55年館

2019年4月~2021年1月までに解体工事ならびに外構整備が予定されている法政大学の55・58年館。

国立能楽堂や乃木会館、東京さぬき倶楽部(旧:讃岐会館)、富山県入善町民会館を手掛けた建築家・大江宏の設計で、「法政大学校舎」で文部大臣芸術選奨および第1回BCS賞(1960年・昭和35年)を受賞しています。大江宏は、同大学の名誉教授でもありました。また、東京オリンピック国立屋内総合競技場(国立代々木競技場第一・第二体育館・1964年・昭和39年)や新宿にある新東京都庁舎(1991年)を設計した丹下健三とは、東京帝国大学建築学科の同級生です。

大江宏の建築作品は近年取り壊されているものが少なくなく、見るのが困難になっています。
現存している作品のうちで一般人が入り易いのは、国立能楽堂と東京さぬき倶楽部の2つ程度というところでしょうか。

55・58年館も来年取り壊しが決まっているもんで、一度はこの目で見ておきたいと思い、千葉県民Tにお願いして案内してもらって参りました。

55・58年館
コンクリートブロックを使ったこの部分、
昭和っぽくてワタクシ的にはツボでした。
配管の径が丁度良く填まっていますね。

58年館
梁と照明器具を隠す箱状の造形が並ぶ天井。

58年館
意匠性のある窓部分。

55・58年館
外観はモダン。
(卒業生はそんなことヒトカケラも言いませんけど)

55年館と58年館は、1955年(昭和30年)と1958年(昭和33年)に完成したのがそのまま名前に使われており、真ん中で継ぎ足して繋がっています。概観は横長の一つの建築物に見えますが、実は二つの建物なんです。

ちなみにワタクシが若い頃は、ちょっと引くぐらい汚い外壁の校舎が並んだ大学でした。張り紙や立て看板がいっぱい、本当にいっぱいあったし、門の前を通るのも立ち止まって読んではいけない気がするビラが貼りまくっていたもんです。時代が変わり、今はメッセージが書かれた紙はそれ専用のコーナーにしか貼ってないし、普通の大学になったんだなぁと感じました。・・・と思ったら、解体を前に撤去されているだけでした。
同大学の文化は健在だったっぽい。

それはさておき、平成時代の終わりとともに昭和のモダニズム建築は次々と消えている感があります。建築基準法の改定以前に、耐用年数を超えているためだとは思うのですが、少々残念な気もします。
公共建築物だからこそ、人の流れや設備の進化、管材などの老朽化、機能性の不十分さなど、建替えるほうが維持するよりもコスト的に勝る場合があるのだと思います。
スクラップ&ビルドの流れを維持しておかないと後進の建築家も育たないと思うし。
多くの近代建築物が消費物と化している現代日本に於いて、保存されるべき建築物となるのは狭き門なのかもしれませんね。

55・58年館




【捕捉】
大江宏 : 生誕1913年(大正2年)6月14日~死没1989年(平成元年)3月3日
日本のモダニズム建築 : 主に1950年代~70年代の高度成長期に建てられたもの


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