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金(きん)には価値がある。

それは世界の共通認識と言ってもいいだろう。

しかし、私はそこに疑問を感じる。

なぜ世界共通認識なのか。

なぜ他のものではなく金なのか。

「希少だから」

「変質しないから」

と説明されることが多いし、それは間違いないのだろうが、それだけが理由なのだろうか。

そもそも、最初に金を見つけた人は、なぜそれを集めようと思ったのだろう。

川に砂金が落ちていたとしても、生活に追われる人が食べられもしない金属を拾い集める理由が思いつかない。

キラキラと輝いで綺麗だったからという理由であれば、自然界には金色の鉱物も他にある。

金だと見分ける知識も必要だ。

それなのに、なぜ金だったのか。

金には二種類の起源がある。

先ずは物質としての起源で、現在、「金」は地球内部で作られたのではなく、超新星爆発や中性子星同士の衝突によって宇宙で生成され、その後、地球形成の過程で取り込まれたと考えられている。

続いて装飾品としての起源で、精錬せずにそのまま拾えた自然金(砂金や金塊)が石器時代末期に装飾品として使われており、現在知られる最古級の金製品は、ブルガリアにあるヴァルナ墓地(紀元前4600~4200年頃)から出土している。

発見されている遺跡を見る限り、金を王権や神権と強く結び付けた最古の文明は古代エジプトである可能性が高い。

一方、メソポタミアでは経済の中心は銀、中国では青銅器や玉(翡翠)が重視されていた。

つまり、「金は特別である」という価値観は、人類に共通して自然に生まれたものではなく、ある文明で育まれ、それが各地へ伝わった可能性がある。

私が思うに、金を大量に産出できた地域だからこそ、その価値を国家制度へ組み込みやすかったのではないだろうか。

先ずはそういう仮説を立てて、話を進める。

日本では奈良時代以前から、金印や古墳時代の金銅製品を通じて金の価値は知られていた。

しかし、奈良時代に陸奥国から金が朝廷へ献上され、東大寺大仏に使われる。

これは、記録の上で「日本国内で国家が利用できる金が初めて大量に確保された」ことでもある。

陸奥国の初産金は749年。教科書で習う「金印」は57年のもの。

日本は、中国や朝鮮半島との交流を通じて、国家や王権を象徴するものとしての金を知る。

東大寺盧舎那大仏の造営が進み、仏身に塗る鍍金用の金が不足。

そこに陸奥守が金900両を献上。

それをきっかけに、その後も東北各地から砂金を集め続け、大仏は完成へ向かう。

このことは、金が国家にとって重要な資源とし、告知し、探させ続けたことが重要だと感じる。

食べられもしない川底の金属を拾い集める理由がここにあるからだ。

ここで視点を少し変える。

近年、日本の抹茶が限られてはいるものの、世界的にブームになっている。

海外で抹茶の人気が高まり、日本でも購入制限がかかるほど需要が増えている。

抹茶そのものは昔からあった。

変わったのは、人がその価値を世界へ伝え始めたことだ。

旅行者が飲み、SNSで発信し、「これは素晴らしい」という情報が世界中へ広がる。

需要は、そのあとに生まれる。

もしかすると古代も同じだったのではないか。

商人や旅人、あるいは戦に敗れて異国へ渡った人々が、自分たちの知る文化や価値観を伝えていく。

「金は王権の象徴である」
「金を持つ者が権力を持つ」

などという話が少しずつ広がり、それを受け入れた土地でその価値が根付いていく。

商人は品物を運ぶ。

しかし、本当に運んでいたのは、「この品には価値がある」という物語だったのではないだろうか。

価値は物が運ぶのではない。

人が運ぶのだ。

そして、価値が広がる最も効果的な方法は、「物語」なのかもしれない。

人類の歴史の中で、価値を持ったものは金だけではない。

貝、翡翠、塩、胡椒など、それぞれの時代にそれらは大変価値のあるものだった。

しかし、その多くは時代とともに価値を変化させていく。

一方で、金だけは何千年経っても価値を維持したままである。

「物質として変化しないから価値がある」という考えが今では主流となっているが、そもそも物質として変化しないことに価値が付くなら、金以外の物質が台頭しても良さそうではある。

たとえば、ダイヤモンドなど。

もちろんダイヤモンドにも価値がある。

古代から神聖視はされてはいるが、世界的に最高級宝石になったのはかなり後のことだ。

高度なカット技術がなかったためである。

宝飾品というより、力を持つ石・護符・権威の道具だったのかもしれない。

特に「婚約指輪=ダイヤモンド」という価値観は、20世紀のデビアスの広告戦略によって大衆化したもの。

物語と流通と広告で増幅された結果が、現代のダイヤモンドの価値感と言えるかもしれない。

紀元前から何千年物あいだ、金の価値は変わらない。

金が世界共通の価値になった理由は、おそらく一つではない。

産出地の偏り、加工のしやすさ、変色しにくさ、権力との結び付き、交易、人の移動、そして物語。

そうした様々な要素が、何千年という時間の中で積み重なり、「金には価値がある」という世界共通の認識を作り上げたのだろう。

人類史において、その土地ごとで価値のあるものは数えきれないほどあっただろう。

しかし、長い時間の中で変化せずに価値を保ち続けたものが、結果として金だった。

興味深いのは、人類が「価値」をどう生み出し、どう共有してきたのかという仕組みである。

金は、その問いにたどり着く入口になるかもしれない。




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