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興味あるものを 興味ある人に。

私は諦めを敵とする。 私の日々の努力は実にこの諦めと闘うことである。 (北条民雄)

建築物・建造物@壱景

千代田区神田駿河台『エクセルシオール カフェ お茶の水日本大学店』の外観が良い。

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日本大学 お茶の水校舎内にある、2026年7月1日にオープンした

エクセルシオールカフェに行ってきました。

建築家ウィリアム・メレル・ヴォーリズが設計した「主婦の友社」の社屋を

磯崎新 氏の手によって外観デザインを継承・復元・高層化した建物内にあり、

店内は歴史的建築物のフレームを活かした高い天井と、広々とした開放感が特徴。

同カフェは、大学が提携している唯一の店舗だそうです。

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ワタクシが見た中では一番高級そうな外観のエクセルシオールカフェ。

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ここでは「ミルチェ」という飲み物がイチオシらしい。

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内部の天井はこんな感じ。
集中して勉強できそうな個別ブースもあります。

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元の内装が分からないので、
建築家の色がどこにあらわれているのか分かりませんでした。

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ミルチェ エスプレッソ 780円とCREMIA(クレミア)というソフトクリーム。

ソフトクリームが美味しいと思ったら、

こちらは日清食品グループ・NISSEIの高級ソフトクリームで、

エクセルシオールの商品ではないっぽい。

ミルチェを提供されるのが遅かったため、

カウンターで待っている間にかなり溶けてしまいましたが、

本来のビジュアルはもっときれいだし美味しそうなんです。

これを食べるためだけに再訪したいかも。

いろいろと納得できたので、来て良かったです。



【エクセルシオール カフェ お茶の水日本大学店】
東京都千代田区神田駿河台1-6 日本大学 お茶の水校舎1F(お茶の水スクエア)
営業時間 7:00~21:00,[土日] 8:00~19:00
https://shop.doutor.co.jp/doutor/spot/detail?code=5000302


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長野県長野市『善光寺』の経蔵で重さ5トンの巨大な輪蔵を二人で回す。

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何度行っても新しい発見がある気がする『善光寺』。

今回は母と一緒だったので、タクシーで参道をワープすることにしました。

長野駅から山門脇までのタクシー乗車で、1,400~1,600円だった気がする。

ここまでワープをしたことで、

なだらかな坂を上がり続けることなく体力が温存され、

境内で歩き回ることができました。

と言うほど歩いてないけど。

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山門脇に着いたらお祭り中?でした。

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『第19回 善光寺表参道夏祭り』というらしい。

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境内には新しい建物が建っていました。
どんどん景観が変わるなぁ。

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彫刻はあまり見えませんでした。

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横から見ても彫刻があまり見えない。

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それにしても立派な柱ですねぇ。

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御朱印が豊富。

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特別御朱印もあります。

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代表的な御朱印と

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季節の特別御朱印をいただきました。

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続いて向かったのが「経蔵」。国の重要文化財です。

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堂内中央には経典を納めた八角形の「輪蔵(りんぞう)」があり、
一回まわすとお経をすべて読んだのと同じ功徳が得られるそうです。
※八角輪蔵(はっかくりんぞう)というらしい。

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横から見た経蔵。隣に何かが建つのかしら?

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火焔宝珠(かえんほうじゅ)
宝珠は「あらゆる願いを叶える神聖な玉」とされており、
周囲の火焔には建物を火災や水難から守る災難除けの意味や、
神聖な気が立ち上る姿を表しているらしい。

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輪廻塔(りんねとう)の石の車輪をカラカラと手で回すことで、
お経(名号)を読んだのと同じ功徳(ご利益)を得られ、
極楽往生ができるらしい。

善光寺の本堂は国宝。

三門(山門)と経蔵が国指定重要文化財、仁王門と鐘楼が国登録有形文化財です。

建造物で文化財とされているのはこの五件だけでなく、

周辺の宿坊にも登録有形文化財になっている建物があるそうです。

いずれ見学しようと思っています。

それはさておき、経蔵の堂内に立ち入った際、

そこに居たのは母とワタクシの二人だけでした。

受付で拝観料をお渡しした際、

「二人で回せるかなぁ」呟かれたのですが、

気合を入れて回し始めたところ「大丈夫そうだね」と頷かれました。

結構頑張って回していたのですが、

途中で重くなってきたなと思ったら、母が力を入れるのを止めたんだとか。

「だって早く終わっちゃうじゃない」

ですって。

信心深くない者が回すと重くなるのかと

半ば本気で考えていたワタクシのあの時間を返せと思わなくもない。

そんなことも含めて、記憶に残りそうな経蔵拝観でした。



【善光寺】
長野県長野市大字長野元善町491-イ
6:00~16:00
https://www.zenkoji.jp/


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長野県長野市『松代象山地下壕』をひとりで歩く。(ちょっと長くなります)

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松代大本営跡(まつしろだいほんえいあと)は、太平洋戦争末期に軍部が本土決戦に備えて極秘に建設した巨大な地下壕群。

国家中枢や皇室、政府機関の移転が計画され、延べ約75万人の労働者が動員されました。

松代大本営跡は計3箇所の大地下壕群の総称で、現在は「松代象山地下壕」の一部(約500m)が無料公開されています。


【私的考察シリーズ風】


第二次世界大戦末期、長野県松代に建設された「松代大本営地下壕」。

太平洋戦争の戦局は急速に悪化し、1944年(昭和19年)7月にサイパン島が陥落すると、アメリカ軍のB-29爆撃機が日本本土を直接攻撃可能になった。東京への大規模な空襲が現実味を帯びたことで、大本営や政府機関、通信施設、さらに天皇の御座所を内陸へ移す構想が具体化する。

候補地の調査は長野県内で行われたが、松代以外にどの地域が正式な候補として比較されたのかは、公開資料では明確ではない。
1944年5月ごろ、陸軍の井田少佐らが信州で適地を探し、松代付近を移転先として報告した。その後、松代を中心に、象山・舞鶴山・皆神山の三地区、さらに須坂方面や善光寺周辺などへ関連施設を分散配置する計画が進められた。

着工は1944年11月11日。
終戦の1945年8月15日まで、およそ9か月という異例の短期間で工事が続けられた。
この間、工事は昼夜二交替制で進められた。ダイナマイトで岩盤を破砕し、人力とトロッコで岩石を搬出するという、現在から見れば極めて原始的な工法である。それでもわずか約9か月で、総延長約10kmに及ぶ地下壕計画の約75~80%が完成したとされる。計画そのものが、いかに国家の最優先事項であったかを物語っている。

地下壕は一か所ではなく、三つの山に分散して建設されている。
最も規模が大きいのが象山地区(イ号倉庫)である。
この「イ号倉庫」という名称は、軍が計画を秘匿するために付けた符号だった。
実際にここに入る予定だったのは、政府各省の主要部、日本放送協会(NHK)の海外局、中央電話局などの行政・通信機能だった。計画延長は約7.5km、終戦時には約5.9kmが掘削され、約80%まで完成していたとされている。現在一般公開されている地下壕は、この象山地下壕の一部約500mである。

一方、舞鶴山地区(ロ号倉庫)には、大本営参謀本部と天皇・皇后の御座所、宮内省を置く中枢施設として計画された。地下壕の延長は約2.6kmで、終戦時には約90%まで完成。現在も地下壕の大部分は気象庁松代地震観測所として利用されており、極めて安定した岩盤環境を生かした世界有数の地震観測施設となっている。

皆神山地区(ハ号倉庫)は、当初は大本営や御座所の候補地だったが地質条件が適さないことから食糧や物資を保管する巨大な備蓄庫へと計画が変更された。総延長は約1.9km。終戦時にはほぼ掘削は完了していた。現在は崩落の危険があるため非公開となっている。

さらに、この三地区以外にも、善光寺周辺や須坂方面には送受信施設や印刷局などを配置する「ニ号」「ホ号」「ヘ号」「ト号」「チ号」「リ号」などの関連施設が計画されていた。つまり松代大本営とは、単なる地下壕ではなく、一つの「地下都市」を建設する計画であった。

松代が選ばれた理由の一つが、堅固な岩盤である。
象山地下壕の壁面には、安山岩質のひん岩(玢岩)が広く分布すると考えられている。ひん岩は地下浅部でゆっくり冷え固まった火成岩で、現在の分類では安山岩質岩脈として扱われることが多い。圧縮強度は100~250MPa程度に達することもあり、花崗岩に匹敵するほど硬い岩石である。局所的には凝灰角礫岩や凝灰岩も分布すると考えられるが、公開区間の大部分は非常に緻密で硬い安山岩質岩盤で構成されているとみられる。
この岩盤の存在が、地下壕を素掘りのままで維持できた理由でもある。
公開区間ではコンクリートで覆われた部分はごく一部で、大半は80年以上経った現在でも岩肌がそのまま露出している。崩落が少なく、気象庁が戦後に地下壕を地震観測施設として転用したことも、この岩盤の安定性を裏付けている。

一方で、この硬い岩盤は工事を難しいものにした。
現在のトンネル工事のような大型掘削機械は存在せず、削岩機で穴を開け、ダイナマイトで発破し、砕けた岩石を人力で搬出するしか方法はなかった。坑道内は照明も限られ、粉じん、騒音、振動の中での重労働が続いた。

工事には延べ約300万人が従事したとされる。 資料では、日本人男性労働者、朝鮮半島出身の男性労働者、建設会社(西松組・鹿島組など)の作業員、勤労動員された男性が主体だったことが確認でき、実際に現場で働いた朝鮮半島出身者は約6,000~7,000人と推定されている。

一方、地域住民や女性も炊事や飯場の運営、勤労奉仕などの形で工事を支えた。戦時中には女子挺身隊が防空壕掘削などの土木作業に従事した例は全国にあるが、松代大本営地下壕については、掘削作業を女性が担ったことを示す資料は、現在確認されていない。

工事中には事故や病気、栄養失調などで亡くなった人も少なくないと考えられている。犠牲者数についても確定した記録は存在しないが、研究者の間では100~200人程度と推定されることが多い。

地下壕内には現在のような空調設備はない。それでも年間を通して約15℃前後という一定した温度が保たれている。厚い岩盤そのものが巨大な蓄熱体となり、外気の影響をほとんど受けないためである。換気は坑口や立坑を通じた自然換気が基本で、現在も自然な空気の流れによって壕内の環境が保たれている。そのため現在でも壕内の空気は比較的よどまず、一方で湿度は高く、岩盤から染み出した地下水が壁面や天井を伝い、水滴となって落ちる場所がある。

現在一般公開されている入口は、象山地下壕の西条(恵明寺)口である。
一方、舞鶴山地下壕は現在の気象庁松代地震観測所付近、皆神山地下壕は皆神山麓から掘削が開始された。いずれも山の内部を碁盤目状に掘り進め、20m間隔で縦横の坑道を交差させる計画であった。

終戦の日まで掘削は続けられたものの、この巨大地下都市が本来の目的で使われることは一度もなかった。

終戦後、アメリカ軍は松代大本営を「日本帝国政府秘密司令部(Secret Imperial Headquarters)」とみなし、現地調査を実施。地下壕の規模や用途、完成度などを記録し、軍事施設としてどう処分すべきかを検討している。

現在見つかっているGHQ文書では、松代の地下司令部は「Destroy(破壊せよ)」という処分勧告が記されている。

しかし、この「Destroy」という指示が実際には徹底して実行された形跡はない。

1947年(昭和22年)、中央気象台(現在の気象庁)が舞鶴山地下壕に地震観測施設を設置する。その後、1965年頃の松代群発地震を契機に観測設備が大幅に強化され、現在も世界有数の地震観測拠点として利用されている。 地下壕の概要は資料から分かる。しかし、実際に人が生活することを考えると、いくつか気になる点がある。
地下壕から出た膨大な岩石(ズリ)は、どこへ運ばれたのだろうか。
1947年に米軍が撮影した航空写真には、象山では坑口のある清野側、舞鶴山では開善寺経蔵付近、皆神山では坑口付近に、白いズリ山がはっきり写っているという。 戦後、その多くは東京へ運ばれ、道路工事の敷石などとして再利用されたという。

地下空間では、花崗岩などから発生するラドンが問題になることがあるが、松代大本営でラドン濃度が問題になったという記録は見つからない。また、長年にわたり気象庁の地震観測施設として利用されているが、岩盤自体の健康被害が問題になったという報告も確認されていない。

「地下都市」として機能させるなら、人が生活するためのインフラが必要になる。掘削計画や配置図は多く残っているが、生活インフラの詳細はあまり残っていないという。 上水についてだが、何千人も生活するなら、飲料水だけでも一日に数十トン必要になるが、どこから給水する計画だったかを示す詳細な配管図は見つかっていないらしい。 排水については、地下壕の床面に緩い勾配が付けられており、自然排水できるよう掘られていたと考えられる。実際に歩いてみると、床の片側に水が流れている場所がある。

地下壕で多くの人が活動するためには、空気の循環も欠かせない。現在確認できる資料からは、坑口や立坑を利用した自然換気が基本であったことが分かっている。一方で、大本営や政府機関など数千人規模の利用を想定した場合に、どの程度の換気能力を見込んでいたのかを示す詳細な設計資料は確認されていない。現在公開されている地下壕でも、空気のよどみは比較的少なく、年間を通して約15℃前後の温度が保たれている。これは厚い岩盤が外気の影響を受けにくく、坑口などを通じて自然に空気が循環しているためと考えられている。

松代大本営は完成すれば、本当に数千人が生活できる地下都市として機能したのだろうか。

掘削計画は数多く残されている一方、生活インフラに関する資料は限られている。
そのため、この問いにはいまも明確な答えが出ていない。


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たぶんあの山のあたりではないかと推察。

場所ごとの名前と役割は以下の通り。


  • 舞鶴山地下壕(まいづるやまちかごう):天皇御座所や大本営陸軍部が置かれる予定だった中心地。現在は「気象庁松代地震観測所」として現役で利用されているため、内部の一般見学はできない。
  • 皆神山地下壕(みなかみやまちかごう):日本政府の各省庁が予定されていた壕で、現在は閉鎖されている。
  • 松代象山地下壕(まつしろぞうざんちかごう):一般に広く知られ、観光客がヘルメットを着用して内部を見学できるのはこの場所のみ。大本営の政府機関や日本放送協会(NHK)などが移転する予定だった壕で、総延長のうち約500メートルが長野市によって無料公開されている。


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駅からの位置関係はこんな感じ。(左下にあります)

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こちらが壕への入口。

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壕の入口周辺はかなり整えられています。

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説明とルールはこちら。

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全体図はこちら。

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ここでヘルメットを装着します。
湿度が高い箇所があるためサンダルなどは厳禁。
運動靴で行くべき場所です。

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壕に入るには受付でのチェックが必要です。

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壕に入る扉は解放厳禁です。
小動物が入るからと受付では言っていましたが、
熊も入っちゃうんじゃないかな。
この辺りに出没するらしいし。

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入口からのびるスロープ。
この下がどうなっているのか逆に気になります。
階段なのかな?

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この辺りは明るいのですが、この先どんどん暗くなります。
このスロープの下はコンクリートなどで安定化された盛土・擁壁構造になってるらしい。

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スロープを下り切ったところで、一度天井が低くなっています。
つまり、スロープがある部分までは公開用に整備された箇所と言えそうです。

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岩が削られたままの壕の壁。

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一部補強されている箇所がありました。
マットを敷いているということは、床が常に抜けている部分なのかも。

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蝙蝠が羽ばたく音がします。
というか、目の前を横切ります。
調べてみると、キクガシラコウモリ類である可能性が高いらしい。

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歩きながら撮っているのでブレブレですが、
撮りたかったものは鋼製支保工の屋根に乗っている丸太。
平面ではない天井を支えるクッションのような役割があるのかも。
(岩盤から支保工への荷重を分散する)

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公開範囲が約500mということは、往復1km歩くことになります。
閉所恐怖症の方には向かない場所かも。

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通路の突き当り奥に緑が見える開口部がある。
換気のためにあけられた立坑(地上へ通じる開口部)かもしれない。

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ところどころにフェンスで覆われた通路があるがあるけれど、凝視するのはちょっと怖い。

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「現在地」と書かれた箇所に立っていますが、見学できる先はまだまだあります。
最終点まで行くと戻るのに時間がかかるため今回は断念しました。
(電動キックボードが欲しい)

ところで、部屋はどこにあるのか?

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通路の先を照らしている箇所がありました。
崩れていますね。(または未掘削か)

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岩肌をよく見ると苔が生えていました。
苔の胞子はどこから運ばれたんだろう?
(ズームしたけれど撮れなかった)
見間違いで藻類だった可能性もあるが。

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薄っすらと緑色でしょ?

松代の岩盤は浅間山の100倍以上古い約1,500万年前のものらしいです。

眠っていた岩盤が82年前に掘り起こされて今に至る。戦争遺構ではあるのですが、硬い岩盤がどのように風や水で風化するのかを確認できるフィールドでもある気がします。

岩盤から地下水が染み出し、穴をあけたことで水の流れが出来た。
見学通路を人が歩くことで、胞子や虫などを運び、苔または地衣類が育つかもしれない。
蝙蝠が飛び交い、糞(窒素,リン,有機物が含まれる)をすることで微生物が育つかもしれない。
戦争遺構は日々変化し、数十年後にこの地下壕は、戦時中に人が思い描いた姿とは大きく異なる風景になっているかもしれない。

この遺構が自然に還る姿を手を加えずに未来に送ること。

それもまた、「平和」という姿の一つなのかもしれないと感じました。






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【松代象山地下壕(まつしろぞうざんちかごう)】

長野県長野市松代町西条479-11
入壕可能時間 9:00~16:00 (入壕は15:30まで)
休壕日:第3火曜、年末年始(12/29~1/3)
※点検等による臨時休壕あり


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長野県長野市『旧松代駅』がこの場所・このかたちで見られるのは今だけらしい。

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長野駅善光寺口3番乗り場から、アルピコ交通バス(松代行き)で約30分。

「松代駅」バス停で下車した目の前にあるのが『旧松代駅』です。

廃線駅で、現在、ここに線路はなく、公共交通機関は路線バスのみです。

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長野駅のバス乗り場③。

価値が高そうな木造駅舎ですが、現時点では国や自治体などの文化財(指定文化財や登録有形文化財)には指定されていません。

童謡『汽車ポッポ』のモデルになった駅舎らしく、駅の前に童謡の碑がありました。

平成24年(2012年)に長野電鉄屋代線が廃線となったあとも、駅舎は地域のシンボルとしてバスの待合所に利用されています。

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既に移築工事は始まっていました。

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バスの待合所として利用されているため、
電話ボックス、自動販売機、コインロッカーがあります。
自動販売機やコインロッカーは現金のみの対応っぽい。

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駅のホーム。
平成24年(2012年)まで利用されていただけあって、
アスファルトが使われており、点字ブロックもあります。

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ホームの天井には無数の碍子(がいし)と電線が張り巡らされています。
これは「碍子引き(がいしびき)配線」と呼ばれる
大正から昭和初期までの古い電気配線工法です。
電気を通さない磁器製の碍子を木製の梁や天井に打ち込み、
そこに電線を巻き付けることで、
建物本体に電線が直接触れないように空間を確保しています。
電線を空気中に露出させて空気に触れさせて冷やすことで、
電線が熱を持つのを防ぐ効果もありました。

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一部アルミサッシの開口部が使われていますが、ほぼ木造です。

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駅舎内の切符売り場。
ガラスが多用されているため屋内も明るい。
当時は利用者の多い(お金がある)駅だったんだろうなぁ。

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移築計画の案内が天井近くに掲示してあり、読めない。

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ホーム側にあった駅周辺の案内図。
これは残して欲しいなぁ。

移築については以下の通りです。

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長野市が2026年5月28日に発表した最新の計画によると、旧松代駅舎の移築・保存に向けた具体的なスケジュールは以下の通り。

移築・整備スケジュール
  • 2026年6月上旬:地元(松代地区)への方針周知
  • 2026年7月上旬〜:事業提案の募集開始(公募型プロポーザルの実施)
  • 2026年秋頃:民間事業者の決定・契約
  • 2027年(令和9年)6月下旬〜:移築先(現在の駅舎から東に15〜20メートルの駐輪場位置)の環境整備および移築工事の着工
  • 2027年度(令和9年度)中:駅舎の移築・プラットホームの復元完了、新たな観光・地域拠点として運用開始
駅舎は、現在の位置から東側に約15〜20メートル離れた市有地(駐輪場付近)に移動。駅舎本体だけでなく、「プラットホームの復元」も公募要件に含まれており、駅舎を移動させた後の元々の敷地や周辺は、地域の安全確保のための「道路整備」や、新しい「バスロータリー」として整備される計画で、「カフェやショップなどを備えた複合的な観光・地域拠点」としての活用が有力視されています。松代の伝統野菜や真田家ゆかりの土産物などを販売するショップを併設し、城下町散策の新たな購買拠点としての役割が期待されているそうです。

「旧松代駅舎」の今後の方針について 企画政策部 交通政策局 令和8年5月28日 定例記者会見資料


かつては真田家の城下町の玄関口として機能していた松代駅。

太平洋戦争末期に極秘に建設された松代大本営地下壕への最寄り駅としても重要でした。

1944年(昭和19年)11月から終戦までの約9ヶ月間、旧松代駅は大量の建設資材や労働者を運び込むための物流と輸送の最重要拠点だったのです。

地下壕は象山・舞鶴山・皆神山の3つの山に総延長約10キロメートルに及ぶ巨大なもので、掘削や内部補強、地上施設の建設に必要なセメント、木材、鉄骨、ダイナマイトなどの資材が、全国から貨物列車で旧松代駅へとピストン輸送されていました。

本土決戦へと突入していた場合、ここが首都機能を果たしていたかもしれません。

そんな松代大本営地下壕で一般公開されているエリアについて、別のエントリーにて。



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【旧松代駅(きゅうまつしろえき)】

長野県長野市松代町松代松代殿町70


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山形県南陽市に行って来た。どうやら二度目だったらしい。

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赤湯駅に向かいました。ここは山形県南陽市です。

駅の記憶がないのですが、当ブログによると9年前にも降り立っているようです。

前回向かったのは熊野大社でした。

本殿の彫刻に隠されている3羽の兎を見つけると幸せになれるという話がある熊野大社。

この境内にあるカフェの印象が良かったので再訪し、

隣接するジェラート店にも寄るつもりでしたが結論としては断念ました。

熊野大社は宮内駅にあり、フラワー長井線で移動する必要があるのですが、

電車がなかなか来ないので赤湯駅で自転車を借り、

赤湯温泉に向かったあとで宮内に向かいました。

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ホームから見た赤湯駅駅舎。

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2024年11月に改修された待合スペース。
めっちゃ綺麗でお洒落です。

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ここで自転車が借りられます。
一日借りて800円。
電動自転車もあり、同じ価格で選択できます。

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駅のロータリー側。

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この橋の右側が赤湯温泉。

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烏帽子山八幡宮に行きたかったのですが今回は断念しました。
主祭神は、応神天皇、菅原道真公、鳴雷神。
桜の名所である公園脇にある神社です。

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階段を使わずに自転車でも向かえるのですが、
10日前に熊のが出た烏帽子山公園を通る必要があるもんで。
ってか、この写真では「ささら口」がどうなっているのか気になる。

神社については、人が増える桜の季節に再訪しようかなと思っています。

暑くもなく、寒くもない時期に。

時間に限りがあるため、先ずは温泉に向かい、そのあとで宮内に向かいます。

電動自転車がある時代で本当に良かった、と言いたいところですが、

利用したのは、ほぼ平坦な道でした。

南陽市
宮内にあるお寺の門。
彫刻群が華麗で時間があればじっくり観たかった。


前回の記事



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長野県諏訪市『手長神社』は諏訪湖を一望できる高台にある静かな神社。【ちょっと長い話】

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長野県諏訪市の上諏訪駅近く、茶臼山の中腹に静かに佇む「手長神社(てながじんじゃ)」。

諏訪湖を一望できる絶景の地としても知られていますが、ここは地質学的な観点からも非常に強いエネルギーを持つ「パワースポット」として参拝者が訪れる場所です。

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手長神社が鎮座する諏訪盆地は、日本列島を分断する2つの巨大断層帯(中央構造線と糸魚川・静岡構造線)が交差する、地質学的に非常に特殊なエリア。

断層が激しく擦れ合ったり圧力がかかったりする場所では、岩石(特に磁気を含んだ火成岩など)が圧電効果(ピエゾ効果)を起こし、微弱な電磁波や地磁気の歪み(磁気異常)が発生することが分かっています。

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スマートフォンの電波や高圧電線、コンクリート建造物などの人工的な電磁波に囲まれて暮らしていると、人間が本来浴びるべき自然界の地磁気(地球のシールド)が遮断・乱され、自律神経の乱れや頭痛、不眠を引き起こすとされ、「地磁気不足症候群」として研究されています。

手長神社のような自然の磁場が強く安定している場所に身を置くと、乱れていた生体リズムが地球本来の周波数(シューマン共振など)と同調。
これにより、身体の環境を一定に保とうとするホメオスタシス(生体の自動調節機能)が正常に働きだし、深いリラクゼーション効果や免疫力の向上がもたらされるとか。

手長神社が鎮座する茶臼山は、そのエネルギーが山脈から諏訪湖へと流れ込む、いわば「気の通り道(龍脈)」の拠点にあたるそうです。

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数千年前の縄文時代。
大地のエネルギー(磁場)によって心身が癒やされ、直感が冴え渡るこの場所は、集落の重要な決断(狩猟の豊凶を占う、天災を予知するなど)を行う神聖な場として機能していました。

鎌倉時代。
諏訪地域が政治的な理由から「上桑原」と「下桑原」の2つに分割されるという、地域にとって最大の転換期を迎えます。

下った安土桃山時代から江戸時代。
近くに「高島城」が築城され、手長神社の役割は「軍事・風水的な要塞」へと進化します。

高島城から見て、手長神社は鬼門(北東)に位置しており、歴代の諏訪藩主は断層帯のエネルギーが集中する丘に改めて社殿を整備し、城側(南西)を睨みつけるように向きを固定しました。

その点から、現代においても不浄なエネルギーや災難を跳ね返す場所として機能しており、厄除けのご利益があるとされています。

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手摩乳命(てなづちのみこと)について
  • 別名
    手長彦神(てながひこのかみ)※手摩乳命(てなづち)

  • 諏訪での役割
    諏訪大社の神・建御名方神(たけみなかたのかみ)に仕える神
    ただし、建御名方神が諏訪にやってくる前から、この土地で独自に信仰されていた古社(土着)の神である

  • 日本神話でのつながり
    ヤマタノオロチ退治の神話に登場する「奇稲田姫(くしなだひめ)」の母神
    諏訪大社の神・建御名方神から見ると自身のルーツ(先祖)にあたる女神

  • 足長神社との夫婦関係
    同じ諏訪市内には、奇稲田姫の父神(脚摩乳命)を祀る「足長神社」があり、二社で夫婦神を構成している

◆神話ではなく歴史としての視点
 歴史や神話の学術的な研究においては、彼らが泣いていたことには別の意味があるとされています。
 夫の足名椎(あしなづち=脚摩乳命)と、妻の手名椎(てなづち=手摩乳命)は、出雲の土地の「土着の神(先住民族)」でした。神話で彼らが泣き、スサノオに娘(くしなだひめ=田んぼの神)を差し出す一連の流れは、「新しくやってきた強力な勢力(スサノオ)に、土地の支配権を平和的に譲り渡した」という歴史的背景を象徴していると言われています。
 ヤマタノオロチは「毎年のように氾濫する暴れ川(洪水)」の象徴とされています。手摩乳命たちが泣いていた姿は、大自然の脅威を前にしてなす術のない、古代の人間の無力さと悲しみそのものを表しています。

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手長彦神(てながひこのかみ)の娘である「奇稲田姫(くしなだひめ)」は、ヤマタノオロチ退治のヒロインであり、スサノオノミコトの妻になった女神。ヤマタノオロチからスサノオに救われ、日本初の和歌で愛を誓われ、やがて諏訪の神へと繋がる母神です。

手長神社のご利益は、龍脈による「直感力向上」、鬼門の要塞による「厄除け」、そして「良縁・夫婦円満・子宝」ですが、この「良縁・夫婦円満・子宝」は、奇稲田姫のその後の物語と、彼女を愛し、その子孫を諏訪の地で支え続けた母神・手長彦神(手摩乳命)の深い愛情がベースになっているそうです。

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上諏訪駅から徒歩で向かうとこの階段を上らなくてはなりません。

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しかし汗だくになりたくないので駅でレンタサイクルを借りました。
電動なので楽々駐車場まで登れます。

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ここまで自転車でワープ。

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水が潤沢に流れている手水舎。

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鉢の外に排水機能がなさそうなので手にかける水は鉢の中に流すっぽい。

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いつも通り水晶のブレスレットも洗っておきました。
もはや手の一部。

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ここからは階段を上ります。
と言っても数十段程度ですが。

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新緑が目に優しい。

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階段を上った先にある階段。

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御柱が経っていました。
こちらは弐の柱。

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本殿に向かって右手に壱の柱があります。

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この柱がめちゃくちゃカッコいい。
ねじれが優美に感じます。

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「縁結びの大ケヤキ」
地上約10メートルの高さで2本の欅が途中で合体している不思議な巨木。
良縁の象徴とされています。

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中央の階段を上った先にある拝殿。
1788年に立川流の初代棟梁・立川和四郎富棟によって建てられたもの。

諏訪市指定有形文化財

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彫刻が凄い。

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龍が彫られている木の色が黒っぽいのですが、樹種が違うのかな。

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左右片拝殿(さゆうかたはいでん)
諏訪市指定有形文化財
祈祷を依頼する際に参拝者が座る場所。
(椅子が出されます)


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左右片拝殿を正面から見た姿。
※拝殿を挟んで左右に同様の建物があります。

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彌榮神社(いやさかじんじゃ)
手長神社の「旧本殿」を移築した建物です。
諏訪市指定有形文化財
1709年に大隅流の名工・伊藤庄左衛門によって建てられたもの。
手前に小さな御柱が建っている祠が
「御頭御社宮司社(おんとうみしゃぐじしゃ)」と思われます。
土着信仰「ミシャグジ信仰」のお社です。

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蜂という張り紙をチラ見して迂回。

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「延命杉(えんめいすぎ)」
樹齢約500年、幹周約5メートルの杉の巨木。

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木の先端を仰ぎながら心穏やかに3回深く息を吸うと寿命が延びるそうで、
境内屈指のパワースポットだそうです。

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3回深呼吸してみる。

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左側から拝殿を眺める。

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左側から見た延命杉。

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左側に位置する左右片拝殿。

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左右片拝殿前に手水鉢がありました。

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回廊(かいろう)
拝殿の左側から伸びる屋根付きの渡り廊下。

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廻廊の奥は山。
熊対策なのか雑草が刈られて整備されていました。

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廻廊は社務所に続く階段となっています。

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境内から諏訪湖を眺める。

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社務所まで降りてきました。右側が社務所。


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御朱印は全種類頂きました。

近年めちゃくちゃ気になっているのが「ミシャグジ信仰」。

御頭御社宮司総社のある場所に特に魅かれるものがあるのですが、その理由を知りたくてチマチマと調べているところです。奥が深すぎて入口を彷徨っている程度ですが、入口だけでもかなり興味深い内容です。

ミシャグジ(御社宮司・御左口神・御射宮司など様々な字を当てます)は、日本の信仰の中でも特に謎が多い存在で、とりわけ諏訪地方では、単なる「神様」ではなく土地そのものに宿る力として受け止められてきました。

「人格を持った神」というより、「この土地に確かにある力」に近い存在だと思われます。

ミシャグジがどのような存在なのかはかかりませんが、個人的に魅かれる理由は磁場にあると考えています。糸魚川―静岡構造線(糸静線)や地質環境が人の感覚に影響を与えるのではないか。人間が特定の土地の磁場を感じ取り、惹かれるのではないか、と。

御頭御社宮司総社に魅かれる理由を知りたくて、今回は手長神社に行ってみましたが、エネルギーに差があると感じました。手長神社はとても良い神社ですが、御頭御社宮司総社とは明らかに違います。
整った場所が手長神社だとすると、御頭御社宮司総社はもっと荒々しく身体や思考の芯を揺さぶられる感じがする。

自分に合っているというか、強烈に魅了されるのは御頭御社宮司総社だと改めて感じました。

次回はそちらを再訪しようと思っています。



◆参考


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【手長神社(てながじんじゃ)】

長野県諏訪市上諏訪茶臼山9556
(JR中央本線 上諏訪駅より徒歩15分)
主祭神:手摩乳命(てなづちのみこと)
https://www.lcv.ne.jp/~tenaga/index.html
https://www.instagram.com/tenagajinja/


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山形市の街並みが大きく変わりそう。

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山形銀行本店ビル
山形市七日町三丁目1-2

新しい山形銀行の養生が取れ、外観が見えていました。

2022年5月から改定工事が始まり、

「⼭形銀⾏本店建替計画(七⽇町第8ブロック南地区暮らし・にぎわい再⽣事業)」

として再開発スタート。

2026年7月21日(火)にグランドオープン予定だそうです。

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延床面積:14,707.89 ㎡(駐車場含む)
構造・階数:鉄骨造 地上7階(地下階なし)
事業コンサルタント:株式会社アール・アイ・エー
基本設計:RIA・本間設計共同企業体
実施設計・監理:本間設計・RIA 共同企業体
施工:大林組・千歳建設・山形建設・渋谷建設・市村工務店共同企業体

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ルーバーは、地元産木材を使用。

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防腐処理はしているんだろうけれど、
ガラス部分から突き出た木材部分がちょっと気になる。
この半屋外のイベント空間は
「にぎわい広場(やまぎんSQUARE)」と名付けられているそうです。

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警察署や消防署と同等の強度である「耐震安全性Ⅰ類」を満たす設計で、
震度7の地震が起きても中破程度に抑えられるとか。

商業施設はローソンが入るんですって。

現在、国や地方自治体は国産材の利用を強く後押ししていますが、

国産材や木を多用するとデザインが隈研吾氏風になるのはなぜなのか。

コンクリート構造物に木材をぺたぺたと貼り付けている印象を受ける。

いっそ木材を壁面にベタっと使った方が良いのではないかとも思うが、

印象が重くなるから控えているのかな。

組子のように木材を使ったデザインは幾らでもありそうに思えるのだけれども。

この疑問の答えは、「防火法」にあるらしい。

木材を工場であらかじめ防炎・不燃処理を施しやすい形状にする必要があり、

均一なサイズにカットされた直線的なルーバー(格子)の形を選ぶのが

最も現実的で安全な選択肢になるのだとか。

また、木材を複雑に組んだり独創的な彫刻を施したりする意匠は、

職人の手仕事になるため膨大なコストと時間を要し、

限られた予算と工期の中では実現するのは難しい。

水はけが良く、傷んだパーツを1本単位で簡単に交換するには、

シンプルな縦格子や規則的な並びに落ち着かざるを得ないようです。

最後に、現代日本は建築家が実力を発揮できない構造になっているのではないかと

AIに訊いてみました。


コンプライアンスと「誰も責任を取らない」決定プロセス

公共建築などで顕著ですが、現代のデザイン決定は、選考委員会や市民への説明会など、「みんなの合意」を何重にも経て決まります。尖った独創的なデザインは、誰か一人が強く反対すれば不採用になるため、結果として「誰も反対しない、どこかで見たことがあるような無難なデザイン」に落ち着いてしまいます。
天才的な一人の建築家のビジョンが、プロセスの途中で骨抜きにされてしまうのです。


「日本のクリエイティビティの地盤沈下」を感じる昨今。

100年後に文化財になり得る建築物は急速に減っているのかも。







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京都府京都市中京区『お匙 京都』がとても良い空間なのに空いていると思ったら4月25日にオープンしたばかりだった。

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4時間程度の京都滞在中に、風格ある建物を発見。

これは文化財では? と気になったものの、暖簾を見ても業態がわからない。

Googleマップを見たら化粧品店とある。

しかし私の勘が、ここにはカフェがあると訴えるもんで、中に入ってみました。

入るとスタッフさんが居たので「カフェもあるんですか?」と訊いたら、是。

(カフェとは称しておらず、カウンターエリアというみたい)

カフェメニューが何処に置いていないところに

化粧品がメインだぞという強いメッセージを感じる。

(置かないのは今だけかもしれませんが)

建物の内部を観たいので、カフェ利用をさせて頂きましたが、

ここはOSAJI(オサジ)のグローバルコンセプトストアだそうで、

会員であればポイントが貯まったっぽい。

ワタクシが知る限りでは、OSAJI(オサジ)は2023年11月に

資本構成と運営会社の組織形態が変わりました。

アプリ会員の手続きが面倒で放置していたら情報がデリートされていたので

「もういいや」と貯めていたポイントを捨てた記憶があります。

以上は余談ですが、

「お匙 京都(オサジ キョウト)」が入居しているのは、

伏見の銘醸として知られる「キンシ正宗」創業の地にある、

築100年を超える登録有形文化財の京町家です。

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『お匙 京都』がオープンしたのは2026年4月25日。

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建物内部にも井戸がある。

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内装にあまり手を入れていないところに好感が持てる。

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建物の奥からカウンターを眺める。

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カウンターを正面に見る。

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奥側から客席を眺める。

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メニューはこんな感じ。
鎌倉でOSAJIが営業していたレストラン「enso(エンソウ)」のヘッドシェフ・藤井匠氏と、
鎌倉の洋菓子店「doyoubi(ドヨウビ)」の瀬谷薫氏がメニューを監修しているそうです。

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レタスのケーキと甘酒のドリンク。

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あまり甘くなくて、言うなればパンかな。

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甘酒のドリンクはトッピングなどを選べて楽しいです。

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使ったストローは使い捨てだったので頂いて来ました。
持ち帰っていいか尋ねたら洗って紙ふきんで包んでくれました。
蠟引きの使いまわしができそうなストローで、
棒状の何かを保管するのにも使えそう。
何に使うかは決めていないけれども。

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イートインスペースの奥にあるのは蔵の入口だろうか?

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奥庭に出てみました。
左側の建物が先ほど居たイートインスペース。

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右手の建物は外壁を檜皮で覆っていて面白い。

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1781年(天明元年)の創業時からある天明蔵(てんめいぐら)と井戸。

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名水「桃の井(もものい)」
水が流れ続けています。

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綺麗な水(美味しいらしい)で羨ましすぎる。

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イートインスペースの奥にあった開口部はやはり蔵への入口なんですね。
建物の奥に立派な蔵(文庫蔵(ぶんこぐら))がありました。(非公開)

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酒蔵時代を感じさせられる樽。

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昔屋根に載っていたと思われる立派な瓦。

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旧堀野家本宅に続く庭。

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住宅側の出入り口脇にあるスペース。
煉瓦があるので、窯があったのかな?

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アルミサッシに改修している部分があるので近年まで使われていたのかも。

2026年4月25日にオープンした『お匙 京都』は、

築100年を超える登録有形文化財の京町家をリノベーションして活用。

秋以降に実施される体験イベントのスペースとして文庫蔵が利用されるようです。

体験は、お香づくりらしい。


『kako(家香)』での体験記



スタートしたばかりで発展途中にあるそうな同店。

今後ここで体験できることが増えれば、間違いなく人気のスポットになりそう。

カフェ利用は空いている今のうちに行っておく方が良いかも。

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主屋(しゅおく)は明治27年(1894年)竣工。
大規模な表屋造り(おもてやづくり)の京町家です。
二階の虫籠窓(むしこまど)や、一階の京格子(きょうごうし)などが外観の見どころ。


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【お匙 京都】

京都府京都市中京区堺町通二条上ル亀屋町172
営業時間 10:00~18:00
定休日:月曜(祝日の場合は翌平日)
https://www.instagram.com/osaji_kyoto/


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日本橋大伝馬町『江戸屋』で刷子(ブラシ)を探す。

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享保3年(1718年)創業の徳川将軍家お抱え刷毛師だった『江戸屋』。

平日しか営業していないため、

休暇を取得した本日、早朝のひと仕事が終わってからブラシを買いに向かいました。

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文化財に登録されている100年建築の向こうに、
建築現場のタワークレーンが見えます。

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メンテナンスをし続けると建物は100年もつんだなぁ。
(空襲を免れているからこそでもありますが)

さて、今日は胡桃の溝を掃除するブラシを買いに来ました。

豚毛が良いらしく、ここでならば手に入るだろうと思いまして。



「変な相談になってしまうのですが」と前置きし、スタッフさんと考える。

結果、歯ブラシが使いやすかろうということになりました。

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何種類か歯ブラシを選んだ後で「しみ抜きブラシが使いやすいかも?」と教えてもらう。

しみ抜きブラシは毛が摩耗したら巻いてあるタコ糸引っ張って長さを調節できるらしい。

材質は馬毛だそうですが、胡桃を磨くのにも良いかも。

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歯ブラシは三種類買ったので一部は本来の使い方をするかも。
いろいろ買ったからかポケットティッシュが入っていました。
初めてかも。

久々に店内に入りましたが、

以前天井から沢山ぶら下がっていたブラシが消えていました。

商品数も減ってスッキリしたような。

もしかすると、オンラインショップに軸を置いたのかもしれませんね。



江戸屋の建物について

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【江戸屋(えどや)】

東京都中央区日本橋大伝馬町2-16
営業時間 10:00~17:00
※2026年4月1日より営業時間が平日10:00〜17:00に変更
定休日:土曜、日曜、祝日
※Suicaやau PAYなどの各種電子マネーやQRコード決済が使えます
https://www.nihonbashi-edoya.co.jp/
https://www.instagram.com/edoya.1718/


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神奈川県横浜市『タリーズコーヒー 日本大通り店』が知る中で最もお洒落なタリーズかもしれない。

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目的地付近で朝食を摂るべく、2023年7月にオープンしたという『タリーズコーヒー 日本大通り店』に向かいました。

向かうと言っても、みなとみらい線「日本大通り駅」の上、横浜情報文化センター1階にあるんですけどね。

ってか、こんなお洒落な出口に至る駅を久々に見たかも。

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駅のエスカレーターを上がりきって外に出るとそこはヨコハマでした。

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斜向かいにあるのは神奈川県庁です。

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今まで入った店舗の中で最もお洒落なタリーズだと思う。

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天井が高いのでお洒落カフェの雰囲気を醸しています。

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通えば慣れるんだろうけれど、とても良い店舗だなと感じました。
スタッフさんがにこやかだし。

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実はグッズも豊富です。

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785円のモーニングセットを選択しました。

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建物内部側からのタリーズ入口。

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上の写真の背中側。

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中央の階段も床もタイル貼りです。
特に床のモザイクタイルの細かさが凄い。

外観の看板が控えめなので、ここがタリーズだと気付かない人も居るのではないかと思ってみたり。

フードもドリンクもタリーズのクオリティなのですが、建物がその価値を引き上げている気がしました。

居留地を散策する時の休憩スポットとして良いかも。



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【タリーズコーヒー 日本大通り店】
TULLY'S COFFEE

神奈川県横浜市中区日本大通11 横浜情報文化センター1F
営業時間 8:00~21:00 ,[土] 9:00〜21:00 ,[日] 9:00〜20:00
https://shop.tullys.co.jp/detail/1003208


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横浜都市発展記念館の中庭に展示してある卵形下水管。

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近代横浜の土木遺構が並ぶ一角が横浜都市発展記念館の中庭にあります。

と、その前に、みなとみらい線 日本大通り駅にその一部について解説するパネルを発見しました。

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凝った壁がある駅。

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博物館のような説明書きですね。これは実物を見たくなる。

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興味はあるけれど時間が無いので素通り。

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こちらが同じ建物の中庭側。
建物内部を見てみたいけれど今日は我慢です。

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こちらが展示してある卵形下水管。
明治時代の下水管です。

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卵形にすると、水が無くても底に一定量の水が流れるので
ゴミが溜まりにくいと聞いた気がする。

ちなみに、これと同じレンガ造りの卵形管は、横浜市内の各所で発見れているそうです。

個人的に有名な卵形下水管は神田のものですが、あちらは煉瓦が二重らしいんですよね。

(神田の卵形下水管は現役だそうです。アスファルト舗装の下にあるので見えないけど)

神田の道路の下には、120年以上もこのような管が埋設されて使われているんですねぇ。

これよりは大きいらしいけれども。

凄いな、神田下水。

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時間があれば全部見たいけれど次回にします。


旧神戸居留地煉瓦造下水道



【卵形下水管】
神奈川県横浜市中区日本大通12 横浜都市発展記念館
https://www.city.yokohama.lg.jp/kurashi/machizukuri-kankyo/kasen-gesuido/gesuido/history/hajime/meiji/oogesui.html


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新潟県村上市@壱景。

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車窓から見た新潟県のどこか。

長らく行ってみたいと地図を見続けていた村上駅周辺。

行くまでのイメージは積雪量の多い雪に閉ざされた町でしたが、

行ってみると殆ど雪のないエリアでした。

海が近くて風が強いので積もるというよりは吹雪くんだそうな。

明日は荒天の予報なので積もって大変ですねと地元の方に言ったら、

あまり積もらずに吹雪くので視界が悪くなるところが大変だと仰っていました。

その地に行って話を聞かないと分からないことってありますね。

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駅前の観光案内所で勧められたのがこちらの「やまきち」さん。
町屋見学ができるらしい。

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村上茶が買える「常盤園茶舗」。
こちらは町屋の外観に改築(復元)しているらしいです。

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開いていたら立ち寄りたかった「山上染物店」。
360年余も続く老舗染物店です。

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開いていれば見学できたらしい「孫惣刃物鍛冶 」。
次回は是非。

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「てんや味噌醤油店」はお醤油が絶品らしい。

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来る前からチェックしていた「NIJIYA」というカフェ。

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金曜日から月曜日営業のテイクアウト専門店らしい。


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内装を見てみたいので次回立ち寄ろうと思います。

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「九重園茶舗」は村上茶が飲める・買えるお店。

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表に盆栽が並んでいるのが目印、か?

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庭を見ながら飲食ができるらしい。
ここも次回訪問したいです。

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半熟カステラが人気らしい「御菓子司 酒田屋」。
営業していたけれど持ち歩きに躊躇い、
帰りに買おうとも思っていたのにタイムアップで買えず。

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特徴的な外観の「田村酒店」。

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ベーカリーらしい「永井松栄堂」の看板に書かれた鮭最中が気になる。

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自転車屋の「横澤商会」、衣料品の「佐藤洋服店」、
そして人が居らず利用できなかった「茶館きっかわ 嘉門亭」が並ぶ道。

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「うおや塩引館」は鮮魚店らしい。

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鮭の酒浸しが名物だとか。

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昭和時代の看板建築が目を引く建物。
営業はしていないっぽい。

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国の登録有形文化財に登録されている「井筒屋」。
元は旅籠でした。

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松尾芭蕉と弟子が二泊したらしい。


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国の登録有形文化財に登録されている「浪漫亭」。
取り壊しの危機にあった建物を「千年鮭 きっかわ」が買い取って個人宅としているそうです。
見られるのは外観のみ。

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文化財には第四銀行村上支店長社宅として登録されています。

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安善寺の山門。

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結構立派な山門です。

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「浄念寺」の本堂。
こちらは国の重要文化財に指定されています。
蔵のような本堂を見るのは初めてです。
中は暖かいのかしら?

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近くで見られないのが残念なほど彫刻が素晴らしいです。

狭いエリアで見逃したもの、立ち寄れなかった場所が多いので、

是非、村上を再訪したいと思っています。

キュンパスを利用しようかしら…。




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「雁木(がんぎ)」とは。

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新潟の街並みと言えば、雁木(がんぎ)。

初めて見たのは栃尾でした。



栃尾の雁木は立派な造りで、丈夫でなければもたないほどの豪雪地帯なんだと勝手に納得しております。

コロナ禍で栃尾が鎖国状態になり、あれから街がどうなったのか気になっているのですが、今年は熊の出没情報が凄いので断念。

事例を見ていたら、「玄関を開けたら熊が居た」ってのがあり、街なかに出るならワタクシには対応できないと心の底から思いました。

AIによる雁木(がんぎ)の解説

雁木は、世界有数の豪雪地帯である日本海側の都市において、冬期間でも安全に歩行できるようにするための雪よけとして考案されました。

上越地域(高田)が発祥の地とも言われており、城下町の形成や商業の発展に伴い、往来の多い街道筋や商家の軒先に連続して作られるようになりました。
母屋から1階部分と同じ高さの屋根を張り出し、柱で支える形式(落とし式雁木造り)が多く見られます。
雪除けだけでなく、雨天時の日よけや、近隣住民の交流の場(「よったかり」と呼ばれる井戸端会議の場所)としても機能し、雪国のコミュニティ形成に重要な役割を果たしてきました。

雁木が現存するのは、新潟県上越市(高田地区)、新潟県長岡市(旧長岡市・栃尾地区)が代表的で、新潟県のその他の地域としては、村上市、新発田市、加茂市、見附市、十日町市など、多くの地域で部分的に残っています。


建物の一部とみなされるため、主屋(母屋)の固定資産税評価額に算入され、課税の対象となります。また
雁木は私有財産であるため、老朽化した場合の維持管理や改修は基本的に所有者が行います。
雁木が取り壊されるケースが多い現状を受け、その歴史的・文化的な価値を見直し保存・整備を促すため、長岡市や上越市などの自治体では「雁木整備事業補助金」といった制度を設けています。

雁木は、その下の通路が公衆に利用されている場合が多いものの、法的には個人の私有財産(土地工作物)であるため、所有者の意思で撤去することが可能ですが、過去に自治体からの補助金を受けて改修・設置した経緯がある場合、一定期間内の撤去は補助金の返還を求められる可能性があります。


その地域の標準的な積雪量や、時には豪雪にも耐えうる頑丈な構造で作られていますが、もし雁木が崩落して通行人に怪我をさせた場合、まずは所有者が損害賠償責任を負うことになります。


いろいろと面倒くさそうだなと思って地元の方に伺ったところ、「お互い様なので気にしたことがない」とのことで、城下町のプライドというかコミュニティの強さというか、総じて感心致しました。

「下世話ですけど」と税金について伺ったワタクシの思考の矮小さよ。

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栃尾では鉄筋の柱もあったけれど、高田地区は木造の雁木が多いです。

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ほとんどの町屋では窓が二重になっています。

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道が拡幅されたのか、建物が減ったからか
この辺りは雁木が続く景観にはなっていません。
↓
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文化財に指定されている訳ではなさそうですが、
レアな三階建てが目を惹く小川紙店。

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道の中央には融雪器具が埋まっています。
側溝の蓋だらけなのは、ここに雪を捨てるからなんでしょうね。

やっぱりこの景観に雪が降り積もっているところを見たいので、この冬に再訪したいと強く思っているところです。

雪が積もる中、雁木の下をどこまでも歩いてみたい。




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新潟県上越市『瞽女ミュージアム高田』は国登録有形文化財の町屋を利活用した小さな博物館。

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昭和12年(1937年)築で麻糸商の住居であった「麻屋高野」を改装し、三味線を片手に村から村を旅した盲目の女旅芸人「瞽女(ごぜ)」の資料を紹介するとともに、瞽女を鮮烈な赫(あか)で描いた「斎藤真一」の作品や記録映像を見ることができるミュージアムです。


典型的な高田の町家として国登録有形文化財となっている「麻屋高野店舗兼主屋」。

その姿を見たくて『瞽女ミュージアム高田』に向かいました。

建物が博物館になっているとは内部見学ができて好都合。

写真に撮れると良いなと淡い期待感で向かいました。

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この外観からは想像のつかない内部。
町屋の良さと不便さを併せ持つ興味深い建築物です。

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文化財プレートのありかを尋ねたら物販コーナーの壁にひっそりと置いてありました。
借りている文化財なので壁に付けられないそうです。

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中央が吹き抜けになっており、二階には橋のような渡廊下が架かっています。
夏は涼しそうだけれど、冬は寒そう。

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天井の修復はどうやってやったんだろう?
足場の費用はさぞかしお高かろう。
それはそうと、柱時計に銘木の気配がする。

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急勾配の階段。
下りるときは踵で滑った方が早そう。

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南北にマエニカイとウシロニカイがあり、中央の吹抜け部分を渡廊下で繋いでいます。

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高所恐怖症なのでこの廊下を通るのが怖い。

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片側が階段、片側が吹抜けで、まるで吊り橋を渡るような心持ちになります。

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二階に展示してあった「瞽女(ごぜ)」が使っていた籠。
昭和時代を感じる。

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昔のままの畳縁。模様がレトロだわ。

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岩下志麻さんの代表作。
苦手な俳優さんが出ているので観たことはないけれども。


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「瞽女(ごぜ)」は、近世まで活動されていたらしい。

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渡廊下から見た階段。
急なのがよく分かります。

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階段を見下ろして見る。
後付けの手すりがあるから下りられるけれど、手すりが無ければかなり不安。

高田の町屋はかなり興味深いものでした。

瞽女について少しだけ理解できたことも良かった。

何より、スタッフさんが楽しい方で、

地元の美味しいものをいろいろと教えて頂きました。

その地について知りたければ、地元の方に話を伺うのが一番ですね。

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雁木はこんな感じに続いています。
雪が降っている日に見てみたい。

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道を挟んで建物を眺める。
現代の住宅からすればどの家も建物内には異空間が広がっているんでしょうねぇ。



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【瞽女ミュージアム高田】

国登録有形文化財「麻屋高野店舗兼主屋,麻屋高野土蔵」
新潟県上越市東本町1-2-33
開館時間 10:00~16:00(15:50まで入館可能)
開館日はHPを要確認
https://goze-museum.com/


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新潟県上越市『高田世界館』は現役映画館では日本で最も古いらしい。(国登録有形文化財)

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明治期に建てれられた超レトロな現役映画館『高田世界館』。

東映や松竹などと名称を数回変更して営業し続け、最後は日活になったものの

中越地震で被害を受け営業を続けられなくなり廃業の危機にあったそうです。

現在は個人からNPO法人に管理が移譲されています。

近日公開予定の映画は、大友克洋の『MEMORIES(4Kデジタルリマスター版)』や

押井守 × 天野喜孝『天使のたまご(4Kリマスター)』など。

その他、ちょいと前の邦画作品や洋画作品の上映も予定されているようです。

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雁木部分も木造でレトロ。

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映画館に向かって細い通路か伸びています。(左側)

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近日公開予定のチラシ。

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広場側から建物を眺めるとこんな感じ。
右手奥の白い建物が映画館です。

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二階の窓の意匠が良い。

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映画館入口脇に文化財プレートがありました。

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上映中だったので内部見学はできず。
上映のない時間帯なら見学可能です(有料)。
コンパクトなロビーは場内を広く見せる工夫なんでしょうね。

12:30~13:30の間であれば見学できますよと言われたのですが、

この後、文化財に登録されている料亭でランチを予定していたため

今回は見学を断念致しました。

次回タイミングが合えば、場内を見てみたいと思っています。





【高田世界館】
国登録有形文化財
新潟県上越市本町4-21
見学料500円(映画鑑賞料は別途)
※見学は映画上映時間外のみ
※レンタサイクルあり(予約優先)
https://takadasekaikan.com/


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新潟県上越市『高田まちかど交流館』という歴史的建造物で一休み。

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『高田まちかど交流館』は、昭和6年(1931年)に百三十九銀行本店として建てられ、

昭和18年(1943年)からは第四銀行高田支店として営業していました。

平成31年(2019年)3月には、上越市の文化財に指定されています。

貸館がないときは無料で買い物やまち歩きの際のお休み処として利用できるほか、

内部を自由に見学することができます。

今日は何のイベントも無さそうなので、休憩がてら中に入ってみました。

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雁木があるため、歩いていると建物全体像は見えず。

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建物手前にある設置物で歴史的建造物というのも気づきにくい。

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入口が改修されちゃっていますし。

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引きで見るとこんな感じ。

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しかし入ると銀行ならではの大空間が広がっていました。
(誰も居ない)

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金庫室が何処にあるか一発で分かる構造なのが面白い。

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金庫室の扉の上にある小さな扉は非常用かしら?
(閉所恐怖症なので金庫室の中には入っていません)
↓
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金庫室上の小さな扉の説明がありました。
最後の一行は、そりゃそうでしょ感満載です。

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取り外されたモールディングが展示してありました。

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こちらは天井にあったもの。
無造作に置いてあって、雑な扱いにちょっと引いた。
(この前にパネルが並べてあり、横から撮ってます)

トイレ休憩ができるスポットとして、観光客には便利な場所かも。

椅子が複数置いてあるので座って休むこともできるし。

建物の表にある地図も、今どこに居るのか分かる点で便利です。

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次回は道路の向かい側から建物全体を撮りたいと思います。



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【高田まちかど交流館】
上越市指定有形文化財(建造物)「旧第四銀行高田支店 附 図面3葉」

新潟県上越市本町3-3−2
開館時間 9:00~18:00
休館日:第2水曜(休日の場合は翌日)、年末年始(12月29日~翌年1月3日)
※自由に入館・見学・休憩が出来ます
https://www.city.joetsu.niigata.jp/soshiki/bunka/takadamatikado.html


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sava!プロフィール

sava

昭和生まれの大阪育ち・新宿区在住。食,日本酒,旅,文化財(建築物),読書等を好み、当ブログではそれらにオマケ情報も加味。それなりの年齢になり、加齢・老眼・更年期などと付き合う日々。そんな話をチマチマと記しております。
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