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長野駅善光寺口3番乗り場から、アルピコ交通バス(松代行き)で約30分。

「松代駅」バス停で下車した目の前にあるのが『旧松代駅』です。

廃線駅で、現在、ここに線路はなく、公共交通機関は路線バスのみです。

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長野駅のバス乗り場③。

価値が高そうな木造駅舎ですが、現時点では国や自治体などの文化財(指定文化財や登録有形文化財)には指定されていません。

童謡『汽車ポッポ』のモデルになった駅舎らしく、駅の前に童謡の碑がありました。

平成24年(2012年)に長野電鉄屋代線が廃線となったあとも、駅舎は地域のシンボルとしてバスの待合所に利用されています。

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既に移築工事は始まっていました。

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バスの待合所として利用されているため、
電話ボックス、自動販売機、コインロッカーがあります。
自動販売機やコインロッカーは現金のみの対応っぽい。

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駅のホーム。
平成24年(2012年)まで利用されていただけあって、
アスファルトが使われており、点字ブロックもあります。

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ホームの天井には無数の碍子(がいし)と電線が張り巡らされています。
これは「碍子引き(がいしびき)配線」と呼ばれる
大正から昭和初期までの古い電気配線工法です。
電気を通さない磁器製の碍子を木製の梁や天井に打ち込み、
そこに電線を巻き付けることで、
建物本体に電線が直接触れないように空間を確保しています。
電線を空気中に露出させて空気に触れさせて冷やすことで、
電線が熱を持つのを防ぐ効果もありました。

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一部アルミサッシの開口部が使われていますが、ほぼ木造です。

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駅舎内の切符売り場。
ガラスが多用されているため屋内も明るい。
当時は利用者の多い(お金がある)駅だったんだろうなぁ。

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移築計画の案内が天井近くに掲示してあり、読めない。

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ホーム側にあった駅周辺の案内図。
これは残して欲しいなぁ。

移築については以下の通りです。

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長野市が2026年5月28日に発表した最新の計画によると、旧松代駅舎の移築・保存に向けた具体的なスケジュールは以下の通り。

移築・整備スケジュール
  • 2026年6月上旬:地元(松代地区)への方針周知
  • 2026年7月上旬〜:事業提案の募集開始(公募型プロポーザルの実施)
  • 2026年秋頃:民間事業者の決定・契約
  • 2027年(令和9年)6月下旬〜:移築先(現在の駅舎から東に15〜20メートルの駐輪場位置)の環境整備および移築工事の着工
  • 2027年度(令和9年度)中:駅舎の移築・プラットホームの復元完了、新たな観光・地域拠点として運用開始
駅舎は、現在の位置から東側に約15〜20メートル離れた市有地(駐輪場付近)に移動。駅舎本体だけでなく、「プラットホームの復元」も公募要件に含まれており、駅舎を移動させた後の元々の敷地や周辺は、地域の安全確保のための「道路整備」や、新しい「バスロータリー」として整備される計画で、「カフェやショップなどを備えた複合的な観光・地域拠点」としての活用が有力視されています。松代の伝統野菜や真田家ゆかりの土産物などを販売するショップを併設し、城下町散策の新たな購買拠点としての役割が期待されているそうです。

「旧松代駅舎」の今後の方針について 企画政策部 交通政策局 令和8年5月28日 定例記者会見資料


かつては真田家の城下町の玄関口として機能していた松代駅。

太平洋戦争末期に極秘に建設された松代大本営地下壕への最寄り駅としても重要でした。

1944年(昭和19年)11月から終戦までの約9ヶ月間、旧松代駅は大量の建設資材や労働者を運び込むための物流と輸送の最重要拠点だったのです。

地下壕は象山・舞鶴山・皆神山の3つの山に総延長約10キロメートルに及ぶ巨大なもので、掘削や内部補強、地上施設の建設に必要なセメント、木材、鉄骨、ダイナマイトなどの資材が、全国から貨物列車で旧松代駅へとピストン輸送されていました。

本土決戦へと突入していた場合、ここが首都機能を果たしていたかもしれません。

そんな松代大本営地下壕で一般公開されているエリアについて、別のエントリーにて。



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【旧松代駅(きゅうまつしろえき)】

長野県長野市松代町松代松代殿町70


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