阿弥陀寺




会津若松市にある阿弥陀寺には、



かつて鶴ヶ城本丸内にあった「御三階」という建物が明治3年に移築されています。



新政府軍に解体された鶴ヶ城の小天守にあたる御三階は、



外観上は三階なれど、内部が四層になっています。



中二階は隠密が控える場所になっていて、



立つことができないほど天井が低いんだそうです。



二度の火災で本堂の無かった阿弥陀寺に移築された御三階は、



本堂が再建される昭和30年までの間、本堂の役割を果たしていたんだとか。



戊辰戦争の終結後、城下及び近辺で戦死した会津藩士の遺骸は、新政府軍の命令で触れることは許されず放置されていた。幾度もの嘆願により、やっとその埋葬許可が下りたのは翌・明治2年(1869年)2月。埋葬地は阿弥陀寺と長命寺に限られ、ここ阿弥陀寺には、およそ千三百柱にのぼる遺骸が埋葬された。




ここで「特別資料展示とボランティアスタッフによる案内」をしており、



平成28年4月1日(金)~6月30日(木)の9:00~16:00まで開催しているとのことで、



境内に入ってみました。



本当は曲解していて、ここに入れるのだと思っていたワタクシ。



ボランティアの方に引き戸を開けて頂き、



その認識が激しく間違っていたことに気付きました。



阿弥陀寺
唐破風の入口は、鶴ヶ城の大書院玄関部分を「御三階」に付け足したもの。

阿弥陀寺
葵の紋も後から付けたしたものらしいです。

阿弥陀寺
[本堂]
改修されたのか、懸魚が新しいです。


阿弥陀寺

阿弥陀寺
内部の二階床(一階天井)は弛んでいます。
こりゃぁ、入れん筈だわ。


阿弥陀寺
イケメン(ワタクシが勝手に思っているだけかもしれませんが)松平容保公の
晩年の写真が正面に飾られています。


阿弥陀寺
玄関に説明書きのボードが展示してあります。

阿弥陀寺
図面も同様。

阿弥陀寺
使われている木材は立派なものでは無く、結構雑に組んであるようにも見えます。




御三階よりも有名で、女性に人気があるのが以下のお墓。



阿弥陀寺
斎藤一(元新撰組三番隊隊長)のお墓です。

阿弥陀寺




新撰組ファンの女性たちがひっきりなしに訪れる場所なんだそうです。



だからなのか、供えられた花も瑞々しいものでした。



ワタクシはその先にある、



戊辰戦争で散った会津藩士の遺骸が埋葬されている塚が気になりました。



賊軍とされ、長らく埋葬されることなく野ざらしにされ、野犬に喰われたという亡骸。



幾度もの嘆願の末、同地に纏めて埋葬された人々と残された家族を想い、



なんだか泣きそうなほど、とても切なかったです。



こういう感想を抱くのは、歳を取ったからなのかもなぁ・・・。





阿弥陀寺
【阿弥陀寺】

福島県会津若松市七日町4-20



【にほんブログ村】