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国分寺は天平時代に聖武天皇が国家鎮護のため各地に建立を命じた寺院でして、

その「国分寺建立の詔」によると、

・各国に七重塔を建て、『金光明最勝王経(金光明経)』と『妙法蓮華経(法華経)』を写経すること
・自らも金字の『金光明最勝王経』を写し、塔ごとに納めること
・国ごとに国分僧寺と国分尼寺を1つずつ設置し、僧寺の名は金光明四天王護国之寺、尼寺の名は法華滅罪之寺とすること
・寺の財源として、僧寺には封戸50戸と水田10町、尼寺には水田10町を施すこと
・僧寺には僧20人・尼寺には尼僧10人を置くこと


等が定められていました。

歴史の授業で覚えさせられた内容ではありますが、

ワタクシはこの時代の歴史的名称の暗記が特に苦手でした。

同じく、呪文かよ、と思っていた「墾田永年私財法」も聖武天皇によるもの。

ゆえにワタクシはあまり聖武天皇が好きではありません。

そういえば「墾田永年私財法」は「こんでんえいねんしざいほう」で覚えたのに、

「こんでんえいねんしざいのほう」とも読むらしいですね。

「聚楽第」を「じゅらくだい」と覚えていたら、「じゅらくてい」のフリガナがあったり。

こういう細かな変更も、ワタクシが歴史暗記でイラッとするところです。

それはさておき、西国分寺駅から徒歩15分ほどの武蔵国分寺に行って参りました。

聖武天皇が命じた国分寺は当地には既に無く、江戸時代に再建された寺院です。

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[楼門]
国分寺市指定文化財
明治28年に米津寺(東久留米市)の楼門を移築。


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傾斜が緩やかなのでそれほど苦ではない階段の先に仁王門があります。

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[仁王門]
国分寺市指定文化財
宝暦年間(1751年-1763年)の建立


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阿形・吽形ともに立派ですが、
保護のためか二重の格子が填められており殆ど見えません。


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古代の国分寺については案内板で知る程度。

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様々な場所で説明用の地図が見られます。

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[薬師堂]
国分寺市指定文化財
昔は萱葺屋根でしたが昭和60年に銅板葺の屋根になっています。


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扁額は新しい感じ。

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現在の建物は宝暦年間(1751年-1763年)の再建です。

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「木造薬師如来坐像」は国指定重要文化財です。
毎年10月10日に一般公開されます。


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興味はあるもののスマホしか持っていなかったので、
縁の下の詳細はわかりませんでした。
それにしても結構金具が使われていますね。


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[土師(はじ)竪穴住居跡]
案内板はあるものの、具体的にどこなのか3分ほど悩みました。


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推察するにこの辺らしい。
後から知ったのですが、現在は埋められているそうです。

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[本堂]
元国分寺住職が万葉集に歌われた植物160種を集めて造った
「万葉植物園」となっています。
「万葉植物園」は市指定天然記念物。


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本堂は文化財指定を受けていませんが、唐破風の彫刻群は立派。

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案内板がたくさんありますが、花の時期ではないため
どんなものかは視覚的にわかりませんでした。


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西国分寺といえば「にしこくん」。
こんなところでその姿を見られました。


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本堂脇で御朱印を頂きました。


【武蔵国分寺】
東京都国分寺市西元町1-13-16
(国分寺薬師堂は国分寺境内)
山号:医王山
宗派:真言宗豊山派
本尊:薬師如来
文化財:木造薬師如来坐像(重要文化財)、
銅造観世音菩薩立像(東京都指定有形文化財)、
仁王門(国分寺国分寺市指定文化財)


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