
北口本宮冨士浅間神社は、富士吉田市にある浅間神社の一社。
祭祀対象を富士山とする神社です。
由緒は古く、景行天皇40年(110年)に日本武尊が東征した折、
大塚丘に立ち寄り、そこから富士仰ぎ見て
「富士の神山は北方より登拝せよ」との勅をしたため、
その言葉に従って大塚丘に浅間大神と日本武尊を祀ったのが始まりだそうです。
後に富士山の噴火により、大塚丘の北方に社殿を建立。
これが現在社殿のある地になっています。

大鳥居まで続く参道の両脇は樹齢百年以上の杉で覆われています。

角行が荒行したと伝えられる立行石(たちぎょういし)。
江戸時代に大流行した富士講の開祖・角行(かくぎょう)が、
真冬に酷寒のなか裸身でここに爪立ちし、
富士山を遥拝しながら30日の荒行をしたんだとか。

神仏習合の時代には、この手前に仁王門があったそうです。
今は基礎石のみが残っています。

山門前には石橋が掛かっており、
清水が流れています。


阿形の狛犬。


吽形の狛犬。
かなり高い位置から見下ろしています。

大鳥居の先に随神門があります。

[随神門]
富士吉田市指定有形文化財
指定年月日:平成26年2月17日

ところどころに雪が残っています。
この辺りはまだ朝晩は寒いんでしょうねぇ。

元文元年(1736年)建立。

向かって右側の門守神(かどもりのかみ)。

向かって右側の門守神(かどもりのかみ)。

蟇股(かえるまた)には、なんとも可愛らしい彫刻が施されています。
左側の生き物は何なんだろう?

もしかして、七福神の弁財天?

だとすると、これは毘沙門天か?

これは大国天かな?

獏が彫られた木鼻。

向かって左側にもあります。

奥には獅子の木鼻も。

拝殿側から見た随神門。

こちらの木鼻には牙があります。
そして、蟇股(かえるまた)はやはり七福神だったようです。
手前に福禄寿が見えますもんね。

手水舎側から見た随神門。
門に千社札が貼られまくっているのは、昭和時代までの名残なのかしら。
【千社札】
題名を記した札(題名札)が貼られている間は、参籠(さんろう:宿泊参拝)と同じ功徳があるという民間信仰での風習から、日帰り参拝者が参籠の代わりに自分の札を貼った事が始まり。
神社仏閣の許可をもらって御朱印を頂いた上で千社札を張るのが本来の慣わしである。
神社仏閣に無断で貼ったり、剥しにくいシールを貼ったりするのは、不道徳である。
あの位置に貼る作業だけでも大変そうで、貼る側の気合を感じますなぁ。
今だと器物損壊行為になるのかな?

【北口本宮冨士浅間神社(きたぐちほんぐうふじせんげんじんじゃ)】
山梨県富士吉田市上吉田5558
主祭神:木花開耶姫命、彦火瓊瓊杵命(夫)、大山祇神(父)
※当初は諏訪神社であったと考えられている
諏訪神社の主祭神は、建御名方神と八坂刀売神(妻)






















