sava!

興味あるものを 興味ある人に。

私は諦めを敵とする。 私の日々の努力は実にこの諦めと闘うことである。 (北条民雄)

建築物・建造物@壱景

成田山表参道@壱景。

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成田山界隈の地形図を見ると、高低差のある場所なのに

どうしてこの場所に表参道ができたのかが気になります。

非常に複雑に台地と低地が入り組んでおり、起伏が多いのです。

そのせいで風情のある景色が見られるとも言えるのですが。

その疑問は今度その分野に詳しい方にお会いしたら訊くとして、

今回は表参道で興味を覚えたものを貼っておこうと思います。

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割と早い時間から開いている「房の駅」。
お土産物だけでなく軽食も食べられそうです。

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成田のマスコット「うなりくん」。
うなぎ型飛行機の宇宙人ってことでいいのかな?

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隣の自販機を見て歌舞伎風のつば九郎かと思いきや、
うなり屋の文字でこれが「うなりくん」だと知る。

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かき氷の旗が夏らしくて良い。

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成田で一番有名だと言っても過言ではない鰻の名店「川豊本店」。
1910年創業の100年以上続く老舗です。

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朝から既に炭が入って鰻が焼かれていました。

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明治44年(1911年)に建てられた木造建築は国の登録有形文化財です。
かつては旅籠(はたご)として使われていたとか。
文化財プレートは持ち帰りカウンターの上に掲げられているのかな?

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店が開いた頃にはこんな混雑っぷりになっていました。

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創業1948年の竹細工・木工品・籐製品専門店「藤倉商店」。
二軒続いて同じ店のようですが、買い増ししたのでしょうか?


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営業するとこんな感じになります。

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パッと見で気になる物が複数ありました。

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買おうか迷ったのは正面下の段の籠。
手前は竹製だけれど、奥のちょい大きいサイズはマタタビ製だと思う。

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こちらも少し気になりました。
お漬物は持ち歩くのが重いよなぁと思って買い控え。

文化財がチラホラあり、それを見るなら早朝がベターかも。

表参道を車がばんばん通るので注意が必要ですが。

時代とともに変わる建物や店舗がありますが、

変わらずに維持されているものもあり、

歩くだけでも楽しくて良い町だと感じました。




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千葉県成田市『三橋薬局』の国登録有形文化財に登録されている黒漆喰仕上げの店舗が渋い。

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元禄年間に創業した『三橋薬局』。

血留め切りキズの薬で有名な成田山一粒丸の製造本舗で

成田山表参道に面して建つ重厚な店舗は明治前期の建築。

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黒漆喰仕上げの外観だが、経年変化で鼠漆喰(ねずみしっくい)に見える。

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2階には掛子塗(かけごぬり)の両開扉を吊った窓が2カ所にある。
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瓦の重ね方が整然としていて美しい。




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開店前の外観

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開店後の外観

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文化財プレートは軒下にありました。
弁柄塗りの格子もイイ。

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昔ながらの薬局である点も渋くてイイ。

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販売している薬もレトロで渋かった。

何か買いたかったのだけれど、

特に思い当たるものが無く店内には入りませんでした。

上写真右側の「杞菊地黄丸」でも買えば良かったかな。




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【三橋薬局(みつはしやっきょく)】

文化財登録名:一粒丸三橋薬局店舗・土蔵
千葉県成田市仲町363
営業時間 9:30~18:30
定休日:木曜
https://ichiryugan.co.jp/


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千葉県成田市『成田山新勝寺』を一周する。【前編】

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成田山新勝寺に行ったのが10年前だったため現在の姿を見に行くことにしました。

10年前の記憶が鮮明なところとそうではないところがあるのですが、印象は割と良かった気がする。

建物群を見るなら(撮るなら)朝一番が良いだろうと考え、JR+京成電鉄利用で向かうことに。

所用時間は約1時間半でした。(もっと遠いと思ってた)

早朝なので境内に居る人の姿は疎ら。大変歩き易いです。やっぱお参りは早朝がベストかも。

さて、総門をくぐると正面に見えるのが仁王門。

階段の上にある姿を見ると、ここが「山」なんだと感じさせられます。

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仁王門(におうもん)
国指定重要文化財

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階段の両脇を守る阿吽の狛犬。

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仁王門を飾る彫刻群も素晴らしい。

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仁王門の天井は折り上げ格天井で見応えがあります。

那羅延金剛
密迹金剛
仁王門正面を守る阿形の那羅延金剛像(写真上)と吽形の密迹金剛像。

広目天
多聞天
門の裏側には広目天(写真上)と多聞天が安置されています。

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仁王門から見下ろした総門。
人が増えてきたなと思ったら団体様が到着したらしい。朝早いツアーだな。

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大本堂(だいほんどう)
1968年(昭和43年)建立。

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三重塔(さんじゅうのとう)
国指定重要文化財
逆光で上手く撮れず(前回撮ったものはコチラ

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大本堂裏にある大日如来像。

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御朱印マップなるものがありました。
この図を信じて歩いてはいけないことを後ほど思い知る。

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大本堂裏にある築山には多数の銅像が安置されていましたが
肉眼ではどれが何の像なのか見えませんでした。

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平和大塔を目指して境内裏手にある成田山公園に足を踏み入れます。

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案内表示がザックリしている。
迷ってはいけないと思いつつも迷いかける。

アカガシ
アカガシ(赤樫、学名:Quercus acuta)の巨樹に逢う。
赤みがかっているところが特徴で、木材としては硬く加工が割と困難らしい。

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いろいろあって、文殊の池に到着しました。

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ちょっとした落差で滝っぽいものが見られます。
これが雄飛の滝なのか? 西洋庭園はどこに?

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木々の向こうに塔の屋根らしきものが見えます。

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石の上で休む亀。って外来種じゃん。

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ここでようやくリアルタイプの地図を発見。
あのまま森を進んでいたら、しんどさ倍増だったかも。

ようやく目指すべき場所がわかったので、これから大塔に向かいます。

もう、汗だくだくさー。





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【成田山新勝寺(なりたさんしんしょうじ)】

千葉県成田市成田1番地
宗派:真言宗智山派
本尊:不動明王(大聖不動明王)
創建年:940年(天慶3年)
開基:寛朝僧正
正式名:成田山金剛王院神護新勝寺
https://www.naritasan.or.jp/


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埼玉県熊谷市『妻沼聖天山(めぬましょうでんざん) 』を約7年ぶりに再訪する。【後編】

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妻沼聖天山の見どころは断然、奥殿です。

極彩色の彫刻群に覆われた煌びやかな建物で、据え置かれた神輿のような、というか神輿の構造の凄さに感嘆する切欠になる建物だと感じます。

神輿をあれだけ振っても崩れない理由は、木の組み方、建物の荷重を支える枓栱(ときょう)にあるんでしょうね。

個人的にはそこも見どころだろうと思います。

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拝殿の奥にある奥殿を見学するには700円の見学料を払う必要があります。
これが後々の維持費になるんでしょうね。
700円で大丈夫なのかは不明ですが。

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見どころ満載の奥殿。

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金箔がふんだんに使われています。
江戸時代の徳川吉宗の享保の改革で華美さが禁止になったため、
これ以降の建物は極彩色に着色されない白木のものになります。

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胡粉(こふん)を何度も重ねる「置き上げ彩色」という技法で塗られています。
厚く塗られるため、デメリットはひび割れや剥落し易いこと。

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彫刻群のテーマは「平和」。
職人たちが考える「平和」が象られ彩られています。
下は「牡丹に猫」

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作:小沢五右衛門常信の銘がある「鳳凰」。

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後藤茂右衛門正綱の銘がある「鳳凰」。
阿形と吽形があります。

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「鷲に猿」の肉彫り彫刻
右側は谷川に落ちた猿を、鷲が助けている場面を表わしています。

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高欄下の猿の彫刻は12ヶ所あります。

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大口の寄進をした人の名が金箔で書かれています。

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右側の中殿は彫刻があまりなくシンプルに見えます。
宝暦10年(1760年)に完成。弁柄漆が品よく塗られています。
奥殿を手掛けた職人の子や弟子の時代のものらしい。

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割れが気になる箇所がありました。雨、大丈夫かな。

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奥殿西面の大羽目彫刻

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金箔がふんだんに使われていてどこを見ればいいのか迷うほど彫刻に覆われています。

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布袋・恵比寿・大黒天 による碁打ち。

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毘沙門天、吉祥天、弁財天の双六遊び。

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枓栱(ときょう)を支える龍の彫刻が豪華。
こうして見ると神輿に見えますね。

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龍と獅子だらけの軒まわり。

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奥殿北側。

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奥殿北面の縁下腰羽目彫刻

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右側の白いものは雪だるまです。

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相撲を取る子供たち。

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井戸の苔が増えたような。

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黒い建物が拝殿(本殿)になります。

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聖天様(歓喜天)のインドでの名前の一つがガネーシャ。
頭が象で有名な神様です。

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左の石板に彫られているものは何だっけ?

まだまだ夏日が続いていますが、見学中は曇天で日射しが弱かったので比較的ラクでした。

その後晴天になったので、これがご利益だったのかもしれない。

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次第に晴れ間がのぞき、晴天になりました。

今回も御朱印を頂きました。

混んで来たため待ち時間が少々あり、日射しがどんどん強くなる。

暑い。めっちゃ暑い。

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頂いたのは左側。





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【妻沼聖天山(めぬましょうでんざん)】

埼玉県熊谷市妻沼1627
山号:聖天山
公開日時 [平日] 10:00~15:00、[土日祝] 9:30~16:00
拝観料:700円
http://www.ksky.ne.jp/~shouden/
熊谷市Web博物館

熊谷駅から朝日バス利用
【6番】太田駅・西小泉駅・妻沼聖天前線で「妻沼聖天前」停留所下車
乗車時間約30分 片道530円 Suica利用可


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埼玉県熊谷市『妻沼聖天山(めぬましょうでんざん) 』を約7年ぶりに再訪する。【前編】

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約7年ぶりに『妻沼聖天山(歓喜院聖天堂)』にやってまいりました。

ここは高野山真言宗の仏教寺院で、奈良の生駒聖天(宝山寺)、浅草の待乳山聖天(本龍院)と並ぶ日本三大聖天のひとつです。

明治時代に神仏習合の慣習を禁止(神仏分離令)し、神道と仏教(神社と寺院)を分けることとされましたが、院主と妻沼郷28か村の村役人が聖天堂を護持し、今日迄その姿を留めています。

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実盛(さねもり)像

齋藤別当実盛が、守り本尊の大聖歓喜天(歓喜自在天または象鼻天)を祀る聖天宮を建立して長井庄(熊谷市妻沼)の総鎮守としたのが始まり。

火事などの被害で何度か再建されていますが、現存する聖天堂の本殿は、大工棟梁の林正清(はやしまさきよ)が再建を企画し、優秀な職人を集め、各地を回って寄進を募ったそうです。

つまりは、宝暦10年(1760年)に完成した本殿の工事費用は、幕府や大名などの有力者からでたものではなく、一般庶民が負担したものでした。

そのことを含めた建物の価値により、平成24年(2012年) 7月9日付で国宝に指定されています。

埼玉県唯一の国宝です。

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貴惣門(きそうもん)は国の重要文化財に指定されています。

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説明はこちら。
塗装が施されていないのは元からで、
財政難から徳川幕府下で装飾仕上げの使用が制限されていたことによるもの。


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扁額には朱が見られますね。

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彩色できない分、彫刻はとても精緻で凝ったものとなっています。
道具が発達していたからという側面もあるらしい。

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ここには何が書かれていたのか大変気になります。

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色が無くても彫刻だけで華麗に見えるという不思議。

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境内図(クリックで拡大して見えるかは不明)

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こちらは中門。

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護摩堂手前にあるド派手な石柱は何なんだろう? と思っていましたが
写真に撮って見てみると「国宝」と書かれていることが判明。
分かり難いと思うのはワタクシだけだろうか?

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中門の先にあるのが仁王門。
明治27年再建、国登録有形文化財。

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変な塗装がされていなくて見易いです。

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拝殿兼本堂

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拝殿(本堂・本殿)。

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本殿に比べると彫刻の彩色の数は少ないです。

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しかしよく見ると使われている欅がかなり立派なものだと分かります。

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狛犬の阿形と吽形。

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毎度「すごいなぁ」と思う社務所と拝殿(本堂・本殿)を繋ぐ回廊。

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境内図にその名は記されていないのですが、立派な木造建築物です。

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池側から見た回廊。
こちらから見ると、お寺という感じがしますね。

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鐘楼。

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鐘楼の前に立つ夫婦の木。

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樹種が違うところも夫婦っぽい。

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以前見た時よりも注連縄が立派になっていました。

ここまでは無料で見学できるエリアです。

メインとなる建物の見学は有料ですので、続きは後編にて。






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【妻沼聖天山(めぬましょうでんざん)】

埼玉県熊谷市妻沼1627
山号:聖天山
公開日時 [平日] 10:00~15:00、[土日祝] 9:30~16:00
拝観料:700円
http://www.ksky.ne.jp/~shouden/

熊谷駅から朝日バス利用
【6番】太田駅・西小泉駅・妻沼聖天前線で「妻沼聖天前」停留所下車
乗車時間約30分 片道530円 Suica利用可


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静岡県三島市『三嶋大社』の御神水がいろんな意味で気になる。

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『三嶋大社』に水神社があると知り今回はこちらを目当てに参拝して参りました。

水神社の脇にある御神水は境内にある井戸から湧水を引いているそうで、

「生玉水(いくたまのみず)」という名前がついています。

富士山の伏流水で汲んだ湧水は持ち帰れるらしい。(要ボトル持参)

汲んだ水は煮沸せずともそのまま飲めるらしい。(飲料可)

という前情報を得て、水筒持参で向かいました。

ちなみに駅から神社正面迄のタクシー代は今回も750円でした。

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先ずはお参り。

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つづいて社務所がある方に向かいます。

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回廊の奥が今日の目的地。

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こちらが水神社です。

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柄杓と漏斗と濾し網が置いてあります。

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しかし水を汲む場所の状態がイマイチ。
水には黒い何かが浮かんでいます。
水流があまり無いので澱みが生じているのかも。

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折角なので今回は水晶を洗っておきました。

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いつものクスノキも見て。

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御朱印を頂く。
御朱印の初穂料:500円

期待しすぎたかな? というのが感想です。

夏場は水の流れが少ないのかもしれないので、

冬に再訪してその点を確かめようと考えています。

何はともあれ、割と頻繁に参拝している気がする三嶋大社。

今年中にもう一度参拝しそうな予感がしています。

水めぐりをするのも良いかも。

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三嶋大社宝物館にも入ってみました。
入館料は500円。
エレベーターがないのでご高齢者の方は要注意です。






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【三嶋大社】

静岡県三島市大宮町2-1-5
主祭神:大山祇命、積羽八重事代主神
創建:不詳
https://www.mishimataisha.or.jp/


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日本橋再開発の高層ビルがかなり立ち上がっている。

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「日本橋一丁目中地区第一種市街地再開発事業」の高層ビルが立ち上がっていました。

2026年3月末竣工を予定している高層ビル、地上52階、高さ約284mの複合施設ビルのうち、

39階から47階にヒルトンが運営する「ウォルドーフ・アストリア東京日本橋」が入り、

その上階には居住施設ができる予定だとか。

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着物・川・暖簾をイメージしたデザインらしい。

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中央区指定有形文化財に指定されている日本橋野村ビル旧館(左下)と
一体感を持たせるそうな。

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日本橋の高速道路地下化が完了したら眺望の価値が一層上がるんだろうな。

青い養生で覆われているため、三越側から見たら合成写真かと見紛うビジュアルでした。

圧迫感を感じるのはワタクシが見慣れないからでしょうか。

八重洲や日本橋の再開発で空がどんどん消えていくのが少し寂しい。

高速道路が地下に潜っても空はあまり広がらないかもなぁ。




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静岡県三島市『三嶋大社』に夏詣。

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三島に来たら『三嶋大社』に立ち寄らねばならない気になります。

ということで駅からタクシー利用で向かいました。

タクシー代は750円なり。

午前中ですが既に境内は猛烈に暑くなっておりまして

風が吹くものの快適とはなんとなく言い難い。

それでも人気スポットですので多くの人が参拝していました。

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先ずはお参り。
真夏の参道は待ち時間もジリジリ焼かれて若干辛い。

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砂利の上には木陰が無いので蚊がいないため安心してお参りできます。

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令和大御代の奉祝記念事業(令和の大修理)として、
社殿群の屋根葺替並びに耐震化を進めているようです。

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慶応3年に落成した舞殿の大鬼。
クレーンの無い時代に屋根に据えるのも大変だったろうなぁ。

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手筒花火神事というものが8月16日の夜にあるそうです。

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神池の脇の御神木(クスノキ)。

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「三島七木(ななぼく)」唯一の生き残り。
「三島七木」は三島の名所旧跡にある木のことで、 間眠(まどろみ)神社のマツ、法華寺のマツ、石(おしゃもじ)神社のマツ、三嶋大社のクスノキ、陣屋のケヤキ、道満塚(どうまんづか)のマツ、晴明塚(せいめいづか)のマツを指す。

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社務所前にあるクスノキ。

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社務所脇にあるクスノキ。

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今回は御朱印を頂きました。

最近は境内のクスノキに会いに来ている気がします。

癒しスポットと申しますか、

見ているだけで肩の力が抜けるというか、

何らかの効果がある気がするんですよねぇ。

清涼な水脈もあるし、やっぱり強めのパワースポットなのかも。




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【三嶋大社】

静岡県三島市大宮町2-1-5
主祭神:大山祇命、積羽八重事代主神
創建:不詳
https://www.mishimataisha.or.jp/


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長野県諏訪市『諏訪大社上社本宮』は大人になって参拝すると見方が変わる、かもしれない。

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諏訪市と言えば諏訪大社。長野県といえば諏訪大社。

それぐらい有名な場所だと思う諏訪大社の上社本宮に詣でて参りました。

子供の頃に来た気がするのだけれど、御柱しか記憶にない。

子供だったので建物には一切興味が無く、

ここがただの森だと感じていたことを思い出しました。

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布橋(ぬのばし)
重要文化財
安永6年(1777年)造 
保存修理事業で東側の入口御門と布橋が
銅板葺きから昭和初期のこけらぶきの屋根に戻った。


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神馬舎

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立札が更新されているっぽい。
この文字を書く担当者が居るんだろうなぁ。


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指かな? と思いきや人参でした。

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額のところに何らかの気配がすると思ってガン見したところ、
額を支える金具部分(右)に蝉の亡骸っぽいものを発見しました。


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途中で切られているものの存在感が凄い巨樹。
これは何の樹なんだろう?


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御柱の一本目を発見。

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桁行三八間、梁間一間の布橋。
布橋は創建(1777年)当時には、現在より東側に約5.4メートル延び、入口御門が創建された1829年にその分を解体して西側へ移したことが分かった。両建物とも1959年まではこけらぶきだったことから、布橋と入口御門の屋根は、大社が隆盛を誇った昭和初期のこけらぶきに戻し、併せて布橋に付属する番所を復元する申請を文化庁に行った。
布橋のこけら板は、長さ約24センチ、幅6センチ以上、厚さ約4ミリの杉の割り板を使用。竹くぎで固定しながら、約30万枚の板を屋根(約406平方メートル)に張り巡らせた。入口御門は厚さ約3ミリの栗材約9万5千枚を敷いた。布橋には、柱とはりに補強材を入れて耐震対策、自動火災報知器を整備した。番所は大社や市博物館所蔵の写真や残っていた図面を元に復元した。
出典:信州・市民新聞グループ

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改修中ですが直線が整然と並ぶ美しさを感じます。


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彫りが凄い。どれも凄すぎて何処を見ればいいかわからなくなる。


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勅使殿と五間廊


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絵馬堂(左)と摂末社遥拝所(右)


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絵馬堂の改修された屋根は銅板葺きでした。
銅板葺きは高価ですが耐久年数が長いのが特徴です。
現代では銅板を葺ける職人さんも減少しています。


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こちらは宝殿


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四脚門(しきゃくもん)
国指定重要文化財

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布橋を出たところ。

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布橋を出たところから見た宝殿。

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9棟もの保存修理工事を行っている時期だったので
布橋を渡れたのはラッキーだったのかも。

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改修中の雅楽殿。

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改修の様子が写真で展示してあります。

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現在改修で見られなくなっているエリア。

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名前が分からないのだけれど可愛らしい鳥を発見。

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鳥に詳しい方が居たらこの鳥の名前を教えてください。

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参拝所
右側の防音シートに覆われた建物は勅願殿だと思われます。

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神饌所
手前の柵にも銅板が使われていますね。
周囲が苔生しているところを見ると銅板じゃないと長持ちしないんだろうな。

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御柱の遥拝所という札があったので覗いてみたところ

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奥に御柱が見えました。
真新しいからわかるけれど数問経過したら色が古くなって
周囲の木々と見分けが付かなくなるんだろうな。

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石段下から見た塀重門

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石段とその脇にある祈祷殿

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こちらが一の御柱。
次回の御柱祭は2028年春だそうです。

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御沓石(おくついし)を見るつもりが横の水流をぼーっと眺めてしまいました。
(つまりは御沓石を見逃した)

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「祓い給へ 清め給へ 守り給へ 幸え給へ」
(はらへたまへ きよめたまへ まもりたまへ さきはえたまへ)
と無言で唱えながら、茅の輪くぐりもやっておく。

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手水舎の隣にある温泉が出ている明神湯。
結構熱めの湯です。

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北参道の大鳥居

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気配を感じて見上げたところスズメバチの巣がありました。

子供の頃に家族で参拝した気がするのですが、

記憶にあるのは見上げる高さの白い御柱だけなもんで

訪れたのは四社あるうちのここだったのかが不明です。

ちなみにワタクシが生まれて以降の御柱年は以下のとおり。

1980年(昭和55年)
1986年(昭和61年)
1992年(平成4年)
1998年(平成10年)
2004年(平成16年)
2010年(平成22年)
2016年(平成28年)
2022年(令和4年)
※御柱祭が行われるのは7年ごとですが正確には満6年間隔になります

ゆえにワタクシが家族と諏訪に来たのは1986年頃だと推察されます。

御柱が白かったということは御柱祭からそれほど月日が経っていないってことで。

年代が分かったからどうということは無いのですけれども。

もし再訪することがあれば2027年頃に来て今の御柱を見納めしておきたいです。

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社務所の右手側で御朱印を頂きます。

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こちらが頂いた御朱印。
達筆で見入ってしまいました。


【国指定重要文化財】
四脚門,神楽殿,神馬舎,摂末社遙拝所,勅願殿,勅使殿,天流水舎,入口御門,拝殿,布橋,文庫,幣殿,脇片拝殿

かりんちゃんバス:路線図(PDF),バス時刻表(PDF)

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【諏訪大社 上社本宮】

長野県諏訪市中洲宮山1
本宮主祭神:建御名方神(たけみなかた)
本宮御神体:御山(神体山)
https://suwataisha.or.jp/


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長野県諏訪市『北斗神社』の急峻な石段は200段もあるらしい。

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諏訪大社に向かって歩いていると、左手の山側に石段を発見。

めちゃくちゃ急な崖にある石段が壁のように見えます。

石段の上に祀ってあるのは、

北極星を神格化した神様「天之御中主神」だそうです。

天之御中主神は、天地初発の時に高天原に出現した最初の神。独神となって身を隠した。
別天神の第一の神で、続く高御産巣日神・神産巣日神を合わせて「造化三神」とも称される。

天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ、あまのみなかぬしのかみ)は

古事記において神々の中で最初に登場する神でして、

それゆえにかご利益は「寿命」とされているようです。

大戦中は出兵した兵士のために参拝に訪れる人々のために

地元の有志が石段を造設したそうです。

しかし、その後敗戦となったため階段は途中で放置。

近年段階的に整備され、現在は200段もの階段と手すりが付いています。

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階段の上に二つのお社があるらしい。
ちなみにこの北斗神社は真北を向いているそうです。

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石段は最大傾斜角度35度と書いてあるものもありました。

立川和四郎富昌(諏訪大社造営に携わった宮大工、立川和四郎富昌の次男)に師事した

白鳥弥四郎が本殿を手掛けたそうです。

本殿の彫刻が見事らしいのですが、

盗難被害にあったことで現在は二重の格子で厳重に管理されており、

お社の彫刻などは見え難い状態にあるんだとか。

高所恐怖症ゆえに階段の昇降は控えましたが、ご利益よりも技工が気になるので

体調とメンタルが万全な日に上ってお社の彫刻を見てみたい気もする。

時と共に鬱蒼と茂った森の中の神社になりそうですが、その経年変化も見たいかも。

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諏訪大社上社本宮の三之鳥居(若宮八幡社の手と前にあります)。
いよいよ諏訪大社に入るぞという心構えができる鳥居でした。


参考:北斗神社と泰一社《諏訪市の神社》

参考:國學院大學 古典文化学事業「天之御中主神」

【北斗神社(ほくとじんじゃ)】
長野県諏訪市中洲神宮寺(旧・中州村)
祭神:天御中主神(あめのみなかぬしのかみ、あまのみなかぬしのかみ)
本殿:文政8年(1825年)


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長野県茅野市「高過庵」「低過庵」「空飛ぶ泥舟」という藤森照信氏設計の3つの茶室。

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茅野出身の藤森照信先生が設計した3つの茶室が茅野市にあります。

「高過庵」「低過庵」「空飛ぶ泥舟」がそれ。

2010年に茅野市民館主催のワークショップで製作され、

2011年に今の場所に移設されたそうです。

今回はこれらを観るために茅野までやって参りました。

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「空飛ぶ泥舟(そらとぶどろぶね)」
ケーブルで浮いている小さな茶室です。
個人所有だそうで内部に入るにはツアーに参加するしかないようです。
高所恐怖症のためワタクシは永遠には入れなさそうです。

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割と高い。

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近くに施錠されている木製の梯子がありましたが、これで上るのは怖すぎるかも。

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地上約3.5mに浮かんでおります。

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今にも歩き出しそう。
奥に見えているのが「高過庵」です。

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「高過庵(たかすぎあん)」
『TIME』誌の「世界でもっとも危険な建物トップ10」に選ばれています。

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地上6mの木の上に乗る茶室です。
こわい。

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茶室から見るロケーションはとても良さそうです。

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これだけ高いところにあると虫が寄り難いかも?

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たった二本の木で支えられています。

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すぐそばに祠がありました。

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「低過庵(ひくすぎあん)」

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こちらは真横から見た写真になります。
屋根が開くんだろうか? ⇒ 驚きの開き方をするようです

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半分土に埋まった竪穴式茶室です。

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反対側の横から見たらこんな感じ。

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煙突が可愛いですのですが、上からだと開口部が見えません。

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道があったので降りてみました。

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本当に半分埋まっています。中は涼しいのかな?

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自然に馴染む建物で見ていて落ち着きます。

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雑草が生い茂っていないってことは定期的に草刈がされているんだろうな。

見学に先だって神長官守矢史料館で確認をしておいて良かったです。

後から調べたら藤森先生の実家の畑内(私有地)にあるらしい。

念のため確認したところ外観の見学は可とあるから大丈夫っぽい。

気が小さいのでちょっとドキドキしました。

これら3つの茶室(外観)を観てもっと藤森建築が好きになりました。

なるべく早く多治見市モザイクタイルミュージアムに行きたいと思う。








【高過庵(たかすぎあん)、低過庵(ひくすぎあん)、空飛ぶ泥舟】
【神長官守矢史料館(じんちょうかんもりやしりょうかん)】

長野県茅野市宮川389-1(茅野駅から徒歩40分・タクシー10分)
神長官守矢史料館入館可能時間 9:00~16:30
※高過庵・低過庵・空飛ぶ泥舟の外部はいつでも見学できます。
神長官守矢史料館休業日:月曜、祝日の翌日(月曜が祝日の場合は翌日も)、年末年始
https://www.city.chino.lg.jp/soshiki/bunkazai/1639.html


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長野県茅野市『神長官守矢史料館』から道なき道を往く。

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神長官守矢史料館の基本設計は藤森照信先生(東京大学名誉教授)です。

茅野駅からタクシーを利用して神長官守矢史料館にやって参りました。

ここまでのタクシー代は1,600円。

公共交通手段が無いため茅野駅からだとタクシー利用一択になります。

さてワタクシがわざわざここに来たのは、藤森照信建築を観たかったから。

有名な茶室が三つここにあるのですが、予備知識を入れた無かったため

先ずは神長官守矢史料館を目指しました。

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守矢家は諏訪大社上社の神官の一つである神長官(じんちょうかん)を

中世から明治維新まで務めた家です。

その守矢家に鎌倉時代から伝わる守矢文書を保管・公開しているのが神長官守矢史料館です。

ほとんどは諏訪大社の祭礼に関するものだそうです。
 
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説明書きを読んでいる時間が無いため写真に納めて先に進みます。

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一旦、史料館に立ち寄り見学料の有無を聞いてみる。

茶室を外から見学する分には無料とのことなので、史料館を見ずに山側に向かいます。

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防水シートを張っているのかと思いきや、道でした。
しかし途中で途切れる。

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守矢家の敷地に祀られるミシャグチさま。
「御頭御射宮司総社(おとうみしゃぐちそうしゃ)」

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この奥に向かうにあたり、社で手を合わせます。

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道がよく分からないためこちらもついでに見学。

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守矢家の伝承によれば物部武麻呂の墳墓ということになっているそうです。
(守矢氏の祖とされる人物)

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直径約10mの円墳。玄室は露出しています。

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ここからは直刀が出土しているそうです。

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古墳の当たりから街を望む。

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お社の前を通って道らしきものに出ます。

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なんか書いてある。風雨にさらされて文字が見えにくいけど道標でした。

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結局は車道を発見し、そこから目的の一角に辿り着きました。
史料館から入らなくても入れたっぽい。

民間信仰の歴史の重さに触れた気がするエリアでした。

調べ始めると際限が無さそうですが、

ミシャグジさまについてはこんな説明がWikipediaにありました。

ミシャグジさまとは、中部地方を中心に関東・近畿地方の一部に広がる民間信仰(ミシャグジさま信仰)で祀られる神(精霊)である。長野県にある諏訪地域はその震源地とされており、実際には諏訪大社の信仰(諏訪信仰)に関わっていると考えられる。全国各地にある霊石を神体として祀る石神信仰や、塞の神・道祖神信仰と関連があるとも考えられる。

今回はこの辺りを少し歩いただけですが、

柳田國男のような「日本人とは何か」という問いが芽生えそうになりました。

再訪する機会があれば、この辺りの信仰について事前に調べようと思っています。








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【神長官守矢史料館(じんちょうかんもりやしりょうかん)】

長野県茅野市宮川389-1(茅野駅から徒歩40分・タクシー10分:約1,600円)
神長官守矢史料館入館可能時間 9:00~16:30
※高過庵・低過庵・空飛ぶ泥舟の外部はいつでも見学できます。
神長官守矢史料館休業日:月曜、祝日の翌日(月曜が祝日の場合は翌日も)、年末年始
https://www.city.chino.lg.jp/soshiki/bunkazai/1639.html


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山形県山形市『やまがたクリエイティブシティセンターQ1(キューイチ)』は尋常小学校をリノベしたお洒落で楽しい複合施設。

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文化財プレートを確認し忘れておりましたが、この写真の左側にありました。

昭和2年(1927年)7月に竣工した山形市立第一小学校旧校舎は、山形県初の鉄筋コンクリート造3階建の校舎で、当時の日本の最先端技術によって建設された貴重な建築物として国の登録有形文化財(建造物)に登録されています。

それをリノベーションし、映像、音楽、クラフト、メディアアート、カフェ、市民活動スペースなどが入る複合施設&クリエイティブ拠点『やまがたクリエイティブシティセンターQ1』として2022年9月にオープンしました。

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このオブジェの存在が学び舎ではないことを知らしめてくれます。

来る人、来る人が若者ばかりなので、今人気のスポットなのかもしれません。

ビックリするほど高齢者の姿を見ませんでした。

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新校舎の完成に伴い平成16年に校舎としての役割を終えていました。

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外のデッキでも休めるっぽい。今日は雨だから無理だけど。

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直線を多用したアールデコ調の外観はシンプルなモルタル塗り。

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玄関正面の階段は重厚な石造りで建物の顔的存在感があります。

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テナント一覧はこちら。

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コの字になっているので歩きやすいしお店を探しやすいです。

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一階と二階で床の色が異なっていました。
樹種の違いか?

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元小学校のトイれに授乳室があるところが面白い。

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こちらは書店っぽい。

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コンクリート躯体が剝き出しになった階段。

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きっと防水工事はしているんだろう。たぶん。

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大人になって初めて感じたけれど、小学校の階段って上り易いんですね。

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二階にもショップがあります。

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一階とは異なり、壁が剥き出しになっています。

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元水飲み場だと思われる遺構。

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今は特に何にも使われていないっぽい。

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こちらは一階の類似箇所と思われるところ。
棚として利用されていました。

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エレベーターも設置してありました。(背後にあります)

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一週回って剥き出しの躯体がお洒落に見える不思議。

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ご当地ガチャがありました。回さなかったけど。

改修設計と運営を担当したのは、東北芸術工科大学の馬場正尊教授が主宰するオープン・エーだそうです。

今後も様々なビジュアルに進化していく気配があり、クリエイティブ(独創的)な場であり続けるのではないかと思われます。

この後、カフェ2軒とショップ1軒に立ち寄ってみました。教室が面白い内装になっていて、大人が本気を出した学園祭という感がありとても興味深かったです。
ある種、学園祭の正解を見た気がするというか。

自分だったらどのような内装にするかと妄想しながら時間を過ごしていたら、あっという間に時が過ぎておりました。

見学に半日は必要かも。

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昭和時代の小学校といえば二宮金次郎像。
足元に家禽が二羽おりますが物語に鳥もセットだったっけ?



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【やまがたクリエイティブシティセンターQ1】

山形県山形市本町1-5-19 山形市立第一小学校
JR山形駅から徒歩15分、山形市中央駐車場から徒歩10分
ベニちゃんバス「本町・Q1」停留所から徒歩3分
開館時間 9:00~22:00
休館日:年末年始(臨時休館あり)
https://www.instagram.com/yamagata.q1/


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【続】山形県山形市「近代建築山形ミュージアム at 旧吉池医院」を最終日に見学する。

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旧吉池医院の見学は二階に続きます。



安定感と安心感のある重厚な階段を上ると。

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階段脇の装飾。こんなところにまでとちょっと驚く。

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二階の手すりにある装飾。アカンサスっぽい何か。

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階段前の洋間入り口にある照明器具。お洒落です。

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二階廊下の照明は意外と小ぶり。

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階段前の洋間。壁紙がボロボロになっています。
古い記録写真を見ると壁に模様はないので張り替えられているのだと思われます。たぶん。

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レースのテーブルクロス。(漂白して糊づけしたい)

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剥がれた壁紙。

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なぜか西郷隆盛(とされている)絵が掛けられています。

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階段側から見た奥の部屋。

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こちらが階段から見て一番奥の部屋。
こちらには伊藤博文の絵が掛けてあります。何故?

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備品は殆どありませんが
以前からここら掛けられていたんだろうと思われる絵もありました。
ってか、部屋の壁が弁柄を混ぜた漆喰塗りっぽい。

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とても細い廊下で荷物の搬出入は難しそうです。

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廊下の奥は和室でした。
だったら搬出入する家具が無くても良いので納得です。

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ポツンと置かれたランプ。

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休憩室を兼ねた和室の押入れに道具類が展示してありました。
黒柿の鏡台も置いてありました。なんて贅沢な。

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こちらのオブジェが気になったので座ってみました。

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ペーパークラフトだったらしい。
価格の目安が書いてあったのでそれよりちょい足しで募金箱に投入致しました。

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シンプルな窓の鍵。

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塔屋の見学はできませんでした。

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塔屋に向かう階段。漆喰の壁と相俟って美しい造形です。

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現在は周囲にビルが建っていますが、
昔は塔屋からの見晴らしがよかったんだろうなと想像されます。

見学後に少額ながら募金箱に投函したところ手作りの栞を頂きました。

募金した人に配っているんだそうです。

有志の方々によるどうしてもこの建物を遺したいという

強い意志と熱い情熱を感じました。

文化財登録されると良いなとも思っていますが、

手続きが大変だろうなぁ。




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【旧吉池医院】

山形県山形市十日町2-4-16


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山形県山形市「近代建築山形ミュージアム at 旧吉池医院」を最終日に見学する。

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予てより建物内を見学してみたいと思っていた吉池小児科医院。

毎週第3日曜日から一週間だけ公開されると知り、

今月最後の見学日に行って参りました。

110年の歴史を持ち、2023年1月に閉院した山形市十日町2丁目の「旧吉池医院」をまちづくりに活用しようと、大学や設計関係者らでつくる「近代建築山形ミュージアム委員会」が今月中旬、内覧企画展を計画している。旧吉池医院は同市の文翔館の設計顧問を務めた建築家中條精一郎(米沢市出身)の設計で、中心市街地全体の魅力アップにもつなげたい考えだ。

院長の吉池章夫さん(小児科)と妻(皮膚科)で医院を営んでいたが、2023年1月に閉院し、吉池さんは約半年後に77歳で亡くなった。閉院とともに建物が失われかねないとして吉池家に活用を打診し、了承を得て2023年11月3日、東北芸術工科大や設計事務所の関係者などで同委員会を立ち上げた。
(山形新聞2023.11.15より一部年月を加筆)

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窓枠が木製で、一週まわって今っぽくて新しい感じ。

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折れたポールが見えます。アンテナか?

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エントランスは割とシンプル。

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見学は昨年11月よりスタートしたようです。

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病院だったころは土足だったと想像されますが、
現在は建物保存の観点からか入り口で履物を脱ぐことになっています。
ここで出されるスリッパは有志の方の寄付なんだとか。

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エントランスの階段の最上段が木製になっていますが、
現在はこの下の石の部分で靴を脱ぐことになっています。

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控室の札が手書きっぽくて味がある。

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待合室前の廊下は白漆喰塗で明るい雰囲気。

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待合室。

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ベビーベッドの上に棟板(棟札)が置いてありました。

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天井は格天井でかなり凝った造り。
填まっている天井板も名のある樹種だと思われます。
屋久杉とか檜とか?

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診察室の窓も凝っている。

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こちらはレントゲン撮影室。たぶん。
木製ドアがいい味出してます。

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診察室を別の角度から撮る。
窓の向こうは隣接する駐車場です。

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診察室を別の角度から撮る。角の開口部が待合室に繋がっています。

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診察室に隣接しているのは処置室なのかな?
なぜかこんなところに展示してある奥様のピアノ。
かなりコンパクトですね。

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カーテンが掛かっていたと思われるレールがあるのだけれど、
この角度になっている意味がちょっと分からない。

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処置室内の手洗い場。
昭和感があるけれど凝った造り。

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温度計と湿度計がレトロ。ついでに照明器具のスイッチもレトロ。

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通気口らしきところの詰め物。
書籍のページを破って詰めたんだろうか?
すごく気になります。

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こちらは階段脇の廊下。
背中側に別棟に向かうと思われる出入口があります。

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廊下の天井が船底みたいで面白い。

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廊下に置いてあった長椅子。
以前は診察室に置いてあったようです。

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こちらが廊下の先(二つ上の写真の背後)にあった出入口。
病室があったようです。

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二階への階段。かなり急です。怖いです。

漆喰塗の壁と木材のコントラストがお洒落。

昭和時代のかなり高級な病院という感じがしました。

調べたところ、大正元年(1912年)の開業時は眼科だったようで、

その後、小児科と皮膚科の診療所に変更していました。

代々医師ってことは、地元の名士だったのかもなぁ。

二階も見どころが多いのですが、劣化も激しくて心配です。

ということで、続く




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【旧吉池医院】

山形県山形市十日町2-4-16


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長野県北佐久郡軽井沢町『室生犀星(むろうさいせい)記念館』の苔庭がみごと。

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『室生犀星記念館』が軽井沢にあります。

昭和6年に建てられた室生犀星の別荘で、

犀星は亡くなる前年の昭和36年まで毎夏ここで過ごしたそうです。

ところで、室生犀星の苗字を「むろ」と読んでいたワタクシ。

一般的には「むろう」と読むようで、この記念館でもそれが正式としています。

姓の平仮名表記は「むろう」が一般的であるが、犀星自身が「むろう」「むろお」の両方の署名を用いていたため、現在も表記が統一されていない。
室生犀星記念館は「「むろお」を正式とするが、「むろお」への変更を強制するものではない」としている。
(Wikipedia)

何故だかあまり良いイメージがワタクシの中に無い室生犀星。

名前が覚えられないのと同じく作品も全くと言っていいほど読んだ記憶がありません。

ふるさとは遠きにありて思ふもの
そして悲しくうたふもの
よしや
うらぶれて異土(いど)の乞食(かたい)となるとても
帰るところにあるまじや
(小景異情 その二)

上記の有名な詩句からか、詩人のイメージが強かったです。



そもそも犀星という名前の由来は何なのか? と過ってはいたものの

特に調べもせずに過ごして参りましたが

サクッと検索したところ、生家(生まれてすぐに養子に出されている)と

育った家が犀川の西岸にあったことに由来しているそうです。

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犀星自身が庭師の手を借りて手入れしていた苔庭も見どころ。

室生犀星は、大正期から昭和中期にかけて活躍した、日本文学を代表する詩人・小説家です。この記念館は、昭和6年に建てられた別荘を改修したもので、犀星は亡くなる前年の昭和36年まで毎夏をここで過ごしました。この家では、堀辰雄、津村信夫、立原道造、川端康成、志賀直哉ら多くの作家と交流がありました。

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犀星についてはともかく、こちらの建物は見応えがあります。

上の写真の左側奥の書斎と呼ばれていた和室は必見で、

かなりの銘木を使っていました。

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書斎の床柱はサルスベリ(百日紅)だそうです。
こんな太い木になるなんて相当な樹齢だったのではなかろうか。
床框(とこがまち)は黒柿!です。

お金あったんだなぁ~と、この和室を見て思いました。

ところどころ修繕されている跡が見られますね。

塀にその資料が貼ってありました。

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どこをどう修繕しているのかが分かるので見どころも分かり易い。

これを踏まえて見学すると、

「離れ」はかなりの部分改修されているようでした。

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苔庭と書斎は必見です。

個人的には黒柿の床框が見学のクライマックスかな。

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周囲には文化財的価値のあるたいものが点在しているようなので

日を改めてレンタサイクルを利用して見て回りたいと考えています。

ところでこの記念館がある場所は苔があるところからして湿潤だと思われ、

これからの季節は蚊との戦いになりそうです。

蚊が湧く前に訪れることができて個人的には幸いでした。



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【室生犀星記念館(むろうさいせいきねんかん)】

長野県北佐久郡軽井沢町大字軽井沢979-3
令和6年の開館期間:4月27日(土)~11月4日(月祝)まで期間中無休
開館時間 9:00~17:00
入館料:無料
※駐車場なし
https://www.town.karuizawa.lg.jp/www/contents/1590985603807/index.html


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sava!プロフィール

sava

昭和生まれの大阪育ち。数十年前から母の実家の神楽坂エリアに生息。食,日本酒,旅,富山県,文化財(建築物),読書等を好み、当ブログではそれらにオマケ情報も加味しています。それなりの年齢になり、老眼とか更年期とか諸々の不具合も出て参りました。そんな多様な話をチマチマと記す日々です。
もう一つのsava!ブログ
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sava!建てめも。
sava!ブログから建物に関することをある程度分離してメモしておこうと考えてできた分室です。家に関することについて語っているので、気が向いたら見てください。
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