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興味あるものを 興味ある人に。

私は諦めを敵とする。 私の日々の努力は実にこの諦めと闘うことである。 (北条民雄)

建築物・建造物@壱景

富山県富山市にある『桜橋』は桜の頃だけでなく紅葉の頃も美しいのです。

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[桜橋]
上路式鋼2ヒンジアーチ橋
(※) 
※桁がアーチより上方にあるアーチリブの両端部をヒンジ構造とした鋼製の橋 

富山市の中心市街地を流れる松川に架かる桜橋(さくらばし)。

昭和10年(1935年)に竣工したアーチ橋で、

橋の名が表す通り、両岸一帯は桜の名所として知られています。

橋梁としては富山県内初、鋼アーチ橋としては全国初の登録有形文化財です。

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橋のたもとに文化財プレートがあります。

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欄干は第2次世界大戦後に新たに取り付けられたものだそうです。

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曲線が優美で昭和初期感がありありのデザインですね。

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桜の紅葉もまたヨロシ。


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橋から松川を眺める。

今まで通過するだけだった文化財を拾うことができ、

ちょっと嬉しくなりました。

やはり旅には文化財見学は欠かせませんなぁ。

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紅葉が進んだ街を歩いていると、
今年中に富山を訪れることができた幸せを感じます。


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【桜橋(さくらばし)】

富山県富山市本町
橋長:15.5m,幅員:21.9m
国登録有形文化財

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墨田区横網『東京都復興記念館』は関東大震災を知ることが出来る貴重な施設です。

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本日は朝から両国にある『東京都復興記念館』に行って参りました。
ずーっと行こうと思っていたのですが、夏の暑さに負け続けた結果、防災の日(9月1日)すら超えた今日訪問することになってしまいました。

ここは主に、関東大震災について知ることが出来る施設です。

1923年(大正12年)9月1日11時58分32秒頃に発生した関東大震災は、能登半島近くにあった台風の影響により関東地方に吹いていた強風、それによる火災の広がり、津波や土砂崩れなどが発生し、多くの被害を齎しました。

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当時でもこの津波の高さがあったなら、
地形が複雑化している現代はどのような津波が起こるのか。
日々、ビビっているワタクシです。

ここ『東京都復興記念館』は元は陸軍被服廠のあった場所でして、東京市が買い受けて1922年(大正11年)に横網町公園の造営整備に着手。翌1923年(大正12年)に関東大震災が発生し、敷地内に家財道具とともに付近の人々が避難してきました。
しかし、持ち込んだ家財道具を伝って火が燃え広がって多数の死焼者を出した地であり、ワタクシが「火災旋風」という言葉を知った、発生場所がここです。

当時、被服廠跡は広い空き地であり、火に追われた人々が家具や布団などを大八車に積んでここに押し寄せ、1人/1m2程度の密度となって混雑を極めていた。時間を経るうち、周辺から火の粉が飛来するようになり、それが家具、布団などに燃え移っ て内部は騒然となった。加えて、四時半頃には、人をも空に巻き上げるほどの強烈な熱旋風が三度も襲来した。 これによって、約20分の問に38,000人もの多量の焼死者が出た。
[出典]https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjsk/17/0/17_KJ00002972383/_pdf

館内の展示品は、震災の惨禍を物語る多くの遺品や資料のほか、東京大空襲の戦災関係資料なども保存・展示されています。

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一階が主に関東大震災の展示品となっています。

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とても気になった箱書き。洋菓子の焼焦品だそうです。
データベースの説明によると「被災した洋菓子を木箱に入れたもの」とのこと。


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象牙が骨のような焼け方をするのだと初めて知りました。
素材は同じですが、その認識はなかった。

大変見応えのある内容で、祖父母が居を構えていた現在ワタクシが住む場所や、ワタクシの在京年月で絡みのある土地について、地図上で様々なことを知ることができました。

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これまた興味深い資料だったのがこちら。
ウチの周辺についても知ることが出来ました。

さて、興味深いのは建物もそうでして、設計は伊東忠太と佐野利器(さの としかた)。
震災の犠牲者の霊を追悼し、その惨事を後世に伝えるべく、昭和6年(1931年)に公園内の震災記念堂(現東京都慰霊堂)の付帯施設として建てられました。

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都選定歴史的建造物
(平成11年・1999年選定)

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正面柱上のガーゴイルは先月復元されたばかりだそうです。
(令和2年・2020年8月復元)

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外壁は建設当時流行していたスクラッチタイル貼りとなっています。

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基礎の補強や壁の増量などの耐震化工事と、設備を含めた大幅な改修がされています。
平成29年・2017年11月~31年・2019年3月

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天井が低く圧迫感のある階段付近。
元の構造はどういうビジュアルだったんだろう?

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手すりが付けられていますが、「内装からは浮いてるなぁ」と思ったりして。
(エレベーターは一階入口右手側にあります)

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建物正面脇にある展示品。
日本橋の丸善ビルの鉄柱が震災の猛火で溶解したものだそうです。
鉄がこんなに溶ける温度だったのか。


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鉄筋コンクリート造地上2階建。
(3階建てと書かれた資料もある)

震災記念堂(現東京都慰霊堂)も伊東忠太の設計によるものです。

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内部を見学したいと思ったのですが、何かしらのイベント設営中だったので断念しました。
こちらの建物も耐震改修工事済み(平成28年・2016年)だそうです。

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入口から天井部をチラ見。
折り上げ格天井が立派ですな。
シャンデリアは蓮の花です。


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格子の中の絵も蓮花、なんでしょうな。

こちらも建物としての見どころが多々あるようです。見どころのフライヤーが置いてあるぐらいですし。予習をしてから日を改めて見学に行ってみようと思います。

最後に、とても印象に残った竹久夢二の「東京災難画信」の原稿の一つを上げておきたいと思います。

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何処に行けばいいのか分からぬまま、生きるために歩く。被災直後の未来を知らぬ身ともなれば、このような心情だろうと思われます。
一瞬にして当たり前の生活だと思っていたものが覆されるのは、ある種今年の状況にも似ており。

改めて、防災について考えさせられました。

考えていても無力のままに終わるかもしれないけれど、それでも考えが及ぶ限りはその得ておきたいかなと思う今日のワタクシです。


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【東京都復興記念館】
とうきょうと ふっこうきねんかん

東京都墨田区横網2-3-25
(都営地下鉄大江戸線 両国駅下車 徒歩約6分)
開館時間 9:00~17:00(入館は16:30まで)
休館日:月曜(祭日の場合は開館、翌火曜休館)、12月29日~1月3日
https://tokyoireikyoukai.or.jp/index.html


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品川区北品川『原美術館』が2020年12月末閉館するもんで。

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2020年12月末をもって閉館する『原美術館』。

現代美術を中心とした私立美術館で、美術館として活用している邸宅は実業家・原邦造の私邸として渡辺仁が設計したものです。

竣工は昭和13年(1938年)。

終戦後はGHQによって接収され、将校の宿舎として使用されていました。

1951年頃に返還されたものの原家はこの邸宅には住まず、原邦造の孫にあたる原俊夫が70年代に現代美術館の開館を決意するまで、長らく空き家で廃墟同然だったそうです。

建物は「原邸」として、2003年、DOCOMOMO(モダン・ムーブメントに関わる建物と環境形成の記録調査および保存のための国際組織)にも認定され、高い評価を得ています。

東京都の条例の規制上、様々な制約があり、美術館として建て替えることは難しいとのことで、老朽化することを見据えて40周年の節目に潔く閉館することになったとか。

その前に一度は行っておきたいと思い、本日予約して品川駅からタクシー利用(JR品川駅高輪口から500円)で行って参りました。

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「メルセデス・ベンツ アート・スコープ 2018-2020」
会期:2020年7月23日(木・祝)~9月6日(日)

正直、展示内容については前衛的過ぎてワタクシには理解できませんでした。

しかし建物を見学出来たので、概ね満足です。

ちなみに原美術館のコレクション収蔵庫は群馬県渋川市の伊香保温泉近くにある「ハラ ミュージアム アーク(磯崎新設計)」にあり、コレクション総数は1000点強にも及ぶそうです。

都外を行き来できるようになったら、一度そちらにも行ってみたいと思っています。

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入口の石に刻まれた模様は、中庭の極一部でも見られました。
どういう意味があるんだろう?

閉館後、どのような利用がなされるのかは不明ですが、取り壊される可能性が否めず、これが見納めかもなぁと思いながら館内を歩いていました。

これも時の流れ的宿命なのかもしれません。

※撮影OKなのは正面入口の外観だけでした。

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原美術館は建物の老朽化に伴い2020年12月末をもって閉館を予定していたが、新型コロナウイルスの影響による臨時休館のため展覧会会期を一部変更。会期の見直しに伴い、閉館時期を「光―呼吸 時をすくう5人」展終了の2021年1月11日に変更した。


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【原美術館】
Hara Museum of Contemporary Art

東京都品川区北品川4-7-25
(JR「品川駅」高輪口より徒歩15分 / タクシー5分)
開館時間 11:00~17:00
※入館は閉館時刻の30分前まで
※平日水曜は20時まで
休館日:月曜(祝日の場合、翌平日休)、展示替え期間、年末年始
入館料:1,100円(年齢を確認できる書類提示で70歳以上550円)
※カフェ、ショップのみの利用でも入館料が必要
※バリアフリー非対応
※大きな荷物の持込不可

http://www.haramuseum.or.jp/


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東京都東大和市『旧日立航空機立川工場変電所』という戦災建造物。

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旧日立航空機立川工場変電所は、航空機のエンジンを生産する軍需工場へ送電する変電施設として1938年(昭和13年)東京瓦斯電気工業(株)変電所として作られました。

翌年、日立製作所と合併し、日立航空機立川工場変電所に名称を変更。

同変電所は、高圧電線で送られてきた電気を減圧し、工場内へと送る施設です。

戦局激化に伴い、度重なる米軍の空襲を受け被災。隣接する工場は大破したものの、変電所は大きな被害は免れました。

戦後は内部変電施設の更新をしつつも建物自体の修復はほとんどせず、1993年(平成5年)まで変電所として使用されていました。

現在は、東大和市の指定文化財(市史跡)に指定され、同市が保存・管理を行っています。

しかし建物の老朽化が進んでおり、大規模修繕の必要性に迫られているそうで、東大和市の「変電所保存のための基本方針(改定)」によると、令和2年度に保存修理工事の計画があるようです。

今回、工事前の姿を見ておきたいと考え、今月の公開日である今日、同地にやって参りました。

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矢印の方向から爆撃されているため建物の正面の被弾が多い。

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壁面に残る機銃掃射や爆弾の破片による痕。

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屋内に貫通している箇所もあります。

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貫通痕の屋内側。

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建物の構造が分かる箇所も。

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建物正面には無数の痕が残っています。

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建物側面を見ると機銃掃射の痕は少なくなります。

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建物裏を見ると痕は散見される程度になります。

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変電所の痕跡は建物裏側に少し残されています。

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コンクリート製の階段にも爆撃の痕が残っています。
窓枠や扉などは爆風で吹き飛びました。


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階段裏にも窓から飛び込んだ爆弾の破片による痕(と思われるもの)がある。

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現在、二階は非公開となっています。

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500ポンド爆弾(226.7kg)
B-29爆撃機から落とされた爆弾は、
東日本では250kgが中心だったそうです。
(西日本は1トン爆弾が中心なのだとか)


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内部で展示されているパネルや写真。

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映像展示もあります。
テレビ画面が小さいので後ろに座ると見えにくいです。
壁が改修で塗り直されていますね。


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平成7年の修復工事により、鉄柱で補強された箇所があります。

外部のみの見学はいつでも可能です。

見学日だと入口に募金箱が設置されています。

また、変電所の保存のため、ふるさと納税の募集もされています。

壊れかけた建物を維持するのは並大抵の努力ではないと思います。

細々と修繕は必要でしょうし、修繕し過ぎると元の姿が分からなくなるし。

税金を使うには市民の同意が必要でしょうから、なるべく募金に頼りたいだろうなぁ。

微力ですが、修繕時に使う塗料の足しにでもなればと見学料程度を入れさせていただきました。

修繕が済んでから、どのように手が加えられたのかを見るため、再訪したいと思います。

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ロゴで大まかな製造年が判別できるのですね。

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しかし、前面にあるというロゴを発見できませんでした。
割れて損失している箇所にあったのかな?



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【旧日立航空機立川工場変電所】

東京都東大和市桜が丘2丁目 都立東大和南公園内
西武拝島線玉川上水駅より徒歩5分
一般公開:毎月第2日曜(13:00~16:00)


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埼玉県秩父市にある国登録有形文化財などの建築物いろいろ。

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[旧柿原商店店舗及び主屋]
国登録有形文化財(建造物)

大正から昭和初期に建てられた秩父銘仙の問屋「旧柿原商店」。
秩父銘仙(ちちぶめいせん)とは、大正・昭和初期に大流行した織物で、国指定伝統的工芸品に指定されています。

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[旧柿原商店店舗兼母屋・旧柿原商店石塀]
国登録有形文化財(建造物)
店舗及び母屋は木造2階建ての寄棟造り。
石塀の基礎は玉石積。凝灰岩(ぎょうかいがん)系の切石布積です。
塀は30メートルもの長さがあります。

国登録有形文化財に指定されている店舗兼母屋と3棟の土蔵は、1982年から2002年までは加藤近代美術館と使用され、2004年より「秩父ふるさと館」「知知夫手づくり工房」「逸見織物出張所」「そばの杜」「蔵部るみん」などの複数の店舗として利用されています。

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秩父ふるさと館の向かって左隣にも
文化財に登録されている建物があります。


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[旧新井商店店舗及主屋]

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外壁が塗りなおされていて綺麗な外観になっていますが文化財です。

秩父は国の登録有形文化財に指定されている建物がいろいろ見られるエリアです。
有名どころも多く、ファンも多いらしい。
そのうち、ワタクシが気になった建物を下に列記します。

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[パリー食堂(カフェ・パリー)]
国登録有形文化財(建造物)
登録基準は「造形の規範」。


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昭和2年(1927年)の建築です。

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三階建てに見えますが、二階建ての店舗兼用住宅です。

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モルタル塗りの外壁と、窓上の装飾。

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小屋裏窓を設けて三階建に見せています。

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中華料理店かな?と思わせる昭和レトロな看板。

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料理のサンプルも並んでいます。
ホコリが入らないようラップが掛かっている。


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低い建物を高く大きく見せようとする看板建築"らしい"建物です。

『パリー食堂(カフェ・パリー)』は、20世紀前半に流行した風俗営業の一業態である「カフェー」だったところです。カフェから料亭、その後、食堂として今も営業しています。店内は昭和レトロ。ザ・昭和って感じのベタベタの昭和食堂。そういうところが好きな方には大人気のスポットのようです。

この付近には文化財に指定されている建物が数件纏まっており、秩父観光では外せないスポットとなっています。

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小池煙草店については建てめも。にて。

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[安田屋]
登録有形文化財(建造物)
登録基準は「造形の規範」。
三階建てに見えますが、二階建ての店舗兼用住宅です。


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秩父名物猪牛豚肉の味噌漬けのお店です。

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ここにも凝った装飾が見られます。

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[旧大月旅館 別館]
木造2階建、金属板葺、建築面積46平米
大正15年の建築で分かり易い看板建築です。


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国登録有形文化財(建造物)
登録基準は「造形の規範」。


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別館なので、本館は別にあったのでしょうね。
建設当時は2階を従業員の部屋として使っていたそうです。


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文化財プレートは側面植え込みにありました。

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内部を観たい場合は喫茶を利用すれば叶いそうです。
しかしこの日はオープン前でした。


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[薗田家住宅表門]
国登録有形文化財(建造物)。
登録基準は「国土の歴史的景観に寄与」。
一間一戸四脚門形式。
秩父神社宮司のお宅です。


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文化財プレートは門に掲示してありました。

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母屋は通りからは欠片しか見えませんでした。

以下は文化財ではないものの、興味を覚えた建物です。

良い感じのお蕎麦屋さんがたくさんあるのですが、蕎麦アレルギーゆえ入店できず。
内部を知りたいもんです。

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グーグルマップには載っていないお店「雷神堂」。
東京巣鴨に本店かあるチェーン店のようですね。
下見張り外壁の建物が興味深いです。


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「楽蔵」という蕎麦屋。

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[上石商店]
大正初期の建築。
一階にあるステンドグラスが特徴的です。
タイルはスクラッチタイル。壁は漆喰塗り。
二階と一階で和洋が折衷している目を惹く建物です。


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左側の建物裏手にある土蔵は、ギャラリーになっています。

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土蔵の、かなり立派な影盛。

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建築物ではないけれど、面白いと思った昭和時代の人孔蓋。
今は鋳鉄製がメインですが、昔はコンクリート製でしたね。


秩父市
蛇足ですが、西武秩父駅近くにはアニメのマンホール蓋がありました。

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脇道の先にあるトタン張りの家。
かなり気になる外観です。




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【秩父ふるさと館】

埼玉県秩父市本町3-1
開館時間 10:00~21:00
定休日:水曜(店舗により異なる)


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埼玉県秩父市『秩父神社』にある左甚五郎作とされる彫刻。

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本殿北側中央の彫刻は「北辰の梟」。
体は本殿正面に向き、頭は反対の真北を向いています。
左甚五郎

創建は崇神天皇10年(B.C.87)と伝わる『秩父神社』。
つまりは紀元前の創建で、鎮座2100年越えの神社ということになります。

主祭神である八意思兼命(やごころおもいかねのみこと)は、天照大御神の岩戸隠れの際、天の安原に集まった八百万の神に天照大御神を岩戸の外に出すための知恵を授けた神です。
ゆえに「知恵の神」とされています。

神社のご利益は、家運隆昌、出世開運、技術向上、学問向上、受験合格。
また木工職人の守護神ともされています。
それゆえか、拝殿・本殿には多くの彫刻で飾られており、中には左甚五郎作とされる有名なものもあります。

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[秩父神社 大鳥居]

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[手水舎]
多くの亀の彫刻があります。


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文化財に指定されていないのが不思議なほど立派な手水舎です。

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彫刻が細かすぎてどこを写真で切り取れば良いのかワカラン。

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[神門]
既に境内改修整備事業の改修済みです。


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[秩父神社社殿]
県指定有形文化財(建造物)
※付(つけたり) 天正20年の棟札1枚・神輿1基
天正20年(1592年)に徳川家康が成瀬吉右衛門に建造させたものです。


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現在の埼玉県秩父地方を中心とした地域は知々夫国と呼ばれていました。

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唐破風下の彫刻群。どこを見れば良いのか迷うぐらいです。

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劣化しているため形状がよく分からない彫刻。
修復後に改めて見てみたいです。


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「子宝 子育ての虎」
拝殿正面左側にある左甚五郎作の彫刻。
祭神を守護する神使として彫ったものと伝えられているそうです。
母親だけ豹柄なのは、昔は虎のメスは豹だと考えられていたからなんだとか。


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彫刻の下にはこんな文言がありました。

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御鎮座2100年奉祝事業 本殿改修事業による保存工事中のため、
左甚五郎作の「つなぎの龍」など、見られない彫刻があります。

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秩父といえば、イチローズモルト。
樽があります。


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唐破風造りの向拝にもびっしりと彫刻が飾られています。

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唐獅子や麒麟などの彫刻は色褪せており、
確かに改修が必要かもと思わせられます。


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本殿を囲う塀にも彫刻が施されています。

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足場と養生の隙間から改修中の彫刻をカメラで覗いてみる。

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[天神地祇社]
全国の一之宮を中心として計75座の神々が祀られています。
祭神である八意思兼命が多くの神々の意見を纏めたことに由来するそうです。


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丁度、宮司さんたちのお勤め時間だったようです。装束が綺麗ですね。

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額が並べてある一角も興味深いです。

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特にこの絵の人物が誰なのか気になりました。イケメンですね。

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本殿北側には「北辰の梟」の彫刻があります。
※同記事最上段写真参照


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「お元気三猿」
日光が「見ざる・言わざる・聞かざる」なのに対し、
秩父神社は「よく見て・よく聞いて・よく話す」。
お元気三猿という名称が付いています。
大人の猿は健康長寿を表しています。
左甚五郎


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拝殿(右手)と本殿(左手)。
これらの彫刻の色が4年後は鮮やかになっているんでしょうね。


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あれ? じゅうぶん鮮やかかも。

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毎度思うのですが、絵があらわすストーリーが分かりません。

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この彩色が細かくて惹かれました。どなた様なのか?

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麒麟の造形が凄い。
足があるのは珍しい気がする。


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手挟にある牡丹の花。
筋が細かく描かれていて素晴らしいです。


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前述の「子宝 子育ての虎」ですが、
左の子虎のポーズが気になって仕方がない。

秩父神社の行事と神楽は「秩父祭の屋台行事と神楽(山・鉾・屋台行事)」として、国の重要無形民俗文化財とユネスコ無形文化遺産に指定されております。
見てみたい気もするのだけれど、混むらしいので多分実現は難しいかも。
神輿は室町時代のもので、埼玉県最古のものなんですって。

そして、「荒川の河岸段丘上に広がる秩父市街地の中心部に鎮座している」そうです。
次回は河岸段丘に焦点を当てて散策したいと思います。

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白とピンクの「まゆみくじ」。
まゆの中に、おみくじが入っています。


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御朱印は一種類(500円)です。

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[秩父宮妃御手植銀杏]
秩父宮勢津子妃殿下がお手植えになられた銀杏。


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乳房のような形に育ったことから「乳銀杏」と呼ばれています。

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神降石(じんこうせき)という名前がある、神様が降り立つ場所。
境内で最も気になった場所だったので、帰宅後に調べたら
パワースポットだったようです。
木々の木漏れ日から光が差す位置を撫でると良いのだとか。
先に知っていれば・・・


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【秩父神社(ちちぶじんじゃ)】

埼玉県秩父市番場町1-1
(秩父鉄道秩父本線 秩父駅から徒歩3分)
主祭神:八意思兼命(やごころおもいかねのみこと)
知知夫彦命(ちちぶひこのみこと)
天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)
秩父宮雍仁親王
創建:伝・崇神天皇10年
http://www.chichibu-jinja.or.jp/


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静岡県富士宮市『静岡県富士山世界遺産センター』から見る富士山頂。

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富士宮市にある『静岡県富士山世界遺産センター』は、世界遺産に登録された富士山の保護・保存・整備のための拠点施設であり、学術調査機能を併せ持つ施設です。

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県産ヒノキを用いた木格子の逆さ富士の外観が特徴で、富士山麓の湧き水を引いた前面の水盤に建物が映ると「正富士」のように見えるよう設計されています。

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水盤には鳥居が建てられており、富士山本宮浅間大社との連携が図られています。

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入館料は一般300円。70歳以上の高齢者は無料。

館内は北棟・西棟・展示棟から構成されており、展示棟は螺旋スロープになっており、四季の富士登山を疑似体験できる映像が流れる中を登っていく仕組み。
最上階に着けば、実際の富士山を一望できるという構成です。

建築デザインはプリツカー賞受賞者の坂茂氏。テーマは「富士の水の循環と反映」だそうです。

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この格子の内部が展示棟です。

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展望スペース。
屋内から屋外へそのまま出られます。
雲がなければ真正面に富士山が見えます。


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重く低い雲が次々と湧いており、なかなか全容が見られません。

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富士山の麓に見える鳥居は、浅間大社のもの。

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雲が晴れて参りました。

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富士山頂が見えますね。

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雲がなければ、ここから富士山が見えるのだろうと推察されます。

展望フロアは良い感じに富士山が見えるスポットです。

ロッカーがあり、カフェもあるので、一休みには丁度良いかも。

入館料300円はかかりますけどね。

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富士宮市は雀よりも鶺鴒が多い地なのだと感じました。
めっちゃ居る。


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【静岡県富士山世界遺産センター】
Mt.fuji World Heritage Centre,Shizuoka

静岡県富士宮市宮町5-12
開館時間 [通常]9:00~17:00,[7、8月]9:00~18:00
※最終入館は、閉館の30分前
休館日:第3火曜、施設点検日、年末年始(12月27日~1月3日)
※第3火曜が祝日の場合は開館、翌日休館
※2020年の年始は1月1日~3日も開館
https://mtfuji-whc.jp/


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静岡県富士宮市『富士山本宮浅間大社』は富士山が身近に感じられる清しい神社です。

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静岡県富士宮市にある『富士山本宮浅間大社』は、

富士山を神体山として祀る神社で、全国の浅間神社の総本社です。

境内は、約17,000平米の本宮社地と、富士山8合目以上の約385万平米。

本宮は「富士山 - 信仰の対象と芸術の源泉」の構成資産の一つとして

世界文化遺産に登録されています。

また本宮本殿は、国の重要文化財に指定されているほか、

境内の、富士山の湧水が湧き出す「湧玉池」は、

国の特別天然記念物に指定されてます。

この日は松の内だからか、多くの初詣客で賑わっておりました。

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[楼門]
静岡県指定文化財


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楼門前には、東西へ伸びる「桜の馬場」がありまして、
ここは神事流鏑馬式などに用いられるそうです。
この日は屋台が並んでいました。
馬の脚に括られているのは屋台を支える紐だと思われます。


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[拝殿]
静岡県指定文化財

まだ早い時間帯だったので、参拝者はまばらでしたが、
帰る頃には行列ができていました。

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[富士山本宮浅間神社本殿]
国登録重要文化財
浅間造(せんげんづくり)という神社建築様式の代表的なものです。
※二重の楼閣構造


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拝殿の重そうなしめ縄。
神域と現世を隔てる結界です。
祭神は木花之佐久夜毘売命(このはなのさくやひめのみこと)。
※別称は浅間大神 (あさまのおおかみ)


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慶長9年(1604年)に徳川家康の造営の本殿。
屋根は檜皮葺(ひわだぶき)。


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楼閣の懸魚(げぎょ)

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[楼閣正面]

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蟇股(かえるまた)には菊花紋や葵紋や五三桐紋のほか、
本殿が徳川家康による造営のため葵紋が見られます。


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本殿に向かって右手奥にあるのが湧玉池。

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[湧玉池(わくたまいけ)]
富士山の伏流水が湧き出るところで、国の特別天然記念物に指定されています。


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この日は例祭が行われるとかで祭壇などを設営中でした。

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[水屋神社]
お社の中は池。


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ゆえにお賽銭を投げるのは躊躇われます。

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鏡のように澄んだ湧玉池。

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ここで水を汲むことができます。
水温は一年を通して13℃前後で安定しているそうです。


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澄んだ綺麗な水ですが、煮沸は必要。

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容器の販売もしていました。お高いけど。

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なんだか立派な苔も生えています。

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御朱印は本殿に向かって右手側で頂けます。

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御朱印はこれ一種のよう。

祭神にまつわる桜を神木として境内には約500本もの桜があり、

パンフレットにも桜の写真があります。

富士山と桜。絶対良い写真が撮れるコンビやん。

春に再訪しようかなぁと思わせる魅力がありますね。

再訪する日が晴天とは限らないし、

晴天でも富士山が見られるとは限らない。

でも富士山を綺麗に見られたら、なにか良いことありそうかも。

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狛犬・阿形

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狛犬・吽形



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【富士山本宮浅間大社】
ふじさんほんぐうせんげんたいしゃ

静岡県富士宮市宮町1-1
奥宮:富士山頂上
神体:富士山(神体山)
創建:(伝)第11代垂仁天皇3年
http://fuji-hongu.or.jp/sengen/


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栃木県日光市『日光二荒山神社 中宮祠』に詣でる。

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以前から気になっていたのが、中禅寺湖畔に鎮座する『日光二荒山神社 中宮祠』。

本社と奥宮との中間にあるお社で、男体山表登山口入口にあたります。

中宮祠にある国指定重要文化財は7棟。
  • 本殿
  • 拝殿
  • 中門
  • 掖門及び透塀 2棟
  • 鳥居(銅製) - 南口
  • 鳥居(銅製) - 登拝口
  • (中宮祠の附指定) 銅燈籠 2基

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境内には、かなり立派なアカマツの樹があります。
こんな立派なのを初めて見ました。


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たぶん社務所?

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大己貴命(おおなむちのみこと)は大黒様です。

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分かり易く牛の顔をしています。

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鳥居近くにある牛石。
同じ説明書きがある別の石でして、違いが分かりませんでした。


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[拝殿]
重要文化財
元禄14年(1701年)造造。
総弁柄(べんがら)塗りです。


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「二荒山(ふたらさん)の大神(おおかみ)
守り給え(まもりたまえ)
幸え給え(さきはえたまえ:さきワえたまえ)」
と2回唱えるよう書かれています。


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拝殿の奥にあるのが本殿です。
こちらも重要文化財で、元禄14年(1701年)造造


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本殿の懸魚(げぎょ)。

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蟇股の色が褪せていますね。
これは鳥?


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こちらも色褪せていますが、何の花だろう?

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この鳥居の先に登山口があります。
登拝門は開山時(5月5日-10月25日)のみ門が開くそうです。


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[鳥居]
重要文化財
明和6年(1769年)建立。
基脚に注目です。


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天然記念物のイチイの巨樹もありました。
二本あるそうで、樹齢は推定1,100年と1,000年。
二本セットで栃木県指定天然記念物に指定されています。


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弁柄が塗られた建造物とそうでないものに明確に分かれております。
やはり左側は社務所なのでしょうね。


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軒先に鳥居の意匠が見られますね。

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中門から手水舎側を見下ろしてみる。
木々の先が中禅寺湖です。


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こちらは階段のある側(正面)の鳥居。

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鳥居から階段を見上げてみる。

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御朱印は、一番以外は書き置きらしいです。
ゆえに一番のみ頂きました。

とても清涼な空気が流れる境内。

パワースポットだと言われていますが、なんだか納得できます。

もう一度行きたいと思えるお社でした。

日光全体がパワースポットだと思いますが、

その中でもとても「いいな」と思える場所でした。

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神社の階段下にバス停があります。
車じゃなくても来られるスポットです。



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【日光二荒山神社 中宮祠】
にっこうふたらさんじんじゃちゅうぐうし
栃木県日光市中宮祠2484
時間4月~10月(8:00~17:00),11月~3月(9:00~16:00)
JR・東武日光駅より東武バス湯元温泉行きバス乗車約40分
「二荒山神社前」バス停下車徒歩約1分
主祭神:二荒山大神(大己貴命、田心姫命、味耜高彦根命の総称)
中宮祠創建:延暦3年(784年)
http://www.futarasan.jp/


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文京区本駒込『東洋文庫ミュージアム』は館内ほぼ撮影OK!

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東洋文庫は三菱の第三代当主岩崎久彌氏が大正13年(1924年)に設立した、東洋学分野での日本最古にして最大の東洋学専門図書館です。国宝や重要文化財など歴史的価値があるものも含め、蔵書はおよそ100万冊。その東洋文庫の所蔵品の一部が展示されているのが「東洋文庫ミュージアム」です。

「モリソン書庫」や「ムセイオンの泉」などの展示が有名で、老若男女問わず人気のミュージアムでして、六義園のすぐ近くにあるので、散策がてら訪れるのもいいかもしれません。
現在、2019年10月3日~2020年1月13日(月・祝)の期間開催の「東洋文庫の北斎展」が開催中で、朝から多くの人が訪れていました。

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館内の殆どが撮影OKという太っ腹ぶり。

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最高にフォトジェニックな書庫である「モリソン書庫」。
東洋文庫が出来るきっかけになった蔵書です。


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1917年、三菱財閥第3代総帥である岩崎久弥が、
中華民国総統府顧問を務めていたモリソンの膨大なコレクションを購入。
それがここに展示してあります。
圧巻です。


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ジョージ・アーネスト・モリソンの長男である、
イギリス人特派員のイアン・モリソンがモデルとのことですが、
親子共々『タイムズ』の特派員だったんですかね。

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さりげなく国宝が展示してあったりします。

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ワタクシに読めて理解できたらいいのに・・・。

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北斎展の中にあった北斎の名前の変遷が書かれた説明書き。

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「画狂老人卍」を名乗っていた頃の一冊。
右側の俵の絵を見ると書き込みがスゴイ。

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企画展も撮影可能。ただし、混んでます。

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説明を読んでから見ると「なるほど」感がありますね。

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このような優美な絵もあるんですねぇ。

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これが興味深くて手に取って全部見てみたいなぁと思いました。
こうして古書にハマって行くのかもしれん。

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ペリー来航について書かれた書もありました。
このまま何かのキャラクターにできそうな絵ですね。

それほど広くはないのですが、充実した展示で満足できます。

あれだけの絵を描きまくれるとは、やはり北斎って天才なんだなぁ。本人について伝わるものはアレだけど。
天才と○○は表裏一体なんだなぁと作品を観ながら感じました。

今回初めて訪れましたが、気に入ったのでまた再訪しようと思います。

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建物の設計は三菱地所設計が担当し、
2013年度グッドデザイン賞を受賞しています。


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コンクリートの外壁に模様が入っているのが面白い。

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駐車場の奥にカフェがありますが、
開店時間前だったので今回は行きませんでした。
次回はちょっと遅めに行ってカフェメニューを堪能するのが良いかも。



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【東洋文庫ミュージアム】

東京都文京区本駒込2-28-21
(JR・東京メトロ南北線「駒込駅」から徒歩8分)
開館時間 10:00~19:00(入館は18:30まで)
オリエント・カフェ11:30~21:30
休館日:火曜(祝日の場合は開館、翌水曜休館)、年末年始、臨時
入館料:一般900円,65歳以上800円,大学生700円,中・高校生600円,小学生290円
http://www.toyo-bunko.or.jp/museum/


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山形県山形市『山形県郷土館(山形県旧県庁舎及び県会議事堂)』の漆喰天井の花飾りにリベンジ。

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大正5年にイギリス・ルネサンス様式を基調とて建てられた山形県庁舎および山形県会議事堂。
明治44年(1911年)に市内で発生した山形市北大火で焼失した庁舎の二代目庁舎として、中條精一郎を顧問に、コンドルの弟子である田原新之助が設計しました。

今回は母と訪問しましたが、個人的には正庁の天井漆喰飾りのリベンジと位置づけていたため、詳細は前回の記事に任せるとして、今回はそれのみ記録しておこうと思います。

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多くの知事が車で送迎されたに違いない車寄せ。

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前回見た時よりも白く感じる玄関。

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今回は別アングルで階段を撮ってみました。

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ステンドクラスがあることで、階段を上る際も眩し過ぎないんですかね。

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改めまして、再びの正庁です。

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前回発見できなかった山形らしいモチーフを、
今回は探し当てたいと思います。


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見つけるべきは、「さくらんぼ」と「紅花」です。

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めっちゃ時間は掛かりましたが発見できました!

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ワタクシの肉眼では探し出せないため、カメラのズーム機能で捜索。

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分かり易い向きに加工してみました。
左下に「さくらんぼ」、右寄り下に「紅花」があります。

いやぁ、スッキリしました。

見つけられたので、この建物への心残りは解消しました。

これで、三度目の訪問はしないかもな。

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[山形県 県会議事堂]
こちらの玄関からは入れません。


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この日は使用中で見学はできませんでした。


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【山形県郷土館】
文化財登録名称:山形県旧県庁舎及び県会議事堂
正式名称:山形県郷土館愛称:文翔館(ぶんしょうかん)

山形県山形市旅篭町3-4-51
開館時間 9:00~16:30
入館料:無料
休館日:月曜

大正5年(1916年)開館
設計:田原新之助


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山形県山形市『専称寺』本堂にある左甚五郎作と言われる力士像。

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専称寺本堂の四隅に左甚五郎作と伝わる「夜泣き力士」像があると知り、ランチの後で立ち寄って参りました。

ここは最上義光の娘で、悲劇で知られる東国一の美少女「駒姫」の菩提寺です。

駒姫は、その類いまれな美しさから父母に溺愛されて育ったという。
時の関白・豊臣秀次は、東国一の美少女と名高かった駒姫の噂を聞き、側室に差し出すよう義光に迫った。義光は断ったが度重なる要求に折れ、15歳になったら娘を山形から京へと嫁がせると約束する羽目に陥る。

文禄4年(1595年)、駒姫は京に到着し、最上屋敷で長旅の疲れを癒していたところ、7月15日、秀次は豊臣秀吉の命により高野山で切腹させられた。
そして駒姫も8月2日に他の秀次の側室達と共に、三条河原に引き立てられ11番目に処刑された。
まだ実質的な側室になる前だったと言われている。

父の義光が必死で助命嘆願に廻り、各方面からも処刑せぬようにと声があがった。秀吉もついにこれを無視できなくなり「鎌倉で尼にするように」と早馬を処刑場に派遣した。
しかしあと一町の差で間に合わなかった。享年15。

遺体は遺族が引き渡しを願ったが許されず、その場で掘られた穴に投げ込まれ、さらにその上に「畜生塚」と刻まれた碑が置かれた。
娘の死を聞いた母の大崎夫人も、処刑の14日後の8月16日に亡くなった。娘の跡を追った可能性は高いとされている。

この悲劇がのちに義光が関ヶ原の戦いで東軍に属する伏線になったとする指摘もある。

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駒姫の墓とされているところ。ただし、墓石はかなり新しい。

駒姫の死の翌年、義光は高擶で布教中の真宗僧乗慶に帰依、専称寺を山形城下に移し、駒姫と大崎夫人の菩提寺とした。


本堂は元禄16年(1703年)の建立。

江戸時代中期の木造建築物としては東北第一とされています。

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駐車場側から見た本堂。

書院・庫裏・鐘楼は慶長年間(1596年~1615年)の建築。

梵鐘と鐘楼は山形県の指定文化財となっているそうですが、見学はしませんでした。

また、山門を入り右側にあるイチョウの巨樹は、別名「雪降り銀杏」と呼ばれ、根回りが7.5mあるのだとか。

山形市の天然記念物に指定されている立派なものですが、これまた写真は撮りませんでした。(檀家さんたちのお墓が写るため)

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懸魚や蟇股はかなり立派。

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本堂正面。
本堂は市の指定文化財です。


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本堂正面の木鼻には獏? 象? のかなり立派な彫刻があります。

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耳が垂れているから、象なんだろうなぁ。

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左甚五郎作だと言われている力士像。駐車場側。

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こちらは本堂向かって左側の力士像だったと思う。

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本堂向かって右側の力士像だったかな?

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見る向きを変えると様子も変わります。
これらの力士たちは毎夜夜泣きするという伝承があるそうな。
屋根が重くて辛いらしい。

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サクッと書かれた説明書き。

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実なのか枯れ葉なのか分かりませんが、興味深い樹木でした。

かなり立派なお寺で、檀家さんも多そうです。

それにしてもこの辺りでは墓石は黒御影石(←たぶん)が人気なのかな。

墓石の色が黒で統一(と言ってもいいほど)揃っているのが印象的でした。

本堂外周の彫刻がこれほど立派だということは、

堂内はさぞかし、と推察されます。

見学はできないんですけどね。



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【専称寺(せんしょうじ)】

山形県山形市緑町3丁目7-67
山号:最上山
宗旨:浄土真宗,宗派:真宗大谷派
本尊:阿弥陀如来
創建年:1483年(文明15年)
開基:願正坊(本願寺第8世蓮如の高弟)
正式名:最上山専称寺


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山形県山形市『千歳館』の建物を拝見す。【写真多用】

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[千歳館主屋(ちとせかんしゅおく)]
木造2階建、鉄板葺

事前に予約をし、ランチ時に『千歳館』に行って参りました。

千歳館の創業は1911年(明治9年)。

1876年(明治44年)に山形市大火で建物を焼失し、1915年(大正4年)に現在地に移転して営業再開。

主屋(大正4年)、客室ちとせ(昭和5年)、客室つる(昭和2年)は、国の登録有形文化財(建造物)になっておりまして、今回の予約も実はそれ目当てだったりします。

文化財登録基準は「再現することが容易でないもの」だったそうで、西側は洋風の外観、東側は和風の外観となっており、玄関ポーチには車寄せがあり、大正モダンなデザイン。

想像以上に見応えのある建物でして、料理はそこそこに複数個所を見学させて頂きました。

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玄関ポーチ車寄せの天井。

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正面玄関の控えめな表札。

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かなり大きな玄関で、下足番の方も居ます。

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内側から見た玄関。とにかく広いです。

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廊下の先、左側に鹿鳴館ホールという洋室があります。

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廊下にある窓は通気のためか。

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巾木部分も竹と瓦が使われていて凝った造りとなっています。

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離れに向かう廊下の天井。
釿削りで凝りまくりです。


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[千歳館客室つる]
国登録文化財 建造物


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開口部が多く、明るい部屋です。
この一室独立して文化財に指定されています。


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照明器具が分かり易く大正・昭和初期っぽい。


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絶妙なバランスで立つ石灯篭。

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二階も見学させてもらいます。
階段幅がかなり広いです。そして急。


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二階の120畳の大広間。
支えなしの大空間です。


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二階大広間には舞台も付いています。

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この額は同館が紹介されている本にも載っていました。

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天井に下がる照明器具。好みです。

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別の二階広間。
こちらは映画「るろうに剣心」のロケで使われたそうです。


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映画では左側の戸がすべて取り払われて撮影されていました。

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一階待合室にあったポスター。
歴史の古さを感じます。


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こちらは「松の間」の床柱。
松の間ってことは、松の床柱なんでしょうね。


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同じく松の間の書院にも松の意匠がありますね。

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右側は完全予約制・昼夜席それぞれ1組貸切りで営業する「素仁庵」。
接客スタッフが居ない料理店だそうです。


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建物の脇にある、現在は使われていない出入口。

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タイル張りの円柱は、当時はモダンだったのだろうと推察されます。

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庭の巨樹を一本撤去したのだそうです。
茂りすぎて他の樹が枯れ始めていたのが撤去理由とか。
切り株からはかなりの巨樹だったろうと推察されました。


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撤去したからか、確かに庭には光が差し込んでおりました。

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庭に残る樹とほぼ同じサイズだったそうです。

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残った巨樹も立派で遠くから見るとその威容がよく分かります。

ご当主と、女将さんが代わる代わるに歴史や建物について説明してくれます。

かなり面白かったです。

お二方とも、接客業が天職だなと感じました。

一般的にこのような文化財を維持するには相当の覚悟と費用がかかると聞きます。

今回の巨樹の撤去費だけでも百萬円以上は掛かっているそうですし。

誇りと意地がなければ続かない稼業かもしれませんね。

一見の価値ありな文化財内での食事。オススメです。



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【千歳館】

山形県山形市七日町4-9-2
営業時間 11:30~22:00(L.O.21:00)
定休日:年末年始
※カード可(VISA、MASTER、JCB、AMEX、Diners)
http://www.chitosekan.com/


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埼玉県草加市『草加市立歴史民俗資料館』は草加市初の国登録有形文化財です。

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大正15年(1926年)に建築家・大川勇氏の設計で建てられた、埼玉県初の鉄筋コンクリート(RC)造校舎と言われる草加小学校の西校舎。

建物が造形の模範になっていると評価され、草加市初の国登録有形文化財(建造物)になった建物です。

草加小学校校舎としての利用は昭和54(1979)年度をもって終了し、3年後の昭和58年(1983年)11月1日より草加市の文化財を保護するための施設『草加市立歴史民俗資料館』として再利用されています。

今回はこの建物を見学すべく草加市までやって参りました。

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校舎入口へは靴を脱いで入ります。
って学校は今でもそうでしたね。
よくよく考えたら日本独特の習慣なんだろうなぁ。


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小ぢんまりした校舎ですが、屋上に運動場があったそうです。

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建物はこのような配置になっています。

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階段が吹き抜けになっているため、窓もかなり大きく取られています。
ゆえに明るい。


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階段壁面にある孔。
何のために空けられているんだろう?


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何かのイベントで使われたのかパイプ椅子が並んでいます。
ビジュアル的には邪魔かな。


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手作り感溢れる展示内容だと感じるのは、手書きの説明が多いからかも。

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躯体がしっかりしていれば、建物は長持ちするんですね。

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洪水云々という文字を発見。
草加市は河川に囲まれた窪地で水を貯め易く、
洪水の起きやすい土地なのだそうです。


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校舎が少し高床っぽくなっているのは洪水対策なのかも。

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文化財プレートは正面の分かり易い場所に設置されていました。

木造の多い大正期の校舎にあって、RC造・モルタル仕上げの近代的な雰囲気はとても目立つ存在だったろうと思われます。

この教室数で済むってことは、当時は子供の数が少なかったんてすね。

わざわざ見に行く・・・というほどではない気もしますが、松尾芭蕉の足跡を辿りつつ散歩するなら、土地のことを知るために立ち寄ってもいいかも。



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【草加市立歴史民俗資料館(旧草加小学校西校舎)】

埼玉県草加市住吉1-11-29
(東武スカイツリーライン草加駅から徒歩10分)
開館時間 9:00~16:30
休館日:月曜(祝日の場合は翌平日)、年末年始


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港区白金台『港区立郷土歴史館等複合施設 ゆかしの杜(旧国立公衆衛生院)』は歴史的建造物好きには魅力的なスポットです。【弐】

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【壱】のつづき。

旧講堂は見応えがあったので、別記事にしてみました。

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[旧講堂]
電球がLEDに替えられているためかなり明るく感じます。


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正面演壇左右のレリーフは、
大正・昭和期の彫刻家、新海竹蔵(明治30年~昭和43年)によるもの。
※新海竹太郎は叔父


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「葦鷺」

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「羊」

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名前を探すのは容易です。

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懐かしい上下の黒板。
いずれは絶滅するアイテムなんだろうなぁ。


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黒板の上にある時計。
レリーフに統一感があります。


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ふと見上げたら、この部分は天井板が填めこまれていませんでした。
わざとかな?


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柱のレリーフ。

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柱にある照明器具は、
灯すとダイヤモンドの影が映るようなっているそうです。
※上部壁部分に注目


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電灯の装飾具は8つある電灯のうち2つが新規材に替えられています。
※葉っぱの意匠っぽい部分
新規材は当初材に比べて厚みが4mmも薄いのだとか。


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天井の照明器具。

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演壇から見た座席。
椅子のシートは貼り換えてありますが、
椅子は当時のままだそうです。
前後の幅が狭くてワタクシは座れないかも。


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ヒーターがあるので冬はそれなりに耐えられそうですが、
夏は天井にファンしかなくて暑かったらしいです。


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金属製の蓋で覆われた通気口。

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通気口はこうなっているようです。

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建設当初から設置されているノンスリップ。
素材は明らかになっていないものの、石油系素材が使われているとか。
劣化して取り替えられていても不思議ではない
戦前の貴重な資材が見られる部分です。


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ドアのストッパーも当時のまま。

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旧講堂のドアは一部のみ鍵が外側につけられているものがありました。
「(取り付け方を)間違えたのではないか」と施設の方が呟いてました。


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[旧院長室]
家具は復元したものだそうです。
向かって右側奥にある手洗い器は当時のものだとか。
※この写真には写っていません


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寄せ木細工の凝った床。

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壁はベニヤ板張りです。当時は高級品だったそうです。
ヒーター前の柵の意匠はシンプル。


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旧次長室のヒーターの柵は凝った造りとなっています。

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旧院長室から見える張り出し部分。

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建物がコの字になっているため、窓から別の部屋が見えます。

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たぶん3階から見た敷地内の木々。

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防水処理が施された跡が見られる建物正面のバルコニー部。

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建物正面の植え込み部分。
昔は水が貯められていようです。


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ニホントカゲの気配を察知。
ズームしている間に逃げられました。

戦前の建物がしっかりと残っているってことは、この辺りは空襲被害を免れたんですかね。
江戸時代は田畑も多かった場所ですし、家々が密集していない分、延焼被害も低く抑えられたのかもなぁ。
と思っていたら、旧白金台町は空襲の被害を受けなかったとありました。

ちなみに「白金」は「シロカネ」と読みます。
ウチの近所には「白銀」という地名がありますが、「シロガネ」と読みます。
ってことを語っている一文を発見しました。

作家今東光は、谷崎潤一郎と話していて、うっかり「芝のしろがね町の……」と発言したために、「芝はしろかね。白金と書いてしろかねと言うんだ」「牛込のはしろがね。白銀と書いてしろがねと発音するんだ。明治になってから、田舎っぺが東京へ来るようになって、地名の発音が次第に滅茶苦茶になってきたな」と怒鳴りつけられた。

昔、女性誌で持て囃された「シロガネーゼ」は、正しくは「シロカネーゼ」なんですよねぇ。

まあ、それはさておき、ここは必見の歴史的建造物だと思います。

オススメです。



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【港区立郷土歴史館等複合施設「ゆかしの杜」】
旧国立公衆衛生院

東京都港区白金台4-6-2
(東京メトロ南北線・都営地下鉄三田線「白金台」駅下車 2番出口徒歩1分)
開館時間 9:00~17:00,[土] 9:00~20:00
休館日:第3木曜(祝日等の場合は開館、翌日休)、年末年始ほか
常設展観覧料:300円
https://www.minato-rekishi.com/


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港区白金台『港区立郷土歴史館等複合施設 ゆかしの杜(旧国立公衆衛生院)』は歴史的建造物好きには魅力的なスポットです。【壱】

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1938年(昭和13年)に竣工した旧国立公衆衛生院は、日本の公衆衛生の向上を目的とした調査研究機関で、元東京帝国大学総長で東京大学本郷キャンパスの安田講堂を代表作とする内田祥三(うちだ よしかず)の設計によるものです。

毎度、この「祥三」という名前を「しょうぞう」と読んでしまうワタクシ。今なお覚えられないため、「内田うにゃうにゃ」と語尾を濁し気味です。

建物および設備は、関東大震災後の災害地復興援助の一部としてアメリカ・ロックフェラー財団から日本政府へ寄贈されました。

鉄骨鉄筋コンクリート造、地下1階・地上6階という大規模な建物で、建物は文化財的価値から港区が2009年に建物と敷地を取得して耐震補強とバリアフリー化を実施。2018年4月にがん在宅緩和ケア支援センターや学童クラブなどを開設。その後11月に郷土歴史館がオープンしました。
入館は基本無料ですが、郷土歴史館の展示スペースは有料となっております。

今回は建物を観ることが目的だったため、無料スペースのみ見学させて貰いました。

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[2階中央エントランス]

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2階中央エントランスの吹き抜け部分。
周囲を漆喰塗りのモールディングで飾ってあります。
クッキーの型みたいだ。


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[3階中央エントランス]

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3階中央エントランスの天井は漆喰塗りになっています。

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真新しく改修されているモールディングはモダンな意匠。

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3階通路の床面はノンスリップタイル張りになっています。

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部分ごとに異なる床の意匠。
※これは2階


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土星のような照明器具。
照明器具もモダンで見応えがあります。


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2階エントランスの照明器具。

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3階エントランスの照明器具。

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電球はLEDに変わっております。

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[4階休憩室]
旧講義室


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圧巻のノンスリップタイル張りの通路。

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巾木がタイル張りになっているところも。
豪華です。


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[6階中央エントランス]

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6階はかつて寮として使われていたため、
階段を上り切った場所には扉が付いていました。
この階の床はパーケットタイルとなっていましたが、
改修で大部分が撤去されました。


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巾木部分も左官で仕上げられていますがビジュアルは質素です。

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階段扉に填め込まれたガラスは飛散防止のワイヤ入りです。

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階段部分の窓から東京タワーが見えました。
あちらが芝方面ですね。


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1階中央ホールの床面にあるプリズムガラス。
地下1階の採光用に設置されました。
※現在は地下から光を当てて展示しています


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[1階エレベーター跡]
エレベーターシャフトは現在、配管スペースとして利用されています。


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建設当初のボタンが残されていました。
上下の文字が面白い。


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当時は珍しかったのか、乗り方の説明書きが付いています。

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スクラッチタイル張りの外壁。
施工費は如何ばかりか、と。


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2階と3階のトイレは大理石張りでかなり豪華。

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トイレスペースにはダスト・シュートが付いていました。

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ミュージアムショップで購入したデニム地のエコバッグ。
以前はトート型だったみたいですが、こちらの方が畳めて良いですね。

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デニムなので裏地は付いていません。
これで税別1,200円。

公衆衛生院には、公衆衛生に関する人材養成と調査研究機関という役割があります。

国や地方公共団体等における公衆衛生技術者の養成及び訓練を目的とした施設ですが、それに関する展示物は無料エリアにはありませんでした。有料エリアにもないんじゃないかな。



【弐】につづく。


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【港区立郷土歴史館等複合施設「ゆかしの杜」】
旧国立公衆衛生院

東京都港区白金台4-6-2
(東京メトロ南北線・都営地下鉄三田線「白金台」駅下車 2番出口徒歩1分)
開館時間 9:00~17:00,[土] 9:00~20:00
休館日:第3木曜(祝日等の場合は開館、翌日休)、年末年始ほか
常設展観覧料:300円
https://www.minato-rekishi.com/


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昭和生まれの大阪育ち。数十年前から母の実家の神楽坂エリアに生息。食,日本酒,旅,富山県,文化財(建築物),読書等を好み、当ブログではそれらにオマケ情報も加味しています。それなりの年齢になり、老眼とか更年期とか諸々の不具合も出て参りました。そんな多様な話をチマチマと記す日々です。
※SNSは閲覧していますが発信しておりません。
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sava!ブログから建物に関することをある程度分離してメモしておこうと考えてできた分室です。家に関することについて語っているので、気が向いたら見てください。
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circleB06-10富山県富山市『富山ガラス工房』にて吹きガラス制作を体験してきた。
circleB06-10長野県上田市『ルヴァン 信州上田店』天然酵母と国産小麦を使った量り売りのパンがスゴイ。
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circleB06-10ワタクシが行って良かった&また行きたいと思うカフェ。【2017】
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circleB06-10ワタクシが行って良かった&また行きたいと思うカフェ。【2014】

circleB06-102012年に購入してとても重宝したもの。
circleB06-102013年に購入してとても重宝したもの。
circleB06-102014年に購入してとても重宝したもの。
circleB06-102015年に購入してとても重宝したもの。
circleB06-102016年に購入してとても重宝したもの。
circleB06-102017年に購入してとても重宝したもの。
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circleB06-10茨城県北茨城市『天心遺跡』の被災後復元された六角堂がすごい。
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