魚沼神社


創建は約2000年前の崇神天皇の時代らしい魚沼神社。

境内には、国の重要文化財の阿弥陀堂があり、

この建物は室町時代後期のものだとされています。

今回は、この阿弥陀堂を見るべく、魚沼神社まで足を運んで参りました。

小千谷市にあるこの魚沼神社は、彌彦神社と祭神が同じであり、

越後国一宮である弥彦村の彌彦神社に対し「二の宮」と呼ばれていました。

「魚沼神社」という名前になったのは幕末頃なのだそうです。


魚沼神社
魚沼神社の入り口。
中越地震の爪あとではないかと思われる箇所が多々ありました。


魚沼神社
鳥居正面にある手水舎。

魚沼神社
手水鉢に水はありません。

魚沼神社
真新しい石灯籠と、小ぶりな随身門。

魚沼神社
魚沼神社
門の左右には木造の随身像が鎮座しています。

魚沼神社
境内内部から見た随身門とその隣(向かって左)にある神楽殿。

魚沼神社
[魚沼神社 拝殿]
拝殿は安政年間(江戸時代)の建築とされています。

魚沼神社
拝殿に掲げられた「彌彦大明神」の扁額。

魚沼神社
主祭神は弥彦神社と同じく天香語山命(あまのかごやまのみこと)で、
越後開拓の祖神とされる神様です。


魚沼神社
拝殿とその奥にある本殿。

魚沼神社
猪目懸魚と思われる懸魚。

魚沼神社
[本殿]
雪囲いに覆われて彫刻などを見ることはできません。


魚沼神社
こちらは蕪懸魚でした。

魚沼神社
1563年(永禄6年)の建築。
永禄6年といえば、湯所口の戦いの頃。


魚沼神社
桁行三間、梁間三間、一重宝形造茅葺き。
先の中越地震で複数の支柱に被害があったそうです。
以前の写真を見ると
周囲に柵が設けられて近寄れなかったようなのですが、
工事をしたためか柵は取り外されていました。


魚沼神社
残雪はそれほどでもなかろうと足を踏み入れたら、
ズボッと填まりました。
意外と深かったため雪解けしている場所まで移動して迂回。


魚沼神社
魚沼神社の阿弥陀堂は、別当寺院である慈眼寺が管理していました。
内部には阿弥陀如来像が安置されていましたが、
明治時代の神仏分離令で神輿庫として申請し、破却を免れたそうです。


魚沼神社
茅葺の屋根の上には分厚い苔が生していました。

魚沼神社
小千谷市はかなりの豪雪地帯なのですが、
雪の重みにしっかりと耐えられる屋根になっているんですね
茅は結構最近に葺き替えられたのではないかしら?


魚沼神社
木鼻はシンプルながらも優美な造形です。

魚沼神社
組物も丁寧でどっしりとした安定感がありますね。

魚沼神社
豪雪地ならではの高床式ゆえか、石段も高い気がします。

魚沼神社
[神楽殿]
雪囲いがしてあって全容はわかりません。


魚沼神社
中越地震で崩れたままだと思われる石橋。

魚沼神社
拝殿脇には御神木っぽい大杉が立っていました。

魚沼神社
こちらの御神木の樹齢は300年以上になるそうです。

魚沼神社
大杉の隣には日露戦争戦役記念碑が建っていました。
出征した方々の武勲を伝えるために建てられたものかもしれません。


魚沼神社
ご神木の杉にはこんなものが・・・


中越地震において小千谷市では震度6強を記録し、その被害は甚大でした。

あれから14年経過していますが、

市内を歩いていると地震の爪あとの多さに驚かされます。

国の文化財に指定されているものについては補助が出るでしょうが、

それ以外の建造物を修復するにはかなりの労力を伴うと推察されます。

今回ワタクシがこれらの文化財を見ることができたのは、

修復に携わった多くの方の尽力があるからで、

そのことに深く感謝する次第です。



魚沼神社
【魚沼神社(うおぬまじんじゃ)】

新潟県小千谷市土川2丁目699-1
主祭神:天香語山命
創建:伝崇神天皇朝


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