
前回訪問して以来とても気になるスポットとなっている御頭御社宮司総社(または御左口神社)。
ここはミシャグジ信仰の中枢とされる場所で、神長官守矢家の敷地内にある神社です。
ミシャグジの漢字は、御左口神、御社宮司、御射宮司、御社宮神など多数あり、長野県諏訪大社上社を中心に、諏訪地域とその周辺で祀られる神霊・精霊の総称とされ、縄文時代から信仰されてきました。
調べれば調べるほどミシャグジ信仰は奥深く、日本人と日本という地の関係性というか考え方に興味深いものを感じます。
八百万の神や付喪神など、ありとあらゆるものに神が宿るという考え方の根底にあるのは「恐れ」なのではないかと思うのですが、この「恐れ」を抑えたい、収めたい、という気持ちが信仰なのかもしれないと近年思うようになりました。
手を合わせて「気」を抑える。祈りとはそのようなものではないか、とも。
去年より、一人で死ぬためにはどのようなマインドで居ればいいのかという、自身の思考と向きあう日々が続いておりますが、その切欠になったのが昨年の諏訪大社巡りでした。
四社巡って感じたことは四社全てが別のものだということ。そして特に惹かれたのが、ここ御頭御社宮司総社でした。
すぐそばに古墳があることと周囲の環境から、この社が墓場の中心にあると感じます。
今は絶えてしまったという神長官が口伝で受け継ぐ一子相伝の事柄には、この社での祈りも入っていたのかもしれないと想像しています。しかしこの地を守る人が居る限り、鎮まるものもがあるのかもしれない。
そんなことを色々と考えていました。

左手奥がお社。

社叢は茅野市指定天然記念物となっています。
(前回来た時よりもかなり整備されていました)

お社には白い御柱が四つ立っています。
小さな祠も同様に小さな御柱が四つ立っています。
御柱は結界なのかもしれないと感じます。
鳥居の原点なのかな?

今回は正面とお社の右手に少し足を踏み入れるに留めました。
(周囲で草刈り作業中でした)

社右手にあった梶の木は枯れて切られてしまったそうですが、
お社の背後に立つ梶は健在です。

梶と御柱。

お社の位置から八ヶ岳の方向を眺める。

史料館のそばにある氏神叢。
神の場所というよりは守矢家の場所という感じ。
ここには入ってはダメだろうと思い、遠くから見るに留めました。
前回来た時よりもかなり整備されていて、諏訪大社上社同様に観光地化が進められている気配を感じました。草が刈られている姿がそう思わせるのかも。
今後どのような場所になるのかは想像できませんが、再訪の機会があれば良いなとは思っています。
もしかするとワタクシにとってのパワースポットなのかもしれない。
前回の記事

【御頭御社宮司総社(おとうみしゃぐちそうしゃ)】
長野県茅野市宮川389
























