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興味あるものを 興味ある人に。

私は諦めを敵とする。 私の日々の努力は実にこの諦めと闘うことである。 (北条民雄)

伊東忠太

新潟県南魚沼市『普光寺毘沙門堂』は日本三大奇祭のひとつ「裸押合大祭」で有名なお寺らしい。

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日本三大奇祭のひとつ「裸押合大祭」で有名な、普光寺(ふこうじ)毘沙門堂の創建年は807年(大同2年)。開基は、平安時代初期に朝廷の命で東北地方の蝦夷征討を指揮した武将・坂上田村麻呂(さかのうえのたむらまろ)で、守護仏は毘沙門天王です。

その守護仏を安置する毘沙門堂は、1917年(大正6年)に国の特別保護建造物に指定されましたが、1931年(昭和6年)4月に火災のため焼失。室町前期の建築と言われた国家的至宝や、棟木に彫られていた日光東照宮の「眠り猫」を手掛けた左甚五郎による「猫面」も灰燼に帰しました。

そののち、5年を掛けて1937年(昭和12年)に再建。設計は伊東忠太とのことで、建物見たさに浦佐駅での下車を決めました。

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商店街の建物の間にひっそりとある参道。

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高台に建つ山門とその脇にある欅の巨木。
天然記念物だそうです。

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山門 (仁王門)
天保二年(1831年)に宮大工によって建てられた総欅造りの建物です。
魚沼市指定文化財。

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関市四郎の造営寄進とかかれた板が正面に掛かっています。

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至る所にある彫刻が見事。

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あまりにも凄くて、どこを見れば(撮れば)いいのか分からなくなります。

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獅子の口などを見ると、元は彩色されていたっぽい。

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朱色の耳が見える。

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天井の双龍図板絵は、谷 文晁(たに ぶんちょう)作で、
風化して見えなくなっていた画を平成9年1月に日本画の永森一郎氏が板絵を修復したそうです。

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紫外線で風化したのか見えなくなっている説明書き。

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阿形

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吽形

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山門をくぐると立派な廻廊が毘沙門堂まで続いています。

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お祭りの様子はこんな感じらしい。

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廻廊の天井に多聞天の扁額があります。

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右が本堂、中央が宝物殿、左に見えているのが毘沙門堂です。

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宝物殿には毘沙門天像が秘仏として安置されているそうです。

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毘沙門堂の周囲には大きな蠟燭が並んでいます。

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毘沙門堂正面。
堂内は撮影禁止です。

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多聞天王の扁額がありますね。
「毘沙門天」と「多聞天」は同一神。
日本では四天王の一尊として造像安置する場合は「多聞天」、
独尊像として造像安置する場合は「毘沙門天」と呼ぶのが通例
https://www.oiwasan.or.jp/about-bishamonten.html

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蝋燭は正面だけに置いてあるんですね。

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毘沙門堂の懸魚(げぎょ)は猪目ですね。

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石像仏としては日本最大とされる不動明王像。

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「うがい鉢」と呼ばれる水鉢。
坊谷山(ぼたんやま)産出の大石をくり抜いて造られているとか。

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手と共に水晶も洗っておきました。
冷たくてとても気持ちが良いのですが、
冬にここで身を清めねばならないという祭りはかなり過酷ですね。

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しかも鉢の中に浸かっているし。

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引きで見た廻廊と毘沙門堂。
雪が降っていても廻廊があると便利ですね。
って、ここまで来るのが大変そうですが。

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高台なので景色は良いのだろうと思われます。
(確認し忘れた)

伊東忠太が新潟県内で彼が手掛けた建物は、彌彦神社とこの毘沙門堂のみだそうです。

見どころの一つとしては、左甚五郎の「猫面」をモチーフに作られた猫瓦だそうですが、

これは撮影禁止の毘沙門堂内にありました。

電車の時間が迫っていたため、駆け足での見学になりましたが、

廻廊でボランティアの方がお茶を淹れてくれるサービスがありました。

涼しい廻廊で休憩するのも良いですね。

短時間で伊東忠太建築まで満喫できたかと問われると微妙なところですが、

山門は一見の価値ありで、浦佐観光のひとつとして普光寺はオススメです。


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浦佐駅の観光案内所に置いてあったオブジェ。
毘沙門堂に関連するものかと思ったらそうでもなかったっぽい。
これは何だったんだろう?

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堂内頂いた御朱印。


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【普光寺(ふこうじ)毘沙門堂】

新潟県南魚沼市浦佐2495−甲
9:00~16:30、無休
内陣参拝、寺宝館見学は300円
https://www.bisyamonnosato.com/bisyamon/


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杉並区荻窪『荻外荘』を見学する。【その弐】

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その壱】のつづき。

空いている場所を選んで見学しているため、写真の順番もそのようになっております。

続いて向かうのは、食堂、と言いたいところですが、

椅子に座って一休みされる方と、ビデオを見る方で混雑していたためすっ飛ばしました。

そんな感じですっ飛ばした部屋は複数あります。

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左側が豊島区内に移築されていたものが再移築された部分になります。

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こちらが荻外荘の模型。大豪邸ですね。

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食堂脇の広縁(ひろえん)を撮っています。(写真A)

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内側から見た広縁。(写真B)
ガラスを多用していて、当時としてはここにお金を掛けているのがわかりますね。

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写真B側から見た写真A側。
廊下の奥に客間があります。

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右側が食堂、正面奥が書斎です。

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食堂の天井。
(食堂内は人が多くて撮れず)

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近衛文麿が自決したという書斎。
下の写真は右奥の開口部から撮ったものになります。

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ひとつ上の写真は正面奥の開口部から撮ったものです。

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あまり見たことの無い鍵の付け方だと思った広縁の引き戸。

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こちらがガラスが填まった高さにある鍵。
ネジがマイナスなので(プラスネジが作られるようになる)1950年よりも前の鍵かもしれません。

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こちらは木の板の部分にある鍵。引き戸のかなり下についている鍵です。
緑青が湧いているので、あまり使われなかった鍵なのかも。

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広縁の先に売るのが旧台所。
現在は事務所兼受付として使われています。

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茶の間、だったと思う。
この奥行きは何のためなんだろう?

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蔵への入り口があります。

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内部には入れませんが展示してあるものはこんな感じ。

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既存のままだと思われる壁の一部。

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書斎の奥にある和室は「ははの部屋」と呼ばれていたそうです。
高齢者が住むにはちょうどいい部屋だと感じました。

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反対側から「ははの部屋」。
左側の壁が気になる。耐震壁かな?

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入澤家が別荘として使っていた頃は洋室仕様だったようです。

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窓のある壁に竹が付けられているところがツボ。

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人が大勢いたので撮っていませんが、蔵の横には別棟が造設されています。
この写真は、造設された和室から「ははの部屋」側を撮ったもの。

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昭和13年に増築された別棟の和室。
近衛文麿の長男である文隆の部屋だったようです。

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和室に暖炉があるところがユニーク。
暖炉と言うか、ガスストーブを置く場所だったのかも。
右の柱付近にある床の穴にガス管が通っていたのかな。

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障子の下の地袋(じぶくろ)のデザインが凝っている。

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七宝の輪違柄?

世が世ならば、入ることが出来なかった建物。

今の時代に生きているからこそ、観られるんだと思うと感慨深い。

再生された建物ゆえ、人の営み的なものは感じられませんが、

それでもいろいろと想像が出来て興味深かったです。

入館料は300円ですし、散策がてら訪れてみてはいかがでしょうか。

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玉砂利を敷いてある箇所が歩きにくいのですが、
防犯にはとても効果的だと感じました。
家の周囲の犬走りをコンクリート敷きにせず、
深く掘って玉砂利を敷き詰めたらかなり効果的なのではなかろうか。
ものすごーく費用が掛かるけれども。

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ところで、この石はなんで保護されているんだろう?


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【荻外荘(てきがいそう)】

東京都杉並区荻窪2-43-36
開園時間 9:00〜17:00(最終入園16:30)
休園日:水曜、年末年始(12/29-1/1)
入館料:300円
https://ogikubo3gardens.jp/tekigaiso/
https://www.instagram.com/tekigaiso.park/


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杉並区荻窪『荻外荘』を見学する。【その壱】

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荻窪駅から徒歩10分ほどの場所にある『荻外荘(てきがいそう)』。

近衞文麿居住当時の姿に復原整備する取り組み「荻外荘復原・整備プロジェクト」が終了し、昨年末から一般公開されています。

荻外荘(てきがいそう)は、大正天皇の侍医頭(じいのかみ)を務めた医師・入澤達吉が、昭和2年(1927年)に、荻窪の、空気清涼な場所に育つアカマツのある土地に建てた別邸です。
設計者は
入澤の義弟で日本を代表する建築家・伊東忠太。
入澤は、庭にカエデもあったこの別邸を、「楓荻荘(ふうてきそう)」と呼びました。


その後、内閣総理大臣となった近衞文麿が、この別邸と周囲の環境を気に入り、健康の相談相手であった入澤から譲り受け、昭和12年(1937年)から住みはじめました。
「荻外荘」という呼び名は、近衞の後見人であった西園寺公望(さいおんじ きんもち)が、荻窪に移った近衞の体調良好に祝意を込めて命名したといわれています。心身の休養のために「荻外荘」で暮らすことに決めた近衞でしたが、次第に、国家の重要な会談の場として使用するようになりました。


終戦後、近衞文麿が荻外荘で命を絶った後は、ご家族が静かに暮らしていました。
家主であった近衞文麿の次男が逝去すると、まちで荻外荘保存の声が上がりました。区が、地元10町会長連名で出された要望書を受け、荻外荘の取得に向けて動き出したのが平成24年(2012年)です。平成26年(2014年)に、区は荻外荘の土地と建物を取得し、平成28年(2016年)には、日本の針路を左右するような会談が数多く行われた場所として、国の史跡に指定されました。


https://www.city.suginami.tokyo.jp/s100/shisetsu/14628.html


帰宅後に杉並区のホームページを見て知りましたが、

駅からここまで来られるモビリティが出ていたようです。

乗ってみたかったー。

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入口が分からずにちょっと迷う。
そういう人が多いのか、道路に案内がありました。

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到着。
真新しい施設って感じです。

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自転車で来ていたら置き場所に困ったかもしれない。

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表札はオリジナルだろうか?

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どうやら先ほどの入口は裏側だったっぽい。
奥側の建物が並んでいます。

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こちらは勝手口でしょうか。

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建物の説明はこちら。
暑いので読んでいられず、とっとと建物内へ。

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ここだけでなく周辺に見どころが色々あるみたい。

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個人的には一番嫌な注意喚起かもしれない。
(虫の中では足が無いもの、足が短いもの、蠢くものが特に苦手です)

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こちらが見学者用の入口になります。

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ロッカーが右手にありますが、左側の同じ場所が受付になっています。
見えないので分かり難いけれども。

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一般用の玄関から正面玄関にやって参りました。
見学するなら玄関からだろうってことで。

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天井が高いので広々として見えます。(実際に広いんだけど)

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天井は格天井。白っぽいところが改修した箇所かしら?

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床はテラゾーとタイル。
タイルの復元はLIXILが担当したんだとか。

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玄関扉は意外とシンプルなんですね。

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西園寺公望が命名し揮毫した「荻外荘」の扁額。

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玄関正面にある応接室。中華風の意匠です。

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応接室は近衛文麿が居住していた頃に記者会見の場としても使われたそうです。

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螺鈿の細工が入った豪華なテーブルセット。
オリジナルを修復したのかな?

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床がタイル貼りなのでここまでは土足で入って来られたようです。

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調度品は少ないのだけれど、当時を想像し易く配置されています。

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天井の龍の絵。

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復元された龍文様の敷瓦。
YouTubeの杉並区の公式チャンネルに復元の動画があります

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掛け軸は本物なんだろうな。たぶん。

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客用手洗い。
当時から水洗だったらしい。
掃除が大変そうだわ。

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トイレも手洗い器も復元だそうです。

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輸入品だったんでしょうね。調べてないけど。

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昭和15年7月19日「荻窪会談」の写真。

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「荻窪会談」が行われた客間。
壁紙や絨毯は復元。
色や文様は、古い写真のカラー化分析で推定したものだそうです。
派手だなぁ。

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ド派手な空間で個人的に癒されるのはこちらの扉。

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木材の種類は何だろう?

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左側の奥の壁が気になる。

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亀は昔友人の実家で見たことがあるのに似ている。

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近衛家の家紋「近衛牡丹」の彫刻。

どこが復元でどこがオリジナルなのか分かる冊子があれば良いのに。

部屋が多くて書ききれないので、エントリを二つに分けます。

ということで、【その弐】に続く。





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【荻外荘(てきがいそう)】
東京都杉並区荻窪2-43-36
開園時間 9:00〜17:00(最終入園16:30)
休園日:水曜、年末年始(12/29-1/1)
入館料:300円
https://ogikubo3gardens.jp/tekigaiso/
https://www.instagram.com/tekigaiso.park/


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The Okura Tokyo前『大倉集古館』のミュージアムショップで誕生日特典をいただく。

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登録有形文化財(建造物)

ホテル オークラの前にある『大倉集古館』で、

「季節をめぐり、自然と遊ぶ~花鳥・山水の世界~」を観て参りました。

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ここは大倉財閥総帥の大倉喜八郎が作った日本で最初の私立美術館です。

明治から大正期にかけて大きな財を成し、大倉財閥を創始した大倉喜八郎が、長年に亘って収集した古美術・典籍類を収蔵・展示するため、邸宅の一角に1917年(大正6年)に財団法人大倉集古館として開館する。開館からまもない1923年(大正12年)、関東大震災によって当時の展示館と一部の展示品を失い、一時休館を余儀なくされたが、伊東忠太の設計と大成土木(現:大成建設)による施工で再建され、耐震耐火の中国風の展示館が1927年(昭和2年)完成し、翌年再開館した。この建築は展示室から長い回廊が伸び六角堂を経て表門に至る壮大なものだった。
喜八郎の死後は、その嫡男である大倉喜七郎が近代日本画など収蔵品の充実に努めた。
太平洋戦争時の空襲も乗り越えるが、戦後、敷地内にホテルオークラ(ホテルオークラ東京)が建設されることを受け、一部の建物が整理解体された。
1990年(平成2年)展示室は都の歴史的建造物に選定され、1998年(平成10年)には国の登録有形文化財(建造物)に登録された。

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1928年(昭和3年)に伊東忠太の設計で再開館して以降も

何度かの改修がなされており、

近年では2014年(平成26年)から5年をかけた改修工事が終わり

令和元年9月にリニューアルオープンしたばかりでした。

ずーっと来たいと思っていたのですが、

COVID-19の影響もあり、なかなか来ることが叶わず。

本日ようやく念願かなって訪れることができました。

小さな建物だし、展示数も多くはないのですが、

良いものが沢山あって見応え十分です。

逆に、コンパクトなので観易いとも言える。

客層は年齢層がかなり高めです。

入館料は現金払いで、電子マネー決済は非対応。

対面のホテル側で喫茶とのセット券が販売されいるらしいので、

それを買って、疲れたらホテルでお茶をするのも良いかも。

ミュージアムショップは地下にありまして、

こちらは各種電子マネー決済が可能です。

地下だけれど、広々とした空間なので居心地は良かったです。

実はこのミュージアムショップでは、

誕生日に買い物をするとプレゼントが貰えるんです。

無論、身分証明の提示が必要です。

このタイミングを見計らっていたもんで、

買い物ついでに誕生日申告をしてみました。

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気になった本とパワーストーンを浄化する水晶を買ってみました。
ミュージアムショップの品揃えがなかなか面白いです。

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誕生日特典はポストカードでした。
枚数が多くて「こんなに貰ってええんかいな」と仰け反った。

頂いたポストカードを見て、

まだまだ観たいものが沢山あるなぁと思いました。

ってか、良いもの持ってるなぁ。

それはそうと、今回の展示品で猛烈に気になったのは、

平清盛って字があまり上手くないのかな? という点。

模本だったし、書についてはよく分からないのですが、

現在興味を持とうと思って鋭意努力中でして、

ほんの少しだけ興味があるのです。

だから余計に気になりました。

「おおらかで品がある」との意見があるのですが、

そうなのか…。

やっぱり書は、ワタクシには難しいです。

それはそうと、ここが大変気に入ったので、

次回は年間パスを買おうかな。



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【大倉集古館】
OKURA MUSEUM OF ART

東京都港区虎ノ門2-10-3 The Okura Tokyo前
開館時間 10:00~17:00(入館は16:30まで)
休館日:月曜、年末年始
入館料 一般:1,000円(特別展は1,300円)
※入館料は現金のみ
https://www.shukokan.org/

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墨田区横網『東京都復興記念館』は関東大震災を知ることが出来る貴重な施設です。

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本日は朝から両国にある『東京都復興記念館』に行って参りました。
ずーっと行こうと思っていたのですが、夏の暑さに負け続けた結果、防災の日(9月1日)すら超えた今日訪問することになってしまいました。

ここは主に、関東大震災について知ることが出来る施設です。

1923年(大正12年)9月1日11時58分32秒頃に発生した関東大震災は、能登半島近くにあった台風の影響により関東地方に吹いていた強風、それによる火災の広がり、津波や土砂崩れなどが発生し、多くの被害を齎しました。

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当時でもこの津波の高さがあったなら、
地形が複雑化している現代はどのような津波が起こるのか。
日々、ビビっているワタクシです。

ここ『東京都復興記念館』は元は陸軍被服廠のあった場所でして、東京市が買い受けて1922年(大正11年)に横網町公園の造営整備に着手。翌1923年(大正12年)に関東大震災が発生し、敷地内に家財道具とともに付近の人々が避難してきました。
しかし、持ち込んだ家財道具を伝って火が燃え広がって多数の死焼者を出した地であり、ワタクシが「火災旋風」という言葉を知った、発生場所がここです。

当時、被服廠跡は広い空き地であり、火に追われた人々が家具や布団などを大八車に積んでここに押し寄せ、1人/1m2程度の密度となって混雑を極めていた。時間を経るうち、周辺から火の粉が飛来するようになり、それが家具、布団などに燃え移っ て内部は騒然となった。加えて、四時半頃には、人をも空に巻き上げるほどの強烈な熱旋風が三度も襲来した。 これによって、約20分の問に38,000人もの多量の焼死者が出た。
[出典]https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjsk/17/0/17_KJ00002972383/_pdf

館内の展示品は、震災の惨禍を物語る多くの遺品や資料のほか、東京大空襲の戦災関係資料なども保存・展示されています。

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一階が主に関東大震災の展示品となっています。

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とても気になった箱書き。洋菓子の焼焦品だそうです。
データベースの説明によると「被災した洋菓子を木箱に入れたもの」とのこと。


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象牙が骨のような焼け方をするのだと初めて知りました。
素材は同じですが、その認識はなかった。

大変見応えのある内容で、祖父母が居を構えていた現在ワタクシが住む場所や、ワタクシの在京年月で絡みのある土地について、地図上で様々なことを知ることができました。

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これまた興味深い資料だったのがこちら。
ウチの周辺についても知ることが出来ました。

さて、興味深いのは建物もそうでして、設計は伊東忠太と佐野利器(さの としかた)。
震災の犠牲者の霊を追悼し、その惨事を後世に伝えるべく、昭和6年(1931年)に公園内の震災記念堂(現東京都慰霊堂)の付帯施設として建てられました。

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都選定歴史的建造物
(平成11年・1999年選定)

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正面柱上のガーゴイルは先月復元されたばかりだそうです。
(令和2年・2020年8月復元)

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外壁は建設当時流行していたスクラッチタイル貼りとなっています。

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基礎の補強や壁の増量などの耐震化工事と、設備を含めた大幅な改修がされています。
平成29年・2017年11月~31年・2019年3月

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天井が低く圧迫感のある階段付近。
元の構造はどういうビジュアルだったんだろう?

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手すりが付けられていますが、「内装からは浮いてるなぁ」と思ったりして。
(エレベーターは一階入口右手側にあります)

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建物正面脇にある展示品。
日本橋の丸善ビルの鉄柱が震災の猛火で溶解したものだそうです。
鉄がこんなに溶ける温度だったのか。


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鉄筋コンクリート造地上2階建。
(3階建てと書かれた資料もある)

震災記念堂(現東京都慰霊堂)も伊東忠太の設計によるものです。

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内部を見学したいと思ったのですが、何かしらのイベント設営中だったので断念しました。
こちらの建物も耐震改修工事済み(平成28年・2016年)だそうです。

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入口から天井部をチラ見。
折り上げ格天井が立派ですな。
シャンデリアは蓮の花です。


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格子の中の絵も蓮花、なんでしょうな。

こちらも建物としての見どころが多々あるようです。見どころのフライヤーが置いてあるぐらいですし。予習をしてから日を改めて見学に行ってみようと思います。

最後に、とても印象に残った竹久夢二の「東京災難画信」の原稿の一つを上げておきたいと思います。

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何処に行けばいいのか分からぬまま、生きるために歩く。被災直後の未来を知らぬ身ともなれば、このような心情だろうと思われます。
一瞬にして当たり前の生活だと思っていたものが覆されるのは、ある種今年の状況にも似ており。

改めて、防災について考えさせられました。

考えていても無力のままに終わるかもしれないけれど、それでも考えが及ぶ限りはその得ておきたいかなと思う今日のワタクシです。


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【東京都復興記念館】
とうきょうと ふっこうきねんかん

東京都墨田区横網2-3-25
(都営地下鉄大江戸線 両国駅下車 徒歩約6分)
開館時間 9:00~17:00(入館は16:30まで)
休館日:月曜(祭日の場合は開館、翌火曜休館)、12月29日~1月3日
https://tokyoireikyoukai.or.jp/index.html


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中央区築地『築地本願寺カフェ Tsumugi(つむぎ)』はメニューが意外と充実しているお寺境内にあるカフェです。

筑地本願寺



都心にある合同墓としてワタクシが真っ先に思い浮かべるのは築地本願寺。


その築地本願寺の改修工事が終了し、11月からカフェがオープンしているそうです。


日経で紹介されていたのですが、NHKでも放送されたそうで、


混雑が予想されたため、落ち着くのを待っていました。


夜に築地で飲み会があるもんで、その前の僅かな時間に立ち寄って参りました。


 カフェの大きなガラス窓から望める、美しい芝生の上の小高いオブジェのような施設。それが新しくできた「合同墓」です。自分の死後にお墓の管理を頼める人がいない人や、子どもはいても面倒をかけたくない人、諸事情で家族とは別の墓に入りたい人などの需要を想定した、個人単位で生前申し込みが可能な永代墓です。「永代使用冥加金」は30万円から(年間管理費不要)。宗教や宗派を問わず、誰でも申し込むことができるといいます。
【中略】
 築地本願寺は同時に、門信徒以外にも対象を広げた会員組織を発足。一般的な「菩提寺-檀家」という硬直的な制度とは異なる、ゆるやかな組織です。会員を対象に、仏事だけでなく相続や遺言作成などの相談も受け、ワンストップで専門家を紹介する「人生サポート」サービスも開始しています。
NIKKEI STYLEより



忘年会シーズンである12月の夕方ゆえか、もの凄く空いていました。


今が狙い目かもしれません。


築地本願寺カフェ
「築地本願寺インフォメーションセンター」の一角にカフェがあります。

築地本願寺カフェ
座席数は82席。結構広い。

築地本願寺カフェ
これから呑むので、お茶にしておきました。

築地本願寺カフェ
選んだのは「リラックス」。

築地本願寺カフェ
器がちょっと面白い。


もっと時間があれば色々楽しめたのでしょうが、


30分しか時間が無かったので、あまり満喫は出来ませんでした。


時間に余裕があるときに行くべきでしたね。


でも、まあ、行かなきゃと思い続けていた場所だったので、


気分的には落ち着きました。


次は食事するのもいいかも。


築地本願寺カフェ
かき氷もメニューにありました。




築地本願寺カフェ
【築地本願寺カフェ Tsumugi(つむぎ)】

東京都中央区築地3-15-1 築地本願寺インフォメーション棟
営業時間8:00~21:00(L.O. 20:30)
https://tsukijihongwanji-lounge.jp/top/about_information_center.html


【にほんブログ村】

今日の「ホンのひとことだけ」。

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長らくの病なのだけれど、

よくよく考えないと、今年が何年なのかが分からなくなるんです。

食品類の賞味期限を見て、瞬時に判断ができません。

今年が2017年という気もするし、平成28年は来年だという気もする。

自分の生年月日は分かるのだけれど、

今の自分の年齢は、じっくり考えないと分からなかったりもします。

そういう病なんだと思います。

っーか、病だということにしておかねば病みそうです。

さて、ここのところ毎週、市ヶ谷界隈に居るワタクシ。

ここからは徒歩で帰れるため、ぶらぶらと靖国の前を歩きます。

実はワタクシ、靖国神社の境内には一歩も足を踏み入れたことがありません。

個人的にここが絡むと人と別れるというジンクスがある為だったりします。

それはそうと先日、大鳥居の脇に看板が掛かっているのを目にしました。

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そうかぁ~、150年前からあるのかぁ~。
って、今年は何年だったっけ?
と、立ち止まって考えるワタクシ。


三年も先のことを文字にするなら、

キリストが復活しない限りは変わらないと思われる西暦表記にすればいいのに・・・

と思ったことは内緒です。

明治は45年(1912年)まで、

大正は15年(1926年)まで、

っつーはサックリ思い出せるものの、

昭和64年が西暦何年になるのかが、思い出し難いワタクシです。

(だって、単純に1926+64じゃないんだもん、と言い訳してみる)

況して、2016年が平成何年だったのかは・・・(以下省略)。

この点からしても、ワタクシは算数障害なんだなぁとしみじみ思います。

歳老いるまでもなく、事故に遭って病院で

「今は平成何年だか分かりますか?」

と訊かれて即答できない自信があるワタクシ。

記憶障害と診断される率が高そうでヤバいです。

ちなみに、昭和64年は1989年で、

任天堂のゲームボーイが発売になった年でございます。

あれから27年経過した今も、ウチに2台のゲームボーイが眠ってます。

電池を入れれば動くんじゃないかな。

老眼だから、あんな小さい画面を追う自信はないけどな。


【にほんブログ村】

文京区湯島1丁目『湯島聖堂』には元禄時代に建てられた孔子廟があります。

湯島聖堂
[湯島聖堂の塀]
奥に向かって下り坂になっています。
敷地は大正11年に国の史跡に指定されています。


湯島聖堂
塀は桟瓦葺き。

湯島聖堂
5代将軍徳川綱吉によって元禄時代に建てられた孔子廟が「湯島聖堂」。
日本の学校教育発祥の地とされている。


湯島聖堂
事務所のある建物は懸魚がそれぞれ異なっていました。

湯島聖堂
雁股懸魚の一種かな?

湯島聖堂
こちらは蕪懸魚の一種かな。

湯島聖堂
翼のある霊獣も見られますが、名称は不明。

湯島聖堂
屋根には立派な鬼瓦があります。

湯島聖堂
売店には入らずに、大成殿へ。

湯島聖堂
【仰高門(ぎょうこうもん)】
鉄筋コンクリート造。
一般見学者用の入り口になる門です。


湯島聖堂

湯島聖堂
正面に石碑が見えますね。

湯島聖堂
右の木が「楷」。

湯島聖堂
楷は曲阜にある孔子の墓所に植えられている名木なんだそうです。

湯島聖堂
世界で一番高い孔子像は、
1975年(昭和50年)に中華民国台北ライオンズクラブから寄贈されたもの。


湯島聖堂
風に飛ばされた桜の花弁がいたるところで見られました。

湯島聖堂
【入徳門(にゅうとくもん)】
木造、平家建。
宝永元年(1704)建造。


湯島聖堂
[水屋の蛙股]

湯島聖堂
階段を上がったところが大成殿です。

湯島聖堂
【杏壇門(きょうだんもん)】
建物の全てが黒塗りで、一種独特の雰囲気がありますね。


湯島聖堂

湯島聖堂
【大成殿(たいせいでん)】
大成とは、孔子廟の正殿の名称で、内部に孔子を祀っています。
内部は土・日・祝のみ公開。
1923年(大正12年)関東大震災で入徳門と水屋以外の建物が焼失。
1935年(昭和10年)に大成殿が伊東忠太設計・大林組施工で再建。
鉄筋コンクリート造。


湯島聖堂
入徳門側を望む。
屋根の上には大成殿と同じ守護獣が置かれています。


鬼犾頭(きぎんとう)
[鬼犾頭(きぎんとう)]
体は魚、頭は龍、頭から勢いよく水を吹き出している霊獣です。
火災よけのまじないとして屋根の上に飾られている点は、鯱にも似ていますね。


鬼犾頭(きぎんとう)
こっちの写真の方が形が分かり易いかな。

鬼龍子(きりゅうし)
[鬼龍子(きりゅうし)]
鋳銅製で、寛政11年(1799)当時のもの。


鬼龍子(きりゅうし)
狛犬に似た姿で、顔は猫科の動物で、腹には鱗があり、蛇腹となっています。
想像上の霊獣で、孔子のような聖人の徳に感じて現れるそうです。


鬼龍子(きりゅうし)

湯島聖堂
大成殿は高台にあるため、正面のニコライ堂もよく見えます。

孔子の言葉といえば、巧言令色鮮し仁(こうげんれいしょくすくなしじん)

(言葉巧みで、表情を取り繕っているものに、誠実な人間はほとんどいないということ)

それ以外は、いまいち義務教育で習ったことを覚えていないワタクシです。

湯島聖堂は合格祈願のご利益があるようで、

お子さん連れの親御さんがお参りしておいででした。

ワタクシもこれ以上記憶力が弱らないよう願ってみたり。

本日覚えたのは「鬼犾頭(きぎんとう)」と「鬼龍子(きりゅうし)」。

次回どこかで孔子廟を見たら、屋根をチェックしてみようっと。




湯島聖堂
【湯島聖堂(ゆしませいどう)】
東京都文京区湯島1-4-25
公開時間:9:30~17:00(冬季は16時まで)
大成殿公開:土・日・祝日のみ10:00~閉門時間まで
大成殿内部見学料:200円

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昭和生まれの大阪育ち・新宿区在住。食,日本酒,旅,文化財(建築物),読書等を好み、当ブログではそれらにオマケ情報も加味。それなりの年齢になり、加齢・老眼・更年期などと付き合う日々。そんな話をチマチマと記しております。
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