
[太山寺 本堂(国宝)]
【その壱】のつづき。
太山寺(たいさんじ)は「播州太山寺縁起」によると、
716年(霊亀2年)に藤原鎌足の孫である藤原宇合(うまかい)の発願・建立で
藤原鎌足の長男、定恵(じょうえ)が開山したと伝えられています。
(藤原鎌足の次男は藤原不比等)
定恵は若くして出家し、遣唐使とともに唐に渡ったそうです。
ちなみに創建時の建物は1285年(弘安8年)の火災で焼失しています。

本堂から中門を見下ろす。

[阿弥陀堂]
1688年(貞享5年)再建。
重要文化財の阿弥陀如来坐像(鎌倉時代)が安置されています。

同じく阿弥陀堂。
渡廊下の先が途切れています。
元は修行堂だったそうです。

阿弥陀堂正面。
柵から堂内を覗くと、金色に浮かぶ阿弥陀如来坐像が目に入ります。
素晴らしいです。

こちらの阿弥陀如来坐像(重要文化財)は、
平等院鳳凰堂にある阿弥陀如来坐像と
近しい大きさ(約2.74m)なのだとか。

割とシンプルな手挟み(たばさみ)。

お堂の脇で桜が満開になっていました。



今が見ごろですね。

[羅漢堂]
江戸時代後期の建築。
四天王像および十六羅漢尊像が安置されていますが、
見学は出来ません。

唐破風の下の蟇股。

立派な唐破風、花頭窓の付いた分かりやすい仏教建築。

奥にも建物があります。

羅漢堂の奥には釈迦堂があります。
この「本殿」「拝殿」のような造りが気になって仕方が無い。
神仏混淆(しんぶつこんこう)の名残りなんでしょうか?

[釈迦堂]
江戸時代後期の建築。
釈迦三尊像が安置されていますが、見学は出来ません。

肉眼では見えませんでしたが、これはどうやら龍の彫刻みたいですね。

口を開けた龍・・・ってことでいいかな?

こちらは鳳凰。

木鼻には獅子と獏?

焔があるから獏だと思う。

こちらは耳が大きいから象でしょうね。

こちらも象。

これは唐獅子。

以上の木鼻が見られる釈迦堂。

釈迦堂の不思議な形状の新しい屋根瓦。

[鐘楼]
鐘は自由につける・・・らしいです。
真偽のほどは定かではありません。

[護摩堂]
江戸時代中期の建築(宝形造り)。
大黒天像、不動明王像、毘沙門天像が安置されていますが、
見学は出来ません。

神社の名残である鳥居が残っています。

[観音堂(太子堂)]
元来鎮守三社権現として平安後期以前に創建されたらしいです。
現在ある建物は江戸中期のものと想定されています。
明治期の神仏分離で聖徳太子を祀る太子堂となりました。

蟇股の彫刻もそれぞれ興味深いのですが、
破損しているものも多々あります。

建物裏側の蟇股。
鳳凰らしき彫刻の首が破損しています。

観音堂が神社だった頃には御神木だったんじゃないか
と思える巨樹が隣にありました。

観音堂下の池。
カエルの鳴き声と、池に飛び込む水音がします。

カエルは見あたりませんでしたが、
まるまるとしたオタマジャクシが沢山泳いでいました。

[三重塔]
県指定有形文化財。
1688年(貞享5年)の江戸時代前期の建築。
大日如来像と四天王像が安置されているそうですが、
内部は見学できません。

各層四隅の尾垂木に邪鬼が置いてあるようです。

案内板が風化でよく見えなくなっていました。

奥の院への道標。
「太山寺風致地区」として周辺55.9haの自然が保護されています。
原生林は県指定文化財。

太山寺川上流東岸の花崗岩岩肌に
等身大の磨崖仏(磨崖不動明王・市指定文化財)が刻まれているそうです。
(我々は観に行っていません)

[閼伽井(あかい)橋]
橋を渡ると稲荷舎・地蔵堂があります。

岩が並ぶ川に、勾玉のような形の巨石がありました。

[息游軒遺跡]
明治維新の理論的基盤を構築した陽明学者「熊沢蕃山」の閉居跡。
ここ太山寺に幽閉されていたそうです。

梅も桜も咲いていますが、椿も咲いていました。
こうして様々な神社仏閣を見て歩くと、
神仏混淆(しんぶつこんこう)と、明治の神仏分離について調べたくなりますね。
廃仏毀釈で破壊されたものはどれだけあったんだろう。
と思うと、明治新政府の理想とやらが気になって参りました。
次の旅からは、それらを含めて見て回りたいと思います。
それはそうと、『太山寺(たいさんじ)』は大変良いところでオススメです。

拝観受付で頂いた御朱印。

【太山寺(たいさんじ)】
兵庫県神戸市西区伊川谷町前開224
宗派:天台宗
本尊:薬師如来、十一面観音
創建年:霊亀2年(716年)
開基:藤原宇合
新西国三十三箇所 25番,神戸十三仏霊場 4番,神戸六地蔵 1番,
播州薬師霊場 1番, 明石西国観音霊場 26番,明石西国観音霊場 23番(龍象院)






















