
5月18日(土)、5月19日(日)の二日間公開される旧乃木邸の一般公開に行って来ました。
乃木邸の主、乃木希典は日露戦争での旅順攻囲戦(りょじゅんこういせん)の指揮をとった人、明治天皇崩御により殉死した人、昭和天皇の教育係を務めた人として有名です。
ワタクシが持つ乃木希典の印象は「軍人らしくあろうとした軍人」。軍人=武士というか、そういう美学に芽生えて全うしようとした人だという印象があります。
実際のところはわからないのだけれど、奥様は大変だっただろうなとも。
賛否両論ある乃木希典の生涯ですが、ひとの上に立ち続けるプレッシャーと孤独は相当なものだったのではないかと愚考します。
そんな乃木希典の住んだ邸宅は質素で合理的だけれども立派。内部は写真撮影禁止ですが、十二分に目に焼き付けて参りました。

母屋は明治35年に竣工。
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銅像の右手に地階に入る入口があります。

昭和11年に地階の柱の根継などを改修、
昭和18年に書生部屋、茶の間などの畳敷きが板張りに改められました。

地階の外壁は大谷石張りかな?

地階各室の写真。

正面玄関。

一階の天井はかなり高いです。

一階の間取り。
殉死したのは右下の大将居室と書かれた和室です。

こちらはアンケートで貰ったポストカード(選択)。
この部屋が一番強く印象に残りました(目頭が熱くなった)。

こちらが一階各室の写真。

見学は出来なかったけれど二階の写真はありました。

一階と地階は外壁からして異なります。
これだけしっかり建てられていれば地震でも崩れなさそう。

内部後悔中だからか、カーテンが引かれていました。

大将居室は上の左側になります。
皇居は右手方向らしい。

今は木々に覆われた景観になっているけれど、当時はどうだったんだろう?

旧乃木邸の煙突(本物)。

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明治22年に建てられた煉瓦造の馬小屋。

厩は耐震補強がされていました。

かなり馬を大切にしていたんだと馬小屋を見ると理解できますね。

敷地側から見た馬小屋。かなり立派な造りです。

公園から見た馬小屋。

道路側から見た馬小屋のレンガ。かなりしっかりと造ってある印象。

道路側から見た馬小屋。

高低差のある敷地内。散策には丁度良さそう。

昭和時代にはよく見て接した有刺鉄線。
門扉の上に這わせてありました。

裏門から乃木神社に入ることができます。
大正12年の大震災での被害は軽微だったそうで、さもありなんと納得できる建物でした。
現在、旧乃木邸及び馬小屋は港区の有形文化財に指定されています。
耐震補強や改修工事は行われていると思われますが、金具などの錆びが年月の積み重ねを感じさせてくれ、当時の暮らしを思い起こさせてくれます。
明治天皇崩御による時代が終わった感、息子二人は亡く、残されているのは年老いた自分。
乃木希典を理解ができるわけではないけれど、その心情を想像すると薄っすらとこみ上げるものがあります。
そういう感情が湧くってことは、ワタクシも心が老いたのかもしれませんね。
いろいろと考えさせられた旧乃木邸見学でした。

【旧乃木邸】
東京都港区立乃木公園(赤坂8-11-32)






















