分一秒遅れれば遅れるほど混むであろう東照宮に向かいます。


日光東照宮
どこも大行列ができています。
チケット売り場も言わずもがな。
門をくぐるのも時間が掛かりました。


日光東照宮
建造物を愛でる時間もない。

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いの一番に御朱印帳を預けて・・・と簡単に考えていたら、
受け付けだけでも3時間半待ち。
受け取りにはもっと時間が掛かるそうな。


日光東照宮
待っている間にさんざん悩み、同行者も居るため
御朱印帳に直接書いて頂くのは諦めました。
書くのはお二人だけなので、こりゃ混むはずだわと思った次第です。


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待っている間に鳥の囀りを聞いたりもして。

日光東照宮
大きめの玉砂利がワタクシの体幹を鍛えてくれます。

日光東照宮
御朱印を頂いてから同行者の希望により見学もすることになりました。
毎度写真で撮るとボケるというジンクスがある眠り猫。


日光東照宮
やっぱりボケてました。

日光東照宮
眠り猫の裏側の雀も撮っておく。
混んでいるので一瞬しか撮る暇がありません。


日光東照宮
普段は空いている奥社参道も・・・

_IMG_2022
初詣かってほどの大混雑・大行列。前になかなか進みません。

日光東照宮
奥社に辿り着きました。

日光東照宮
ここでも御朱印がいただけます。
書き置きなので空いていました。


日光東照宮
とりあえず自然にできている順路と行列に従って回ります。

日光東照宮
ワタクシは数回目なので、ただただ周囲を回ります。

日光東照宮
でも叶杉には手を合わせておく。

日光東照宮
奥社の階段から見た建物群。

日光東照宮
拝殿にも並んで入りました。(同行者の希望により)

日光東照宮
空いているところは何処にもない東照宮境内。
外国人観光客もタイミングが良かったのか悪かったのか。


日光東照宮
同行者が龍の絵を見たいとのことで、ここでも並びます。

日光東照宮
最後は並ばずに見られる、三猿を激写。

日光東照宮
日光東照宮
日光東照宮
塗装についてのコメントは差し控えたいと思います。

日光東照宮
でも見慣れると「こんなものかな」という気もする不思議。

日光東照宮
往路とは違うルートで神橋に戻ります。

日光東照宮
保護云々以前に、ここを下るのはリスキー。

20190501
今回頂いた書き置きにはシールが付いていました。
っていつも付いていたのかな?

並んで待つという修行を日光山にしに行ったような一日でした。

ワタクシ一人だったら色々すっ飛ばしたと思います。

当初、二荒山神社にも行こうと思っていたのですが、

タイムアップでした。

日本全国の寺社仏閣が御朱印目当ての人々で混んだらしいので、

他の観光地は逆に空いていてねらい目だったのでは? と思えました。

実際はどうだったか知りませんけれど。

ちなみにこの後、ランチを狙っていたお店は臨時休業でした。

みはし
無念なり。以前の記事はコチラ


【2016年】
栃木県日光市『日光東照宮』に行ってきた。【その壱】
栃木県日光市『日光東照宮』に行ってきた。【その弐】
栃木県日光市『日光東照宮』に行ってきた。【その參】

日光東照宮
【日光東照宮(にっこうとうしょうぐう)】

栃木県日光市山内2301
営業時間[4月~10月] 8:00~17:00,[11月~3月] 8:00~16:00
(各期間とも受付は閉門30分前に終了)
拝観料:[大人・高校生]1300円 [小・中学生]450円
※チケット購入にはSuicaが使えます(自動券売機にて)


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港区元赤坂『迎賓館赤坂離宮(国宝)』を母と見学してきた。

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1909年(明治42年)に紀州藩の屋敷跡に建てられた旧東宮御所は、ジョサイア・コンドルの弟子にあたる片山東熊(かたやまとうくま)の設計です。初めて国宝に指定された明治期以降の建築物です。 表慶館(東京国立博物館)、京都国立博物館、奈良国立博物館、新宿御苑御休所も片山東熊の設計です。
しかし、東宮御所の建設に心血を注いで完成報告を明治天皇に行ったところ、「贅沢すぎる」と言われてショックを受け、病気がちとなったとか。

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せっかく完成しても、皇太子時代の大正天皇がここを使用することは、やはり殆どなかったそうです。しかしその後、皇太子時代の昭和天皇一家が使われたそうで、昭和天皇即位後は離宮として扱われることになり、赤坂離宮と名称が改められました。

現在の迎賓館は村野藤吾と谷口吉郎(和風別館)の設計により、外国賓客に対する迎賓施設として改修され、1974年(昭和49年)に完成したものです。

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公開されている場所は、本館・庭園(主庭及び前庭)、和風別館・庭園です。
本館の参観エリアは、羽衣の間、朝日の間、彩鸞の間、花鳥の間、玄関ホールなどで、入館料が掛かります。本館の前庭及び主庭だけの見学は無料です。和風別館は事前予約が必要…だったと思います(HPをご確認ください)。

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今回、我々は事前予約をしていなかったので、開門前に正面から並び、その後西門から入場。手荷物、所持品等の検査を受けた後、券売機で入場券を購入。本館に向かいました。

実はワタクシは大昔に抽選で入館したことがあります。
その頃はもっとボランティアが沢山居た気がします。今回久々に本館に入りましたが、以前より(雰囲気が)緩くなっている気がしました。

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噴水も国宝。

ちなみにGWは混むそうです。確かに観光地としては手軽で内容も良い気がします。平成最後の~とか、令和最初の~とかいう記念としても記憶に残るかも?

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ところどころに植わっている赤松が、
ここが日本であると実感させてくれます。


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この出入り口の右側に主庭があります。

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主庭側から見た本館(端)。

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庭には名残の桜がほのかに残っていました。

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前庭側から見た本館。

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正面の車寄せを進んでみる。

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正面玄関の扉には桐紋(日本政府の紋章)があしらわれていました。
※三つある扉の中央には菊の御紋があしらわれています


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鳳凰の意匠は頻繁に目にした気がします。

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こちらも国宝に指定されている衛舎。
中央の道を挟んで左右にあります。

本館内は撮影禁止。しかし、立派なパンフレットが入口で配布されますので、それで十分かと思われます。入館料の一部はパンフレットとして還元されているんですねぇ。
抽選時代には無かったものなので、これは良い記念になるなと思います。

ちなみに母は、イヤホンガイドを借りて(200円)ゆっくりと見学し、満喫したようでした。良い天気・良い気候だったので、待つのもそれほど苦では無かったかなと思っています。
早朝は空いていましたが、帰る頃には混んでいたので、意外と人気観光地なのかも。
早めに来て見学する方がいいんじゃないかと思います。

見学後、ここからホテルニューオータニに向かおうかとも思ったのですが、若干歩くし、今日は結婚式が多そうで混んでいそうだったので、我々は東京駅に向かったのでした。


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【旧東宮御所(迎賓館赤坂離宮)】

東京都港区元赤坂2-1-1
公開時間 10:00~17:00(最終受付16:00)
本館・庭園参観料(現金のみ)
一般:1,500円、大学生:1,000円、中高生:500円、小学生以下無料
※本館参観の19名以下の個人の方については事前予約不要
https://www.geihinkan.go.jp/akasaka/visit/


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長野県長野市『善光寺』で平成最後の3月の御朱印をいただく。

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そういえば、善光寺で御朱印を頂いたことがなかったと気づきましで、

青春18きっぷで母とちょっくら長野までやって参りました。

御朱印に惹かれて善光寺参りって感じです。

前回参拝したのは2016年の夏

今回はその時よりも、かなりじっくりと参拝することができました。

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敷石が敷き詰められた参道は史跡になっているっぽい。

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7000枚弱の石板が敷かれています。

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[仁王門]
扁額には「定額山」という山号が書かれています。


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[阿形]

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[吽形]

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仁王像は、巨匠・高村光雲と米原雲海の合作です。


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木鼻の獅子は頭にイラクサのような冠をかぶっていました。キリストっぽい?

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垣根に使われているトゲのある植物を利用しているようです。
鳥除けなんでしょうけど、グッドアイデアですね~

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仁王門の背後右裏に「三宝荒神」、左裏に「三面大黒天」が安置されています。

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ガードが固くてスマホでは撮影できませんけどね。

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[三門]
五間三戸二階二重門、入母屋造、檜皮葺
国重要文化財

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[本堂]
国宝


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桁行十四間、梁間五間、一重もこし付、撞木造、妻入、
正面向拝三間、 軒唐破風付、両側面向拝各一間、総檜皮葺


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提灯の上に雀が。
(クリックで拡大)


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内側の木鼻の生き物がハリーポッターに出てくるドビーに似ている。

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銅板に記された文字は鮮明ですが、
左側の木板に記された文字は消えているようでした。
何が記されていたんだろう?


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本堂から三門を眺む。
境内に人が増えて参りました。


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謎の岩が本堂の左右に設置されています。

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本堂を脇から眺む。
本堂の裏側には石塔が並んでいました。


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千人塚と称される供養塔。
慶長年間に起こった百姓一揆の犠牲者を弔うものらしいです。
よく見れば朱に塗られていますね。


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本堂を真裏から眺む。

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[経蔵]
桁行五間、梁間五間、一重、宝形造、檜皮葺、八角輪蔵付
国重要文化財


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くしゃみと闘いながらの参拝となりましたが、

ゆっくりと外周を散策し、かなり興味深かったです。

預けてあった御朱印帳を受け取りに向かいます。

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この建物内部で御朱印がいただけます。

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5種類ほどある中から2種頂くことにしました。

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そして今月限定の御朱印(書置き)も頂きました。

一生涯のうち、何度、善光寺参りができるかしら?

と、ふと思ってみたり。


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【善光寺】

長野県長野市元善町491
本尊:一光三尊阿弥陀如来(絶対秘仏)
創建年:644年


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栃木県足利市『鑁阿寺』境内のイチョウの木が凄かった。

鑁阿寺
国宝に指定されている本堂。

本日は早朝より足利市に居りました。

朝は爽やかな気候だったのですが、夕方に向かうにつれ湿度も気温も上昇。

しかし秋ですし、晴れていますし、何より便利なので、レンタサイクルを借り、

ぐるぐるとサイクリングしておりました。

そんな本日の観光スタートは、ここ、鑁阿寺です。

ワタクシは何度も来ているもんで殆ど写真は撮りませんでしたが、

そんな中、今の時期ならではの光景を目撃しました。

それが境内にあるイチョウの木。

御神木の巨樹と、それほど太くはないものの大きく見える集合樹。

特に後者は、なかなかに面白い光景でした。

鑁阿寺
鑁阿寺のご神木。

鑁阿寺
しめ縄で囲われています。

鑁阿寺
説明はクリックで拡大。

鑁阿寺
こちらが“後者”のイチョウの集合体。

鑁阿寺
三本集まって大きな樹の様相を醸し出しています。

鑁阿寺
ワサワサと音がしそうに生い茂った葉。

鑁阿寺
その根元には大量の落下物があります。

鑁阿寺
銀杏の実です。
サクランボみたいな双子の実を発見。


鑁阿寺
見上げると三本のうち2本が雌の木でした。

鑁阿寺
たわわに実が生っています。

鑁阿寺
そりゃぁ、もう、凄い量です。
こんなに実が生っているのを初めて見ました。


鑁阿寺
こうやって見ると美味しそうに見えますが、
外皮は毒性があり触るとかぶれます。


鑁阿寺
落下していない実はとてもきれい。

鑁阿寺
実が落ちずに葉が落ちている枝もありました。

これだけの銀杏が落下して、食用部分が手に入るなら、

それはそれで価値があるかも。

と俗物まみれなことを鑁阿寺境内で考えてみたり。

下が土だと、落下した実はアスファルトに落ちた実よりも臭いません。

全く臭わないわけでは無いですけどね。

なかなか見応えのある樹だったもんで、

しばらくここで同行者と二人して樹を眺めていました。

鑁阿寺
[鐘楼]
国登録重要文化財


鑁阿寺
[多宝塔]
栃木県指定有形文化財


鑁阿寺
[御霊屋]
栃木県指定有形文化財


鑁阿寺
[経堂]
国登録重要文化財


おかげさまで、今日も良い一日でした。



鑁阿寺
【鑁阿寺(ばんなじ)】

栃木県足利市家富町2220
国の史跡:足利氏宅跡(鑁阿寺)
宗派:真言宗大日派
開基:足利義兼
別称:大日様


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神奈川県鎌倉市『建長寺』の庭園は夢窓疎石の作なんですって。

建長寺


夢で見て以来、訪れたいなぁと思ってたのが建長寺。

本日は鎌倉在住の方に案内して頂き、

北鎌倉の寺院巡りをして参りました。

午前中は小雨が降っていましたが、午後から快晴。

雨傘が日傘に変わる一日でした。


建長寺
[山門(三門)]
国指定重要文化財。
安永4年(1775年)上棟。
重要文化財登録名称は「建長寺山門」。


建長寺

建長寺
三手先(みてさき)の斗栱。

建長寺
三間一戸の二重門になっています。

建長寺
下層はすべて吹き放しになっています。

建長寺
「賓頭盧尊者」は釈迦の弟子の1人らしいてず。

建長寺
撫でると除病の功徳があるとされるそうな。
色が変わっている部分が皆の身体の悩みなんですねぇ。
ワタクシは右肩を撫でておきました。


建長寺
ビャクシン(白槙、和名:イブキ)の古木。

建長寺
[梵鐘]
国宝


建長寺

建長寺
正岡子規の句はオリジナルではなかったのですね。

建長寺
関東の筆頭鋳物師の物部重光により鋳造。
鎌倉三名鐘の一つなんですって。
(他は円覚寺、常楽寺のもの)


建長寺
[仏殿]
国指定重要文化財
港区芝の増上寺にあった徳川秀忠夫人崇源院の霊屋(たまや)を
建て替えに際し譲渡され、移築。


建長寺

建長寺
禅宗の仏殿ではなく、霊廟建築。
堂内には本尊の地蔵菩薩坐像(室町時代)などが安置されている。


建長寺
この斗栱は五手先・・かな。

建長寺
彫刻が施された数少ない組物。
奥に鳥の巣があるようで、鳥が出入りしていました。


建長寺
この部分だけ色彩が残っています。

建長寺
格天井には鳳凰が描かれているようですが、
かなり風化しています。


建長寺
壁面の天女も同様。

建長寺
壁に貼られていたであろう金箔も剥がれていました。

建長寺
裏から見た仏殿。

建長寺
[法堂]
国指定重要文化財
文化11年(1814年)上棟。


建長寺

建長寺
鎌倉に住んでいた日本画家・小泉淳作の「雲龍図」。

建長寺
鎌倉最大級の木造建築。

建長寺
本尊の千手観音坐像が安置されています。

建長寺
[唐門]
国指定重要文化財


建長寺
仏殿と同じく、増上寺の徳川秀忠夫人崇源院霊屋から移築したもの。

建長寺

建長寺
[大庫裡]

建長寺
[方丈]
京都の般舟三昧院から移築したもの。


建長寺
[庭園と得月楼]
庭園は夢窓疎石の作といわれています。


建長寺
鶺鴒らしき鳥が何かを啄ばんでいました。

建長寺
落雷か何かで伐採されたらしい大木の根。
かなり立派な樹だったんでしょうね。


足利尊氏は「禅宗の五山」の第一位に南禅寺と建長寺、

第二位に円覚寺と天竜寺、第三位に鎌倉の寿福寺、

第四位に京都の建仁寺、第五位に京都の東福寺、

次席に浄智寺を選定しましたが、

現在は別格上位に南禅寺、第一位に天龍寺と建長寺、

第二位に相国寺と円覚寺、第三位に建仁寺と寿福寺、

第四位に東福寺と浄智寺、第五位に万寿寺と浄妙寺とされています。

どのみち建長寺は五山の第一位なんですね。

その建長寺の夢を何故見たのかは謎ですが、

足を運ぶことが出来て、とてもスッキリしました。

気分的にスッキリしただけで、特に何もなかったんですけどね。

ずいぶんとスッキリ整備された境内で、

観光客の多さも気にならないほどの規模には驚きました。


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[右]建長寺の御朱印
[左]長寿寺の御朱印



建長寺
【建長寺(けんちょうじ)】

神奈川県鎌倉市山ノ内8
(北鎌倉駅から徒歩約16分)
拝観時間 8:30~16:30
拝観料:大人(高校生以上)500円
山号:巨福山(こふくさん)
宗派:臨済宗建長寺派
本尊:地蔵菩薩


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今朝の地震で妙喜庵(みょうきあん)にある国宝「待庵」の土壁に亀裂が入ったらしい。

妙喜庵
[妙喜庵(みょうきあん)]

大阪府北部で震度6弱を観測した地震で、京都府大山崎町にある寺の「妙喜庵」では、千利休が造ったとされる茶室で唯一現存する国宝「待庵(たいあん)」土壁の外側に亀裂が入った。
見学は事前に申し込んだ人のみが対象で、通常通り受け入れる予定。
毎日新聞 6月18日 12:11配信

京都府教育委員会文化財保護課によると、大山崎町の妙喜庵内にある千利休ゆかりの茶室待庵(国宝)の壁や書院(重要文化財)の欄間で一部破損が見つかった。
同町の戦前のモダン住宅「聴竹居(ちょうちくきょ)」(重文)の母屋の窓ガラスや土壁などにも被害があった。
京都市内では、東山区の三十三間堂で本造千手観音立像(重文)の装飾品の一部が落下。
下京区の西本願寺境内(国史跡)で土塀の瓦が破損したという。
ほかにも、社寺で屋根瓦や灯籠がずれたり、倒れたりしたとの情報があり、確認作業を進めている。
京都新聞 6月18日 11:00配信


昨年の春に吟行で行った山崎

その際、妙喜庵(みょうきあん)も見学し、国宝の待庵も観ましたが、

あの土壁が被災したと知り、ちょっと驚きました。

重要文化財の聴竹居(ちょうちくきょ)も被災したようです。

そのそばのサントリー山崎蒸溜所は大丈夫だったのかしら?

いろいろいろいろ気になります。

妙喜庵
妙喜庵の強い意思を感じる注意書き。


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兵庫県神戸市『太山寺(たいさんじ)』の本堂は神戸市唯一の国宝建築物です。【その弐】

太山寺
[太山寺 本堂(国宝)]


その壱】のつづき。

太山寺(たいさんじ)は「播州太山寺縁起」によると、

716年(霊亀2年)に藤原鎌足の孫である藤原宇合(うまかい)の発願・建立で

藤原鎌足の長男、定恵(じょうえ)が開山したと伝えられています。

(藤原鎌足の次男は藤原不比等)

定恵は若くして出家し、遣唐使とともに唐に渡ったそうです。

ちなみに創建時の建物は1285年(弘安8年)の火災で焼失しています。


太山寺
本堂から中門を見下ろす。

太山寺 阿弥陀堂
[阿弥陀堂]
1688年(貞享5年)再建。
重要文化財の阿弥陀如来坐像(鎌倉時代)が安置されています。


太山寺 阿弥陀堂
同じく阿弥陀堂。
渡廊下の先が途切れています。
元は修行堂だったそうです。


太山寺 阿弥陀堂
阿弥陀堂正面。
柵から堂内を覗くと、金色に浮かぶ阿弥陀如来坐像が目に入ります。
素晴らしいです。


太山寺 阿弥陀堂
こちらの阿弥陀如来坐像(重要文化財)は、
平等院鳳凰堂にある阿弥陀如来坐像と
近しい大きさ(約2.74m)なのだとか。


太山寺 阿弥陀堂
割とシンプルな手挟み(たばさみ)。

太山寺 阿弥陀堂
お堂の脇で桜が満開になっていました。

image
image
image
今が見ごろですね。


羅漢堂
[羅漢堂]
江戸時代後期の建築。
四天王像および十六羅漢尊像が安置されていますが、
見学は出来ません。


羅漢堂
唐破風の下の蟇股。

太山寺
立派な唐破風、花頭窓の付いた分かりやすい仏教建築。

太山寺
奥にも建物があります。

羅漢堂 釈迦堂
羅漢堂の奥には釈迦堂があります。
この「本殿」「拝殿」のような造りが気になって仕方が無い。
神仏混淆(しんぶつこんこう)の名残りなんでしょうか?


釈迦堂
[釈迦堂]
江戸時代後期の建築。
釈迦三尊像が安置されていますが、見学は出来ません。


釈迦堂
肉眼では見えませんでしたが、これはどうやら龍の彫刻みたいですね。

釈迦堂
口を開けた龍・・・ってことでいいかな?

釈迦堂
こちらは鳳凰。

釈迦堂
木鼻には獅子と獏?

釈迦堂
焔があるから獏だと思う。

釈迦堂
こちらは耳が大きいから象でしょうね。

釈迦堂
こちらも象。

釈迦堂
これは唐獅子。

釈迦堂
以上の木鼻が見られる釈迦堂。

釈迦堂
釈迦堂の不思議な形状の新しい屋根瓦。

鐘楼
[鐘楼]
鐘は自由につける・・・らしいです。
真偽のほどは定かではありません。


護摩堂
[護摩堂]
江戸時代中期の建築(宝形造り)。
大黒天像、不動明王像、毘沙門天像が安置されていますが、
見学は出来ません。


太子堂
神社の名残である鳥居が残っています。

太子堂
[観音堂(太子堂)]
元来鎮守三社権現として平安後期以前に創建されたらしいです。
現在ある建物は江戸中期のものと想定されています。
明治期の神仏分離で聖徳太子を祀る太子堂となりました。


太子堂
蟇股の彫刻もそれぞれ興味深いのですが、
破損しているものも多々あります。


太子堂
建物裏側の蟇股。
鳳凰らしき彫刻の首が破損しています。


太山寺
観音堂が神社だった頃には御神木だったんじゃないか
と思える巨樹が隣にありました。


太山寺
観音堂下の池。
カエルの鳴き声と、池に飛び込む水音がします。


太山寺
カエルは見あたりませんでしたが、
まるまるとしたオタマジャクシが沢山泳いでいました。


三重塔
[三重塔]
県指定有形文化財。
1688年(貞享5年)の江戸時代前期の建築。
大日如来像と四天王像が安置されているそうですが、
内部は見学できません。


三重塔
各層四隅の尾垂木に邪鬼が置いてあるようです。

太山寺
案内板が風化でよく見えなくなっていました。

太山寺
奥の院への道標。
「太山寺風致地区」として周辺55.9haの自然が保護されています。
原生林は県指定文化財。


太山寺
太山寺川上流東岸の花崗岩岩肌に
等身大の磨崖仏(磨崖不動明王・市指定文化財)が刻まれているそうです。
(我々は観に行っていません)


太山寺
[閼伽井(あかい)橋]
橋を渡ると稲荷舎・地蔵堂があります。


太山寺
岩が並ぶ川に、勾玉のような形の巨石がありました。

太山寺
[息游軒遺跡]
明治維新の理論的基盤を構築した陽明学者「熊沢蕃山」の閉居跡。
ここ太山寺に幽閉されていたそうです。


image
梅も桜も咲いていますが、椿も咲いていました。


こうして様々な神社仏閣を見て歩くと、

神仏混淆(しんぶつこんこう)と、明治の神仏分離について調べたくなりますね。

廃仏毀釈で破壊されたものはどれだけあったんだろう。

と思うと、明治新政府の理想とやらが気になって参りました。

次の旅からは、それらを含めて見て回りたいと思います。

それはそうと、『太山寺(たいさんじ)』は大変良いところでオススメです。


太山寺
拝観受付で頂いた御朱印。



太山寺
【太山寺(たいさんじ)】

兵庫県神戸市西区伊川谷町前開224
宗派:天台宗
本尊:薬師如来、十一面観音
創建年:霊亀2年(716年)
開基:藤原宇合
新西国三十三箇所 25番,神戸十三仏霊場 4番,神戸六地蔵 1番,
播州薬師霊場 1番, 明石西国観音霊場 26番,明石西国観音霊場 23番(龍象院)


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兵庫県神戸市『太山寺(たいさんじ)』の本堂は神戸市唯一の国宝建築物です。【その壱】

三身山 太山寺
[太山寺(たいさんじ) 本堂]
建立期:鎌倉後期永仁年間(1293年~1299年)

国宝


神戸市内で国宝に指定されている唯一の建築物がある『太山寺(たいさんじ)』。

国の重要文化財に指定されているものは、仁王門、阿弥陀如来坐像をはじめ18件。

なのに全国的認知度はかなり低いと申せましょう。

ワタクシの周囲の認知度は関西出身者を含めてもゼロでした。

南北朝時代に、南朝方勢力として支院41ヶ坊に僧兵を有していた太山寺。

現存する支院の一つである安養院には、

安土桃山時代の枯山水名園があり、国の名勝に指定されています。

本日は母と三宮駅から神戸市営西神・山手線(西神中央行)で伊川谷駅まで行き、

伊川谷駅からタクシー(1,080円/片道)で現地に向かいました。


太山寺 仁王門
[仁王門]
国指定重要文化財


太山寺 仁王門
新西国三十三箇所25番札所でもあります。
ちなみにココにバス停があります。


太山寺
バスの時刻がわかり易く1時間に1本。

太山寺 仁王門
他の場所にあったものを現在の場所に移築したと伝えられています。
室町時代中期の建築物で、入母屋造、本瓦葺、八脚門。
棟高は8mあります。


太山寺 仁王門

太山寺 仁王門
仁王像は菱格子で覆われています。

太山寺 仁王門
阿行(あぎょう)像を隙間から激写。

太山寺 仁王門
ガラスらしきものが填め込まれた眼球。

太山寺 仁王門
もっと詳しく見たいものの、格子で見えません。

太山寺 仁王門
吽形(うんぎょう)像。

太山寺 仁王門
仁王門の周囲に車道があるため、柵が設けられています。

太山寺 仁王門
屋根瓦は比較的新しい感じ。
鬼瓦が見えますが、表情までは見えませんでした。


太山寺 仁王門
もしかしたら鬼瓦だけは古いものなのかも。

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仁王門を出て、参道を歩きます。
途中のあぜ道に土筆が生えていました。


太山寺
広大な駐車場の奥にあった石垣。
城の石垣のような反りが見られます。


太山寺
基礎になっている石はかなり大きな一枚岩みたい。

安養院
太山寺は、支院41ヶ坊・末寺8寺・末社6社を有していたそうですが、
現在は龍象院・成就院・遍照院・安養院・歓喜院の5坊が残っているのみ。


安養院
[安養院(太山寺安養院庭園)]
石組みで表現した枯池式枯山水が見られるそうです。


安養院
安養院庭園(国指定名勝)の一般公開予定日は
4月27日~5月5日。


安養院

安養院
わき道から安養院内にある江戸時代中期の茅葺民家が見えます。

中門
[中門]
門をくぐった左側に受付があり、300円の拝観料を支払います。
震災の影響なのか、石段のずれが散見されました。


三身山 太山寺
[手水舎]

三身山 太山寺
手水鉢は大きな石をくり貫いたもので、
ワタクシにはかなり良いものに見受けられました。


三身山 太山寺
国宝への階段。
本堂は寺院建築には珍しい蔀戸(しとみど)が見られます。


三身山 太山寺

太山寺 本堂
蔀戸の上部が持ち上げられ、下部が撤去され、
開口部となっています。


太山寺 本堂
本堂は密教本堂式と呼ばれる形態です。

太山寺 本堂
この黒い開口部が蔀戸(しとみど)。

太山寺 本堂
桁行7間、梁間6間。

太山寺 本堂
懸魚は猪目(いのめ)懸魚。

太山寺 本堂
本堂外陣。
昭和39年(1964年)に解体修理され、内外の朱も塗り直されています。


太山寺
側面は蔀戸はごく一部だけで、他は板戸などになっています。

太山寺 本堂
本堂正面の石階段。
木製じゃなくて石段ってところが安定していて良いですね。


太山寺 本堂
白漆喰の亀腹(かめばら)。
震災では、この亀腹に亀裂が入ったそうです。


太山寺 本堂
朱塗りの柱と黒塗りの蔀戸、白漆喰の壁のコントラストが良いですね。

太山寺 本堂
本堂前の梅が満開でした。

_IMG_5361
杏と梅の接木と書いてありますね。

三重塔
梅越しの三重塔。

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_IMG_5363
地面には埋めの花弁が舞っていました。見ごろは過ぎているようです。



その弐】につづく。


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そしてこれから桜が見ごろに。



太山寺
【太山寺(たいさんじ)】

兵庫県神戸市西区伊川谷町前開224
宗派:天台宗
本尊:薬師如来、十一面観音
創建年:霊亀2年(716年)
開基:藤原宇合
新西国三十三箇所 25番,神戸十三仏霊場 4番,神戸六地蔵 1番,
播州薬師霊場 1番, 明石西国観音霊場 26番,明石西国観音霊場 23番(龍象院)


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静岡県静岡市『久能山東照宮』は国宝や重要文化財に指定されている建物群がある徳川家康を祀る神社です。【その弐】

久能山東照宮



その壱】のつづき。


梅や桜が咲き乱れる境内。


花粉も多く飛散していたようですが、この日は何故か被害には遭いませんでした。


さて、国宝である本殿、石の間、拝殿を見た後、廟門をくぐって廟所に向かいました。


ここは石垣天国。


天国?


image

久能山東照宮
ロープウェイの駅からスタートしたもんで、下の階段は使っていません。

久能山東照宮
[唐門]
国指定重要文化財
置いてあったベンチに座ってみたら、そこが梅も入るベストポジションでした。


久能山東照宮
唐門は正面から撮ると彫刻が写らないんですよねぇ。

久能山東照宮
[拝殿]
国宝
改修されていて、何もかもが真新しく見える。


久能山東照宮
[廟門]
国指定重要文化財
廟所に通ずる門です。


久能山東照宮
[玉垣]
国指定重要文化財
※御社殿の周囲にめぐらされた垣の、これは極一部です


久能山東照宮
防火用の水を溜める甕は地中に半分埋まっているっぽい?

久能山東照宮
[廟所参道]
国指定重要文化財
石畳すら整然としていて美しいのです。


久能山東照宮
久能山東照宮
東照宮に置く石灯篭って、大大名じゃなきゃ奉納する権利が無い
って聞いたことがあるけれど、ここでもそうなのかしら?


久能山東照宮

久能山東照宮
丸くなった石階段が整形された石階段の脇にありました。
これは古そうですね。


久能山東照宮
美しく整えられた階段。

久能山東照宮
石垣もかなり美しいです。

久能山東照宮
これは整層積み、かな。
完璧に積まれた石垣に見惚れますわ。


久能山東照宮
チェス盤のように美しい石畳。

久能山東照宮
階段の最上段には溝がありました。

久能山東照宮
[廟所宝塔(神廟)]
国指定重要文化財


久能山東照宮

久能山東照宮
神廟の周囲は、美しく整えられた石垣で囲われています。

久能山東照宮
ここまで大々的に祀られた戦国武将は他に居ないでしょうね。
凄いな、徳川家。凄いぞ江戸時代。


久能山東照宮
宝塔の四隅に唐銅の風鐸が掛かっています。

久能山東照宮
正面の灯篭には、宝塔の製作者である幕府お抱え鋳物師
椎名伊豫の名が刻まれていました。


久能山東照宮

久能山東照宮
以前の御神木は杉で、伐採されたそうです。
こらは新しい御神木の楠。


久能山東照宮
上から見た廟所参道。

久能山東照宮
上から見た本殿と拝殿の屋根。

久能山東照宮
どこの石垣かは忘れましたが、こちらも美しいです。

image

久能山東照宮
今回、全ての灯篭をスルーしたことに今気づきました。

久能山東照宮
鳥居の奥に見えるのが楼門。

久能山東照宮
明神系鳥居。
笠木の反りが凄いですね。


久能山東照宮
鳥居の下の石段。
かなり急です。怖いです。


久能山東照宮
3年後まで整備は続くんですね。

久能山東照宮
頂いた御朱印。
綺麗ですね。



蛇足ですが、神楽殿で静岡県ならではのものを見ました。


久能山東照宮
[神楽殿]
国指定重要文化財


久能山東照宮
この日は3月3日。
桃の節句らしいものを見たのはここだけだった気がします。


久能山東照宮

久能山東照宮
神楽殿の端に置かれたショーケース。

久能山東照宮
静岡と云えば、あのプラモデルですね。

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ジオン公国の「黒い三連星」。

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セイラさんとアムロ。



久遠寺のあの石段に比べたら可愛いものだと思えますが、


よく考えたら、我々、下から登った訳ではないんですよねぇ。


通しで登ったら1000段以上はありそうなので、


ロープウェイがあって良かったと思いました。


下の遺構を見られないのは残念ですが、


たぶん当地の再訪は体力的にもできないんじゃないかなぁ。



久能山東照宮
【久能山東照宮(くのうざんとうしょうぐう)】

静岡市駿河区根古屋390番地
主祭神:徳川家康(東照大権現)
創建:元和2年12月(1617年1月)
https://www.toshogu.or.jp/

【JR静岡駅からの行き方】
しずてつジャストライン日本平線
「日本平ホテル・日本平ロープウェイ」行きで終着まで
片道50分程度・580円
11番乗り場より乗車
(Suicaが使えます)
あまり頻繁には出ておらず8時13分が最も早い便でした
一時間に一本程度なので結構混みます

日本平ロープウェイ
日本平駅⇔久能山駅 往復乗車券1,100円
11時以降は10分おきに出ています。乗車時間は片道5分程度


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静岡県静岡市『久能山東照宮』は国宝や重要文化財に指定されている建物群がある徳川家康を祀る神社です。【その壱】

久能山東照宮


長らく行きたいと思っていた『久能山東照宮』に、


千葉県民Tと二人、青春18きっぷを利用して行って参りました。


日本平に建つ久能山東照宮は、国宝である本殿・石の間・拝殿以外に、


複数の重要文化財に指定される建物群がある、徳川家康を祀る神社です。


元和2年(1616年)徳川家康が死去し、その遺命により同地に遺骸が埋葬されました。


家康の遺命は、


「遺体は駿河国の久能山に葬り、江戸の増上寺で葬儀を行い、三河国の大樹寺に位牌を納め、一周忌が過ぎて後、下野の日光山に小堂を建てて勧請せよ、関八州の鎮守になろう」
本光国師日記より



というもので、久能山への埋葬の他に日光山に神社を造営することも遺命だったため、


ほぼ同時期に日光東照宮の造営が開始されています。


国宝!!ってことで、かなり期待して向かったのですが、


ワタクシの未熟な感性と知識では、その価値がいまいち理解できませんでした。


平成13年から21年にかけて大修復が行われたらしいのですが、


そのせいか、ビビッドな彩色で時代を感じさせず、


あまり感銘を受けませんでした。


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社務所で500円を納め、御朱印帳を預けて参拝スタートです。

久能山東照宮
山道なので杖が借りられます。

久能山東照宮
[楼門]
国指定重要文化財


久能山東照宮
正面の扁額は後水尾天皇の宸筆で、
この門は別名「勅額御門(ちょくがくごもん)」とも呼ばれています。


image
image
正面左右に随身(ずいしん)像がありますが、
随身門とは言わないんですね。


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今回は蟇股はノーチェックでした。

image
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裏側には狛犬があります。
※角のない方が獅子、角のある方が狛犬です。


久能山東照宮
楼門をくぐると左側に小さな建物があります。

久能山東照宮
[神厩(しんきゅう)]
国指定重要文化財
左甚五郎作といわれる木造の神馬。
ペッタリと塗料が塗られていて良さがイマイチ伝わらない。


家康梅
[家康梅]

大寒桜
大寒桜
[大寒桜]

河津桜
河津桜
[河津桜]

久能山東照宮
鳥居をくぐると正面に唐門が見えます。

久能山東照宮
左側には基礎のみ残された遺構があり

久能山東照宮

久能山東照宮
ここに五重塔があったんですね。
神仏混交の名残り・・・ってか、中央の穴は何なんでしょう?


久能山東照宮
[鼓楼]
国指定重要文化財
創建当時は鐘楼(しょうろう)があったそうですが、
神仏分離の際に鐘を太鼓に替えて残したらしいです。


久能山東照宮
[神饌所(しんせんじょ)]
国指定重要文化財
正保4年(1647年:将軍は徳川家光の頃)の建築。


久能山東照宮
[唐門]
国指定重要文化財


久能山東照宮
黒漆喰が塗られた唐破風屋根に金が映えます。

久能山東照宮
この階段は現在使用できず、唐門から入ることもできません。

久能山東照宮
幣帛(へいはく)料:
祭祀において神々に対する報賽や祈願などのために奉られるもの


久能山東照宮
[神庫(しんこ)]
国指定重要文化財


久能山東照宮
ここは校倉造りの建物になっています。

久能山東照宮

久能山東照宮
[日枝神社]
文化財登録名:末社日枝神社本殿(旧本地堂)
国指定重要文化財
御祭神は大山咋命(おおやまくいのみこと)。


久能山東照宮
家康の御遺訓が彫られていますが、読めませんでした。

image

久能山東照宮
[東門]
国指定重要文化財
透塀の先が拝殿になります。


久能山東照宮
透塀の下にも彫刻がありますが、今回はスルー。

久能山東照宮
[家康公御手植のみかん]
駿府城本丸跡にある家康手植えの蜜柑を移植したものらしいです。


久能山東照宮
小ぶりな木ですが、実がなるんですねぇ。

久能山東照宮
[拝殿]
国宝
全国に数多く創建された東照宮の原型です。


久能山東照宮
拝殿の向拝。

久能山東照宮
手挟みは全て違う意匠のようですね。

久能山東照宮
元和3年(1617年)の建立。
最古の東照宮建築として平成22年に国宝に指定されました。


久能山東照宮
江戸幕府大工棟梁中井大和守正清の代表的な遺構と言われています。
※江戸城、二条城、知恩院、増上寺も代表的遺構


久能山東照宮
こんな模様のマスキングテープがあったら買っちゃうかも。

久能山東照宮
唐門から鳥居を見下ろす。
唐門の彫刻群がみごとです。


久能山東照宮
唐門の唐破風部分。

久能山東照宮
[本殿]
国宝


久能山東照宮
唐獅子もダイナミックです。ってか、大きい。

久能山東照宮
家康公が祀られているため、千木は外削ぎになっています。

久能山東照宮
極彩色の斗栱(ときょう)。

久能山東照宮
[本殿(西側)]

久能山東照宮
こちらの唐獅子はユーモラスな表情です。

久能山東照宮
本殿の亀腹。ちょっと風化しちゃってますね。

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徳川家康の手形。
家康は小柄だったんですねぇ。
でも手はワタクシよりも大きかったようです。



その弐】につづく。



久能山東照宮
【久能山東照宮(くのうざんとうしょうぐう)】

静岡市駿河区根古屋390番地
主祭神:徳川家康(東照大権現)
創建:元和2年12月(1617年1月)
https://www.toshogu.or.jp/


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奈良市登大路町『興福寺(こうふくじ)』の国宝群と御朱印。【写真多用】

興福寺


法相宗の大本山である興福寺は、

「古都奈良の文化財」の一部として世界遺産に登録されているお寺です。

学生時代に東洋美術の授業で来たような気もするのですが、

全く興味がなかったので覚えていません。

覚えているのは、奈良で教授おすすめの釜めしを食べて帰ったぐらいかな。

当初のブランがバスの乗り間違いという失策により立ち消えになったもんで、

母のすすめで興福寺にやって参りました。

結果、すべてが素晴らしくて、以降、楽しさいっぱいの奈良観光となりました。

ありがとう、興福寺。

興福寺
今年1月1日よりリニューアルオープンした国宝館。
この脇から境内に入ったので、まずはこちらに入館致しました。
早朝だったもんで館内はガラ空き。
ほぼ独占状態で観ることが叶いました。
千手観音像と仁王像、阿修羅像をじっくりと!


興福寺
[国宝館]
国宝と重文だらけで、凄まじく見ごたえのある国宝館でした。
仏像が好きそうな甥っ子がここに来たら感動するんじゃないかな。


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入口のチケット売り場と出口の売店で販売しているリーフレット。
手に持ちやすいサイズで収蔵品が写真で説明されています。
一部100円と手頃な価格。


興福寺
全部で十数種類あるっぽい興福寺の御朱印。
全部を頂くのは大変なので、見学した個所のものを頂きました。


興福寺
再建中の中金堂(ちゅうこんどう)。
この向かいの南大門跡に南大門も再建する予定だそうです。


にほい袋
再建の寄進も兼ねた匂い袋は200円。
出口付近に箱が置いてありました。


image
売店でオリジナルのふりかけが売っていました。
迷わず全部買い。
「あお」「に」「よし」の3種類です。
※青丹よし:「奈良」にかかる枕詞
奈良ならでは~


興福寺
[東金堂(とうこんどう)]
国宝
神亀3年(726年)創建。
現在の建物は応永22年(1415年)の再建の室町時代のものです。


興福寺
堂内には薬師三尊像など、重文、国宝の仏像が安置されています。

興福寺
西向きに建てられている東金堂。

興福寺
この立て看板の文字は読めるのですが、
堂内注意書きの「違反」の文字が異体字だったため読めませんでした。


興福寺
堂内の仏像群は素晴らしいのですが、
目が悪いワタクシは暗くてよく見えませんでした。


興福寺
南大門跡から見た東金堂。
時間が経つにつれ、
大型バスてからはき出される観光客で賑わって参りました。


興福寺
団体客は見学しないっぽい東金堂。

興福寺
軒下部分は朱が塗られているのかしら?
良く見えないのでカメラのレンズが頼りです。


興福寺
東金堂の御朱印と和歌。
二つをお願いしたら見開きで書いてくださいました。


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母に買ってもらった十二神将のクリアフィル。
カッコイイです。


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裏には名前が書いてあるので覚えるにもちょうどいい。

興福寺
[五重塔(ごじゅうのとう)]
国宝
天平2年(730年)創建。
現存の塔は応永33年(1426年)頃の再建。
東寺の五重塔に次いで日本で2番目の高さです。


興福寺
[中金堂]
興福寺伽藍の中心になる建物で、老朽化が進んだため再建中。


興福寺
[南円堂(なんえんどう)]
重要文化財
弘仁4年(813年)創建。
現在の建物は寛政元年(1789年)の再建。


興福寺
西国三十三所観音霊場の第九番札所になっているため、
団体客は必ずこちらを参拝するようです。
堂内には本尊不空羂索観音菩薩像(国宝)と
四天王像(国宝)が安置されています。
毎年10月17日に特別開扉がされるそうです。


興福寺
屋根の鬼瓦は荒西井みたいですね。

興福寺
相輪は大変凝った造りになっています。

興福寺
日本最大の八角堂なのだとか。

興福寺
脇にある右近橘には、実がたわわに生っていました。

興福寺
あ、ひな人形を出さねば。
と、これを見て思い出すワタクシ。


興福寺
下から見た南円堂脇の鐘。

興福寺
こちらでも御朱印が複数種類ありましたが、
そのうちの一種類のみ頂きました。


興福寺
少し下った場所に三重塔があります。

興福寺
こちらも国宝。

興福寺
[三重塔(さんじゅうのとう)]
国宝
康治2年(1143年)創建。
現在の建物は鎌倉時代のものと考えられているそうです。


興福寺
組物が整然と並んでいるさまは、本当に美しいです。

興福寺
[北円堂(ほくえんどう)]
国宝
養老5年(721年)創建。
現在の建物は承元2年(1208年)頃の再建で、
興福寺に現存している建物の中では最も古い建物。


興福寺
南大門付近の築地塀。
屋根部分が波打ってます。


この日は雪がチラついており、大変寒い奈良滞在となりました。

伽藍を巡るのも寒くて、カイロを両ポケットに入れて握りしめて歩くほど。

遮るものがないので、寒さ倍増・・・と思っていたのですが、

東京都内の高層ビル風+マイナス気温の方が寒いと後で知った次第です。

なにはともあれ、大人になって巡る伽藍は大変興味深く、

それなりの知識が無いと楽しめないのが仏像と寺院建築なのだと思いました。

子供の頃は、まったく興味がなかったもんなぁ。いろんな場所に行ったのに。

関西を離れてから、それらの良さを知ったため、ちょっと勿体なかったと思います。

機会があれば、また奈良に足を運ぼうと思います。



興福寺
【興福寺(こうふくじ)】

奈良県奈良市登大路町48
9:00~17:00
創建年:天智天皇8年(669年)
本尊:釈迦如来
札所等:西国三十三所9番(南円堂),
南都七大寺2番,
西国薬師四十九霊場4番(東金堂),
神仏霊場巡拝の道16番,
大和北部八十八ヶ所霊場 第62番(菩提院)


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山梨県甲州市『大善寺(だいぜんじ)』は国宝建造物のある別名「ぶどう寺」とも呼ばれるお寺です。

大善寺


一昨年からずーっと訪れたいと思っていた国宝「大善寺」。

「逃げ恥(逃げるは恥だが役に立つ)」3話のロケ地となり、

全国から若者が訪れて参拝客が10倍に激増したとニュースになっていたもんで、

ほとぼりが冷めるのを待っておりました。

タクシーのおっちゃんに訊いたところ東山梨駅からは車で10分程度で、

しかも料金を大サービスしてくれるっつーもんで、運んでもらいました。

拝観料が500円掛かるから、せめてタクシー代は安くしてあげようってことだったのかも?

しかし我々は通常の拝観料ではなく、ワイン付きの拝観料800円を選んじゃいましたけど。

おっちゃんは到着するまでの間、お寺にまつわる話もしてくれました。

国の選択無形民俗文化財に指定されている「藤切り祭」という奇祭があるのですが、

高さ3間半もある御神木(祭りのために組まれているっぽい)から

大蛇を形どった藤の根を修験者が切り落とし、

それを「破邪顕正の守護藤」として参拝客が競って奪い合うのだそうですが、

昔は鎌使って切って持ち帰っていたので怪我人が続出したのだとか。

検索してもそんな話は出てきませんけど、

地元の人が言っているんだから昔はそうだったんだろうなぁ。

今は鎌を振り回している人は居ませんが、

YouTubeで見たところ、奪い合いはかなり激しいです。

それ以外の情報としては、

堂内にある十二神将の像が一体盗難に遭ったものの、転売できずに結局は戻ったとか、

近藤勇が新政府軍と戦った際、新政府軍の鉄砲の弾が山門を傷つけたとか。

観光前に聞くには有用な情報を頂きました。

大善寺
[山門]
山梨県指定文化財


大善寺
慶応4年(1868年)、戊辰戦争で近藤勇の率いる甲陽鎮撫隊の兵が
甲州街道を甲府城へ向けて進軍。
同年3月6日に大善寺の付近で新政府軍を抗戦し、敗退した。
甲州勝沼の戦い


大善寺
弾の痕がどこにあるかは分かりませんけどね。

大善寺
立派な文字なのかはワタクシには分からない山門の扁額。

大善寺
仁王像がありました。
これはカッコイイ。


大善寺
吽形の仁王像。
もう、仁王像に彩色なんてしなくていいと思うの。


大善寺
大善寺
山門の木鼻には唐獅子の彫刻もあります。

大善寺
山門から続く石段。

大善寺
とても登り易い階段でした。

大善寺
正面が本堂。国宝です。

大善寺
秘仏・薬師如来像が本堂の厨子内に安置されれているそうです。
秘仏なので見ることはできません。
葡萄を持つ薬師如来像だそうです。
その背後には、木造十二神将立像(重要文化財)と
木造日光・月光菩薩立像(重要文化財)が安置されています。
(堂内は撮影禁止)


大善寺
本堂の屋根に越屋根が見えますね。

大善寺
って、越屋根じゃなかった。
家紋が付いていますが、良く見えません。

大善寺
桜の木があるので、春に訪れるのも良いかもしれません。

大善寺
薬師堂とも呼ばれる本堂は、県内で最も古い建物だそうです。

大善寺
端正な造形の本堂。
ワタクシもこういうのが美しいと感じる歳になりました。


大善寺

大善寺
[釣鐘]

大善寺
[行者堂]
藤切り祭の開催場所はこちらみたいです。


大善寺
芭蕉の句碑もありました。
本当に芭蕉って、何処にでも句碑があるよなぁ。


大善寺
生育に失敗したアボカドの断面図みたいな石がありました。

大善寺

大善寺
[楽堂]

大善寺
藤切り祭の時には警備本部が置かれる場所になります。
涼しい風が入り、一休みするには丁度いい場所です。


image
眼下に甲州の街が広がります。

image
しかし、堂内ではなく表には展望台がありました。
こちらも風が涼しいです。
(日差しはジリジリするけれど)

image
山の稜線に沿って湧き上がる雲。
天気は下り坂になるのでしょうか。



暑さでへろへろになって参りました。

石段を下り、庫裏へと移動します。

大善寺
こちらでワインを頂きます。
(無料で冷たい麦茶も頂けます)


大善寺
池泉鑑賞式庭園がありました。

大善寺
小さな滝もあります。

大善寺
ワインは白か赤かを選べます。
これはベリーAで作ったワインなんですって。


image
机の上には巨峰の盆栽が飾られていました。


境内でワインが飲めるお寺は全国でも稀なんじゃないかな。

なかなか面白いなと思いました。

大善寺
頂いた御朱印は二種。


この後、勝沼ぶどう郷駅に徒歩で向かったのですが、

たぶん2kmはあると思う。

日陰のない葡萄畑の坂道をダラダラと上っていたら、一台の車が停車しました。

お客さんを駅まで送るついでだから、乗って行かないか?という声掛けを頂き、

車でなら3分も掛らない坂道を運んでいただきました。

以前から思っていましたが、山梨の人って本当に親切です。

車が駅に着き、Ennaさんの気付きにより電車が到着する時刻ピッタリで、

長らく待つこともなく、帰路に着くことが出来ました。

これも御利益かもしれんね。


大善寺
【大善寺(だいぜんじ)】

山梨県甲州市勝沼町勝沼3559
山号:柏尾山
宗派:真言宗智山派
本尊:薬師如来
創建年:伝・養老2年(718年)
開山:伝・行基
札所等:甲斐百八霊場18番



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山梨県山梨市『清白寺(せいはくじ)』の仏殿は葡萄畑の中にひっそりと建つ国宝です。

清白寺



どんどん晴れて雲が消えて行く山梨市。


汗がだくだくと吹き出す気温になりました。


さて、養老酒造のカフェで食事を終えた我々は、


先のタクシーのおっちゃんが国宝だと話してくれた「清白寺」に向かうことにしました。


山梨県の国宝建造物って、大善寺だけかと思ってたよ。


貰っておいた名刺に書かれた電話番号を押し、迎えを頼むと、


予告通り、ものの分程度で来てくれました。


本当にこのおっちゃんは良い人で、


迎えで呼んだのにその費用を一度も上乗せしませんでした。


清白寺に向かう道中も様々な案内をしてくれて、


とても有用な情報を貰えました。


清白寺
葡萄畑に突如現れる細い参道。
ここをグイグイとタクシーは進みます。
車一台分の幅しかないため、
対向車が来るとどちらかが延々バックしなければならん思われます。


image
細い参道の両側は葡萄畑です。

image
山梨は巨峰のシーズンが到来していました。

清白寺
梅参道として親しまれる参道の両側は梅の古木が50本ほどがあり、
その頃に訪れるのがbestっぽい。


清白寺
総門に到着するも、タクシーはその右脇をすり抜けて進みます。

清白寺
夢窓疎石(むそうそせき)開山と伝わる古刹だったっぽい。
夢窓疎石といえば、京都の苔寺(西芳寺)が有名ですよね。
(この石像が夢窓疎石に関連するかは不明)


清白寺
[総門]

清白寺
[仏殿]
国宝
応永22年(1415年)建立。


清白寺

清白寺
入母屋造、檜皮葺小形の方三間裳階(もこし)付形式で、
大規模仏殿に用いられる意匠をそのまま小型化した建築である
・・・と評されるそうな。
この日は門が開いていました。


清白寺
造形が綺麗です。

清白寺
無双窓になっているのかしら?

清白寺
横から見た仏殿の懸魚。

清白寺
横から見た仏殿。

清白寺
手水舎は水道の蛇口をひねるタイプでした。
この天気で、出初めの水が熱い。


清白寺
昔、ここに雷が落ちたそうで、木の間に避雷針が立っていました。
そういえば山梨市内では避雷針をよく見るけど、落雷が多いのかしら。


清白寺
焦げていないので落雷では無さそうですが、
裂け跡が生々しい木がありました。


image

清白寺
[庫裏]
重要文化財
元禄2~6年(1689年~1693年)の再建と考えられるそうな。


清白寺
庫裏の懸魚。
檜皮葺の屋根は趣があります。


清白寺
入口に掲げられているのは文化財プレートではなく、警備会社のプレート。
違和感ありまくりです。
でもこれが盗難などの牽制になるんだろうな。


清白寺
真っ白な漆喰の外壁。
修繕されたばかりなんでしょうか。
蟇股(板蟇)にも紋が見られます。


清白寺
東南アジアテイストの板木(ばんぎ)。

清白寺
打ち鳴らすと誰かが出て来てくれたのかもしれん
・・・と今更ながらに思ってみたり。


清白寺
屋根の造形が美しいです。
葺き替えは大変だろうなぁ。


清白寺
この庫裏の脇を通って裏側にまわります。

清白寺
庫裏の裏側。
庫裏と竹藪の間に蓮が咲く池があるのです。


清白寺
この時期に花が咲くのか。

蓮
昼を過ぎていたので開花している姿は見られませんでした。

蓮
もうぼちぼち花の見頃は終わりなのかも。

蓮
散りかけの花がありました。

蓮
種になっているものも。
(トライポフォビアの方は凝視注意)


蓮
蓮の実って飛び出すものなんですね。
知りませんでした。


image
竹藪を抜けると墓地に辿り着きます。

清白寺
庫裏の向かい側にぽつんと放置された頭部のない石像。
頭部の代わりに石が乗せられていました。


清白寺
本堂と繋がっているようにも思える建物の玄関。
身分の高い人が滞在する部屋があるのかもしれませんね。
唐破風屋根と式台付玄関が立派です。


清白寺
天井は格天井になっています。
写真では分かり難いですが、天井が弛んでいました。


清白寺
[本堂]
山梨市指定有形文化財。
元禄6年〜正徳3年(1693年〜1713年)建立。
内部は3行列6室の間取りを持つ「方丈型本堂」と呼ばれるもの。


image
葡萄だけではなく、柿も成っていました。

清白寺
来た参道を徒歩で戻ります。

image
色付いていないのか、このままで熟しているのかいまいちワカラン葡萄。

image
車道にでました。
こちらは最近整備された道路なのだそうです。



見応えはあるものの、人の気配は無し。


ゆえに、御朱印も頂けません。


貰った方はいらっしゃるようなんですけどね。


あまりにもひっそりとしたお寺で、


車道に小さな国宝の文字があっても、見逃す観光客は多そうです。


内部が見られない&参拝ができないので、


あという間に、再度おっちゃんのタクシーを呼ぶことになりました。


「早いね~」


と笑われた。


ここからタクシーで、もう一つの国宝「大善寺」に向かいます。



清白寺
【清白寺(せいはくじ)】

山梨県山梨市三ケ所620
山号:海涌山
宗派:臨済宗妙心寺派
本尊:釈迦如来像
創建年:正慶2年(1333年)
開基:足利尊氏
正式名:海涌山 清白禅寺
札所等:甲斐百八霊場14番



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富山県高岡市『瑞龍寺(ずいりゅうじ)』で“一つやいと”なるものを体験してきた。

瑞龍寺



大雨の中、瑞龍寺に行って参りました。


流石に空いているかと思ったのですが、結構な人でございました。


なんでこんなに人がいっぱいなのだ?


と疑問に思っていたら、


回廊で会話をした方に


「一つやいとを是非、体験した方が良いですよ」


と強く勧められました。


修行の疲れを癒すために、約250年前から続いているやいと(お灸)。
毎年、無病息災を祈願して多くの人が訪れます。その昔、瑞龍寺の雲水らが修行に臨むにあたり、お灸をすえていた事が始まりとされ(把針灸治)、それが広まり、「一つやいと」という行事になりました。やいとはもともと、座禅や行脚で疲れた僧侶を対象にしてきましたが、明治時代の初めごろから農家の人たちや、参拝者にも施すようになったといわれています。



このイベントで混んでいたってこともあり得そうです。


瑞龍寺
現在、山門が修繕中です。

瑞龍寺
瑞龍寺の山号。

瑞龍寺
雨脚が強くなって参りました。
かなり土砂降りだったので・・・

瑞龍寺
外を通らずに・・・

瑞龍寺
回廊を進んで法堂に向かいました。

瑞龍寺
法堂内はご高齢の方々で賑わっていました。

瑞龍寺
その端に、「一つやいと」をする場所があります。

瑞龍寺
お灸をすえてはいけない人も居るらしい。

image
一か所だけかと思いきや、
「両膝を出して座って下さい」と言われ、両膝にお灸をすえられました。
ツボらしいです。
ものごっつい痛熱い。線香の比ではない気がする。
「本日はお風呂には入らないでくださいね」と言われ、
ちょっと悩んでいると、
患部を保護してササッとシャワーを浴びるぐらいなら・・・
と妥協して貰えました。


瑞龍寺
ワタクシが体験したのは「一つやいと」でしたが、
もう一種類あったみたいです。


瑞龍寺
こちらは三倍の価格。
何がどう違うんだろう?



この「一つやいと」は、毎年6月1日と7月1日に行われるそうです。


とてもタイミングが良かったんですね。


回廊で出会った方に勧めて頂いて良かったです。


ちなみに、このツボで膝の痛みが緩和されるのだとか。


もともと痛みが無かったので、効果のほどは分かりませんが、


良い体験ができました。


あまりの熱さと痛さに、


手を合わせて無病息災を祈る余裕はありませんでしたけど。


さて、前回見ていなかった石廟を見てきました。


って、土砂降りだったので近くでは見ていませんが。


瑞龍寺
[法堂]
国宝です。


瑞龍寺
法堂脇にある石廟へ。

瑞龍寺
回廊にある出入り口から入ります。

瑞龍寺
[石廟]
富山県指定史跡


瑞龍寺
[前田利長公石廟]

瑞龍寺
廟は右側から、
前田利長(高岡開祖)、
前田利家(加賀藩祖・利長公の父)、
織田信長(利長公の夫人:玉泉院の父)、
織田信長側室、
織田信忠(信長公の嫡男)
の五基あります。


瑞龍寺

瑞龍寺
御朱印も頂きました。



あいにくの雨でしたが、行って良かったと思える体験でした。



瑞龍寺
【瑞龍寺(ずいりゅうじ)】

富山県高岡市関本町35
宗旨:曹洞宗
本尊:釈迦如来
創建年:慶長19年(1614年)
開基:前田利常
国宝指定:仏殿、法堂、山門の3棟
拝観時間 9:00~16:30
拝観料:500円


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sava!プロフィール

sava

昭和生まれの大阪育ち。数十年前から母の実家の神楽坂エリアに生息。食,日本酒,旅,富山県,文化財(建築物),読書等を好み、当ブログではそれらにオマケ情報も加味しています。それなりの年齢になり、老眼とか更年期とか諸々の不具合も出て参りました。そんな多様な話をチマチマと記す日々です。
※SNSは閲覧していますが発信しておりません。
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建てめも。

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sava!ブログから建物に関することをある程度分離してメモしておこうと考えてできた分室です。家に関することについて語っているので、気が向いたら見てください。
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